20-3


「部屋から出て、見た目を整えれば立ち直ったと言えるのか。お前の性根は叩き直してやる必要がある。屋敷にいてはリュシアンやノーマンたちがお前を甘やかすからな。騎士団に入って、今度こそ騎士の称号を胸に帰ってくることができれば、その後は好きにしろ」

「でも俺は」

「遊び歩く元気はあるというのに、貴族の訓練程度もできないというのか?」

 

 貴族の子息は成人までの数年間、修行として王国騎士団に入ることになっている。

 とはいえ、一般からの騎士志望とは違い貴族は嗜み程度の訓練しか課せられない。それでも俺は半年も持たず、団長に匙を投げられた。


 家に戻った俺は兄上に殴られ、屋敷から追い出された。最終的に、兄さんが間に入ってくれたお蔭でなんとかなったが。

 あの日々にまた戻るなんて絶対に嫌だ。でも承諾すれば、この外出禁止は解かれるかもしれない。


 最後に一度だけノアに会える。その為だったら、なんだってできる。


「わかりました。騎士団には入団するから、それまでの間は外出を許可してほしい」


 絞り出した言葉に、兄上が鼻で笑う。


「あれほど嫌がっていたのに、あの旅芸人風情に会うためならば何でもするということか。そこまで入れ上げているとは、ここまで世間知らずにしてしまったのは私にも責任があるな」


 兄上が立ち上がって、俺の前にやって来る。迫りくる兄上の陰に飲み込まれ、背中がゾクリと震えた。


「旅芸人が本当に芸だけをやっていると思っているのか。ああいう下賤の者は裏で……」

「知ってる! そんなこと」


 俺の答えに、兄上の目が僅かに見開かれた。


「あいつが裏で何をしているか知ってる。でもそれは、せざるを得ない事情があったからだ。そうさせない為にも、俺が」

「見上げた根性だな。自分のこともままならない奴が、下賤の民を救うつもりか」

 

 兄上の言ってることは正論で、俺に言い返す権利はない。

 けど、ノアのことは別だ。その蔑んだ目は俺を通して、ノアに向けられている。


 なんとか腹の奥に抑え込んでいた感情が、ふつふつと煮えたぎってくる。


「兄上、俺のことはいいけどノアのことを下賤だとか、旅芸人風情なんて言うのはやめてください。あいつの歌を聞いたこともないのに」


 兄上の眉尻がぴくりと吊り上がった。


「貴族としての義務と言うのは、社会の模範となり、社会的に弱いものを助けることなんじゃないのか。そんな風に職業で人を差別して、それが兄上の言う貴族としての義務なのか。騎士団に入って訓練をして、後はふんぞり返って弱い人たちを見下すのが貴族だって言うのかよ」

「フレデリック!」


 飛んできた拳を、歯を食いしばって両手で受け止めた。手のひらがジンと痛む。

 まさか止められるとは思わなかったのか、兄上が息を飲んだ。


「だったら俺は爵位なんていらない。貴族なんてこっちから願い下げだ」


 掴んだ拳を押し返し、兄上に一礼した。そして、蹴破るように扉を開けた。

 見張りの執事たちが狼狽えていたが「勝手にさせろ!」と怒号が飛ばされる。


 俺は本気だ。二度と貴族になんて戻ってやるものか。

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