16-3


 ノアが俺を見て小さく笑う。


「本当にフレディはピュアですね。こんな話、あなたに貢がせるための嘘だとは思いませんか?」

「あ……いや、まあ、その可能性もなくはないだろうが……でも、俺はノアを信じる」


 信じたい。

 本当の話なら、俺を信用して打ち明けてくれたんだから。

 もし嘘だったとしても、俺がパトロンであり続けることに変わりはない。

 

「そうですか」


 感情の読み取れない返事をして、ノアは椅子に沈み込んだ。


「まあどちらにしろ、貯金は続けます。ずっとあなたに頼るわけにもいきませんしね」

「なに言ってるんだ。俺はノアのパトロンだろ。ずっと頼ってくれて構わない」

「お気持ちは嬉しいですが、僕は旅をしていますからね。この街を出ても、フレディについて来てもらうわけには行きませんので」


 言われるまで気づかなかった自分がアホすぎる。

 

 吟遊詩人がずっとこの街にいるわけはない。

 ノアが旅立ったらもう、会えなくなる。


「でも、先程のフレディには感動しましたよ。自分の身を挺して、僕を守ってくれたんですね」

「そんなかっこいいもんじゃないけど。でもこれで、あいつとは完全に切れたんだよな……」


 俺のせいで、ノアは今まで金を出していた太客を全員切ってしまった。

 あの男だって、もしかしたら俺よりもずっと金を出していたのかもしれない。身体目当てだとしても、ノアにとって必要なのは金だ。


 あいつとしても、突然穀潰しの貴族に邪魔されたんだ。怒るのも無理はない。

 俺が偉そうなことを言う権利なんて、なかったはずだ。


「お気になさらず。彼は切るのが惜しいような太客ではありませんでしたから」

「え!? でも、かなり貢いでるようなこと言ってたぞ」

「たまに銅貨を1枚払ってくれる程度でしたよ。それでいて、演奏後に出待ちして僕と長々と喋りたがるんです。古参ぶって初見の客に高圧的な態度を取っていたり、営業妨害だったんですよね」


 あの口振りだとノアのトップオタクか何かと思ったのに、勘違い繊維客だと!?

 払った金以上のサービスを受けようとするのはマナー違反だ。無課金だったら尚のこと。


 とはいえ、ノアはあいつに枕営業しようとしていたはず。


「あの夜はあまりにもしつこいので誘いに乗りましたが、酔い潰して逃げようと思っていたんです。正直、あなたに連れ去られて助かった」

「はあ!? じゃあ、あのとき俺に怒ったのはなんだったんだよ!」

「あなたが僕に説教してきたので、イラっとしたんです。僕、貴族は嫌いなんで」


 父親のことがあるからだろうか。そう言われると言い返せない。

 

 でも……と、ノアが腕を伸ばしてきた。

 手を引っ込める前に、包み込むように触れられる。


「フレディは別です。あなたのことは好きですよ」

「……嘘つけ」

「嘘じゃないのに」


 ノアが俺に好意を持ってくれていることは嘘じゃないだろう。

 でもそれは俺が金を出してるパトロンだからだ。それ以上の理由はない。


 けど、俺だけに向けられた笑顔で、俺だけに「好き」と言ってくれたことは事実。

 頬の緩みを隠すように、ワインをあおった。


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