11-2

「ピュアなんですね」


 カッとまた胃が熱くなる。

 恥ずかしくて、悔しくて、腹が立つ。


「お前なら、そんなことしなくても歌を仕事にできるはずだ」

「随分僕を買い被ってくださるんですね。残念ながら、僕の歌だけに金を払ってくれる人なんていません」

「俺はお前の歌に金を払ってた。お前と寝るためじゃない」


 世間知らずだと、童貞だとバカにされたっていい。

 俺がノアに伝えてきた言葉は下心なんかじゃない、全部本心だったのに。


「ノアには才能がある。正当に評価されるようになれば、男と寝る必要なんてなくなる。絶対に有名な歌い手になれる。だから……」

「だから、もう娼婦まがいのことはするなと?」


 口元の笑みが消え、冷ややかな紫の瞳が俺を見据えた。


「例えば本当に、僕が有名な歌い手になれるほどの才能があったとしましょう。でもそれは、明日なれるのですか? 明後日? 僕は一日を生きていくことだけで精一杯の流れ者です。いつかなれるかもしれないその日のために、のんびりと歌のお稽古ばかりしている余裕はないのですよ。貴族の皆さんと違ってね」


 柔らかな声に宿る棘が、俺に突き刺さる。


 ノアにしてみれば、働きもせず小遣いで投げ銭をしている俺など、何の苦労も知らない坊ちゃんにしか映ってないだろう。


 いや、実際そうだ。今の俺は温室からキレイごとを言っているに過ぎない。

 生きるためにやっている相手に、偉そうなことを言える権利はない。


「駆け落ちごっこは終わりにしましょう。そろそろ戻らないと、今頃血眼で僕を捜しているでしょうから」


 くるりと背を向けるノアの銀色が揺れる。

 俺に止める権利はない。これはノアが生きていくうえで仕方のないことだ。


 そう思っても、どうしても、行かせたくない。


 去り行くノアの腕を、もう一度掴んだ。


「手、離してもらえます?」

「……行くな」


 呆れたようなため息が落とされる。


「僕だって好き好んで酒臭い親父たちと寝たくはありませんが、これも生きていくためなのですよ」


 嘲笑するように、ノアが俺の顔を覗き込んだ。


「それともなんですか? 貴方が私のパトロンとなって、お金を支援してくださるとでも?」


 パトロン。

 芸術家に金を出して支援している貴族の話を聞いたことがある。

 金を恵んでもらいたいくらいだった前世の俺には考えもつかなかった立場だ。


 でも今の俺になら、できる。


「わかった」


 掴んだノアの腕が、ピクリと動いた。


「パトロンになるよ。お前の生活費や諸々の経費、全部払ってやる」

「……本気ですか?」

「その代わり、もう客と寝ないって約束しろ。歌と竪琴に専念するんだ」


 予想外の反応だったのか、ノアが口籠る。

 俺は力を込め、揺れるアメジストの瞳をまっすぐと見つめた。


「約束するなら、俺がノアを国一番の吟遊詩人にしてやる」


 一拍置いて、アメジストが挑発的に輝いた。


「いいでしょう。僕の人生、あなたに託します。フレディ」

 

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