12-1.約束


 その後、ノアを定住してる宿まで送り届けて帰ったら、また遅くなってしまった。


 昼過ぎまで寝ていると、フンフンと調子の良い鼻歌が聞こえてくる。

 そしてすぐ、部屋の扉がノックされた。


「フレデリック様、お水をお持ちしました」


 アーニーの声だ。返事をすると、水差しとコップを手に入って来た。

 ぼんやりとベッドに寝転んでいた億劫な身体を起き上がらせる。


 水を差したコップを手渡され、喉を潤す。


「ありがとう」

「昨夜も遅いお帰りのようでしたね。ノーマンさんが心配しておられました」


 もう心配される歳でもないが、朝帰りから引きこもりに戻ったと思いきや、また夜遊びして帰った俺に困惑してるんだろう。

 俺だって戸惑ってる。


 が、逆にアーニーは1人ほくそ笑んでいた。


「なに笑ってるんだ?」

「すみません。フレデリック様、最近お帰りが遅いのは……素敵な人と会っていらっしゃるのでは?」


 素敵な人……素敵……恋人? 恋人と密会してると思われてる!?

 はあ、と脱力する。


「素敵な人ではあるけど、アーニーが想像してるような関係じゃないぞ」

「片思い、ということですか?」

「恋愛してるわけじゃ……」


 いや、もしかしたら恋だったのかもしれない。


 ただのファンとして、熱を上げていられたなら片思いと同じようなものだった。

 けど今は違う。本人と接触し、裏の顔を見て、あろうことか偉そうに口出しまでしてしまった。


 その上「国一番の吟遊詩人にしてやる」なんて……

 酒も飲んでいないのに酔っていたんだろうか。その場の勢いとしか言いようがない。


 そもそも、昨日は納得してくれたがノアは俺の話を信じてくれたんだろうか。

 最近通い始めた、ただの客のことを。他の太客を蹴ってまで?


 俺が貴族だから、伯爵パワーでどうにかなると思ってる可能性もあるが。


「アーニー、例えばだけど」

「はい?」

「その場のノリで告白して、やっぱりあれは勢いだったと言う男がいたらどう思う?」


 途端、アーニーが眉を大きく釣り上げた。


「最低最悪です! 相手の心を弄んで、地獄に落ちますよ!」

「…………」


 断言されてしまった。

 黙り込む俺に、アーニーが疑わしそうな目を向ける。


「もしかしてフレデリック様、酔った勢いでどなたかに告白したのですか? そしてそれを反故にしようと……」

「違う違う! ちょ、ちょっと俺出掛けてくるから!」


 首を傾げるアーニーを振り切って、外に飛び出した。

 どちらにしろ、今日ノアの宿に行くことになっている。


 まずはノアがどう思ってるのかだ。

「本気にしてたんですか?」とバカにされるならそれでもいい。でももし、ノアも本気だったら……

 

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