13-1.ストリートライブ
まだ陽が高い時間、街中の広場にやって来た。
円形状に開けたこの場所は、家事の合間に休む女性たちが座っていたり、年寄りが日向ぼっこしていたり、子供たちが遊んでいる。
何もない場所だが、公園みたいなスペースだ。
そんなのどかな場所でノアを見るのは新鮮だ。
夜は月から舞い降りた神秘的なオーラを醸し出していたが、陽の光の下では湖から現れた精霊のようだ。
「ここで歌うのですか?」
精霊から透き通る声が放たれた。
いかんいかん。意識を戻さないと。
「そうだよ。今まで酒場以外で歌ったことはないのか?」
「酒場は民度が低いですが、身入りが良いんですよ。酔ったお客は財布の紐が緩みやすいですからね」
その稼ぎでも足りなくて枕営業していたんだ。女性や子供相手じゃ、収入は見込めないだろう。
「稼げない分は俺が援助する。今はまず、いろんな人に聞いてもらうことを優先しよう。客層を広げることが大事だ」
「わかりました」
ノアは花壇に腰かけると、膝の上に竪琴のケースを乗せた。
蓋の留め金を外し、三日月のような竪琴を取り出す。
「何を歌いましょうか。いつものような悲恋の歌は、似つかわしくありませんよね」
「なるべく明るめの曲調で、昼過ぎだから穏やかな癒されるような曲がいいな」
「あまりレパートリーがないのですが、やってみます」
竪琴を胸の前に抱くように置き、細い指を滑らせていく。
どこか物悲しいいつもの曲とは違い、さざ波のようにゆったりとした旋律が奏でられる。そして、海風を飛ぶような伸びやかなノアの歌声が旋律に乗る。
行きかう人たちがチラチラとこちらを窺っている気配はあるが、誰も近寄ってこない。
それどころか、訝し気にこそこそと話している女性たちも見える。
興味を持った子供がとことこと歩いてきたが、慌てて母親が手を引いて連れて行ってしまった。
しばらく演奏していても、ノアの周りには誰も寄ってこない。
こんな美形がイケボで歌っているというのに! なんでだ!
「警戒されているようですね」
苦笑したノアが手を止める。
ノーマの言っていた通り、客と寝るような卑しい仕事だと思われているのか。
いくら昼間だとはいえ、女子供が近づけるような存在じゃない。
なにか、もっと親近感が湧くようなきっかけが必要だ。
「最近流行りの曲とかないのか? 興味を惹かれるような」
「流行歌ですか」
あまり詳しくはないのか、ノアが考え込んだ。
俺も流行りには疎い。アーニーにでも聞いてくればよかった。
アーニー……そういえば、鼻歌を歌ってたような。
あれは確か――
「ノア、この曲知らないか?」
うろ覚えのメロディーで鼻歌を歌ってみる。
それを聞いたノアが、すぐに「ああ」と頷いた。
「都の方で流行っている歌ですね」
「できるか?」
「正確にはできませんが、耳で覚えた範囲なら」
少しの間、ノアの桜色の唇が小さく動く。それに合わせて、音を紡ぎ出すように宙で指が踊った。
一呼吸置いてから、ノアが息を吸い込む。
先程までよりアップテンポで、琴の音色もまるで跳ね回っているようだ。
遊び盛りの元気な少年のような声が響く。
ノアのイメージとはガラッと違うが、踊り出したくなるような楽しい曲だ。
元の曲をよく知らないが、おぼつかないところはないように聞こえる。耳コピができるのか。
まだ目の前まで聞きに来る客はいない。
それでも、遠巻きに聞いている若い女性たちが何人かいた。先程までの訝し気な雰囲気と違い、笑い合いながらこちらを見ている。
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