16-1.生い立ち
宿街から離れたレストランにノアを引きずり込んだ。
ロストラータ家が懇意にしている店だ。まさか俺が使うことになるとは思わなかったが。
教育が行き届いているスタッフは俺が穀潰し三男だと一目でわかったようだが、驚く素振りも見せず個室へと案内してくれた。
モノトーンで統一された個室は落ち着いていて、黒いテーブルに向かい合わせに座る。
張り詰めていた糸が切れたように、頭を抱えた。
「あー……死ぬかと思った……」
「災難でしたね。でも、フレディにケガがなくて良かったですよ」
「ノアが助けに入ってくれなきゃ、どうなってたことか。ありがとうな」
「いえいえ、礼には及びません」
ニコニコと微笑むノアは、まるで女神だ。
酔っ払いたちに囲まれた酒場よりも、やっぱりこういう高級感ある場所がノアには似合う。
「少し飲みませんか? 多少の酒は精神を安定させます」
「そうだな……って、違う! その前に、ノアに聞きたいことがある」
危うく流されるところだった。
誤魔化そうとしていた思惑が外れ、ノアが目を逸らす。
「なんでまだあのボロ宿にいたんだよ。ちゃんとした宿に移れって、十分金は渡してたよな?」
目を伏せたまま、その薄い唇から硬い声が漏れた。
「申し訳ないとは思っていましたが、頂いたお金は貯金にまわしていました」
「将来のためか? それを見越した分も渡してたはずだ」
これ以上誤魔化されないよう問い詰めると、さすがに観念した様子で肩を落とした。
「……欲しいものがあるんです」
「だったら俺が買ってやるから」
「そこまであなたに
どういうことだ?
と聞く前に、酒と食事が運ばれてきた。まともな食事をさせるために、ノアをここに連れてきたと思い出す。
「とりあえず食えよ。ロクなもん食べてないんだろうから」
「ありがとうございます」
食事と白ワインを無言で片付けていく。
ノアの食事作法は申し分なく、アレク兄上にしょっちゅう怒られていた俺よりもよっぽどサマになっている。
その所作を見ているだけでご飯三杯はいけそうだ。こっちの世界に白飯はないが。
この優雅さで食べたらボロ宿の脂が浮いただけのスープも、高級レストランのふかひれスープに見えそうではある。
俺の視線に気づいたのか、ノアが苦笑いを浮かべる。
「ああ、すみません。何かおかしかったでしょうか。
「いや、完璧だよ。俺の方が全然ダメだ。子供の頃に家庭教師に散々習ったんだけどな。ノアは誰に教わったんだ?」
「母です。と言っても母も庶民でしたので、貴族の見よう見まねでしたが」
確か母親が歌や琴を聞かせてくれたと言っていたっけ。
ノアがワイングラスをゆっくりとまわした。半透明な液体が揺らめく。
「母は貧しいながらも懸命に働き、僕を貴族の子息のように育てようと苦心していました。僕の父親が貴族だったからでしょうね」
「父親が……?」
「僕は所謂、隠し子なんです。父がどこの誰なのかは教えてもらえませんでしたが」
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