20-2

 それから、リュシアン兄さんは何度もアレク兄上に話をしに言ってくれたらしい。

 兄上は聞く耳を持たなかったようだが。


 気を紛らわすため、ノアに貰ったガラスペンで歌詞を書き起こしていく。

 ガラスペンは細く冷たく、強くペン先を押し付けたら割れてしまいそうだ。そっと紙に滑らすと、紫の波を作る。繊細なその線は、ノアの髪を思い出した。


 吟遊詩人として過酷な旅をしてきたのだからそんなヤワじゃないだろうが、時たま見せる複雑な表情は触れたら壊れてしまいそうに見えた。


 慎重に歌詞を書き写す。誕生日に初めて聞かせてくれたあの歌。

 1回しか聞けていないからうろ覚えだ。また今度聞けたら……また今度があるんだろうか。


 ペンを置き、今まで書き連ねた歌詞の書かれた紙を捲っていく。ノアの歌声を脳内再生しようとするが、何故だか上手くいかない


 いつもだったら頭の中に響くノアの歌声に聞き惚れることができたのに、今は何も聞こえない。ますますノアの声が聞きたくなっただけだ。


 でもこの状態じゃ、いつ外に出られるのかわからない。こうしているうちにもノアは旅立ってしまうかもしれないのに。


 散々悩んだ末、意を決して部屋を出た。見張りをしていた執事が驚いて止めに来たが「兄上に話がある」と言うと、話を取り次ぎに行ってくれた。


 随分待たされてから許可が下り、兄上の部屋の前に行く。

 聳え立つ大きな扉はラスボスのステージに入る前のようで、身が竦む。が、怖気づいている場合じゃない。


「アレク兄上、フレデリックです」


 返事はないが、中にいる気配はする。

 呼吸をひとつして、扉に手を掛けた。重い扉が開かれる。


 重厚なアンティークの机の奥で、背もたれの高い椅子に座っている兄上は本当にラスボスのようだ。

 ここは元々父上が使っていた部屋だが、兄上が主になってから空気が重々しい。


 兄上は何やら分厚い本が積み上がった机で何か書き物をしているようだ。

 俺が入ってきたことに気づいているに決まっているが、顔を上げない。


 胸元を握りしめると、ごくりと喉が鳴った。


「兄上、俺の話を聞いてください」


 眉一つ動かさず、羽ペンを書類に走らせている。

 また無視だ。しかし、出て行けと言われないのだから話してもいいんだろう。


「この前は、勝手なことをして悪かったと思ってる。でも俺が引きこもりを脱却し、こうして変われたのはあの吟遊詩人の……ノアのお陰なんだ。俺は彼に出会って励まされ応援したくて、その気持ちで立ち直れた。何もしていないのに家の金だけ使ってパトロン気取りなんて、恥ずべきことには変わりない。けど、貴族の遊びじゃなくて本気であいつを支援したい。だから……」

「ならば、騎士団に入れ」


 ようやく答えた兄上は、ペンを置いて俺を見た。

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