19-4
酔いしれるような甘いメロディーが始まった。
曲が始まれば、一気にここはノアの世界になる。
弦を弾きながら小さく息を吸い込むノアに、くるぞ……と胸元を握りしめた。
透き通るような歌声が、さざ波のように広がっていく。
男にしては艶やかな、女にしては芯のある歌声。本当に女神や天使がいればこんな歌声なのかもしれない。
アーニーたちはあっという間に頬をピンク色に染め、ノーマンも「ほう」とモノクルを押し上げた。
兄さんも温和な眼差しでノアを見つめている。
流れるように曲調が変わり、流行化のイントロが始まった。アーニーたちが嬉しそうに顔を見合わす。
アップテンポなその曲を歌うノアは、まるでアイドルのようだ。
もし前の世界だったらダンスを踊っていたかもしれない。ノアの場合はヒップホップやジャズではなく、バレエが似合うだろう。
どの世界でもノアは人々の目を惹きつけて離さないはずだ。
と、また転調した。何曲かメドレーで弾いてくれるらしい。
明るいけど深い音色、そして力強い歌声。俺の好きな曲だ。
引きこもりを脱却しても気が滅入ることはある。
広場での演奏や、店で歌う許可をもらうのに苦戦したとき自分のふがいなさに落ち込む。
そんなときはこの曲を脳内再生したり、書き起こした歌詞を見て勇気づけられてた。
ぐいぐいと引っ張られるようなポジティブさではなく、隣を一緒に歩いてくれるような優しい曲。
酒場に行くとよく演奏してくれたけど、聞くのは久々だ。
悲恋の歌はノアの色気が存分に発揮されて好きだが、心が温かく包み込まれるようなこの曲がやっぱり俺のお気に入りだ。
続いて今度は、力強く弦が弾かれた。バラード? にしては力強く、底から何かが湧き上がってくるような音だ。暗く、深い。
罪を犯して囚われた男が、牢の中から美しい娘に恋をする物語だ。けして届かないと知りながら、鉄格子のはまった小さな窓越しに見える娘を唯一の希望として暗い牢の中で過ごす。解けない鎖と共に、永遠に。
祝いとして演奏するには重すぎる歌だ。
不穏な気持ちはすぐに伝わり、ノーマンが眉間に皺を寄せる。アーニーたちも息を飲んでいた。兄さんの微笑は消え、じっとノーマを見つめている。
大丈夫なのかとも思ったが、よくよく聞けば印象が変わる。
あなたの声が聞きたい、触れたい、好きだと、随分直接的な歌詞だ。恋愛ソング、なのか?
ふと、弦を見つめながら歌っていたノアが顔を上げる。まっすぐこちらを見つめるノアと視線がぶつかった。
ノアの指先が弦を強く弾く。そして「愛してる」と囁くように、それでいて何かに縋るような歌声。
その紫の瞳が鈍く歪んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます