14.歌詞

 それから、毎日のように広場に行って歌を歌った。


 最初に来てくれた客たちがリピーターになり、更に知り合いを連れて来て徐々に人が増えてきた。人が増えれば、周りの警戒心もグッと低くなる。


 警戒されなくなればこっちのもの。ノアの魅力にみんな釘付けだ。

 美しい容姿に美しい歌声と竪琴の演奏。虜になるなという方が無理だ。


 投げ銭をすればノアの神対応が受けられるともあって、まともな収入にも繋がり始めた。まあ、酒場に比べればまだまだだが。


 俺も横で突っ立ってるだけじゃない。客層や時間帯を見て、ノアが歌う曲を決める。


 女性が多いときにはロマンティックな曲を、子供が多いときはポップな楽しい曲を。アーニーたちメイドから聞いた流行りの曲も取り入れた。

 

 とはいえ、いつも広場にいるだけじゃ客層が広がらない。他にも歌わせてもらえる場所を見つけに行くが、店の中や店先で歌う場合には許可が必要だ。


 コミュ障の俺に交渉なんてできるのかと思ったが、人間追い詰められればやれるものだ。門前払いされると二度とやりたくなくなるが、ノアが頑張っているのだからと気力を奮い立たせせる。


 そうして聞いてくれる場所も人も、次第に増えて行った。吟遊詩人だからと冷たい眼を向けられることも、子供らにバカにされることもあるが、それは些細なことだ。


 良くも悪くも吟遊詩人の噂が流れるようになって、アーニーたちが話しているのも耳に入った。評判は上々のようだ。


 

「何を書いているんです?」


 演奏が終わり、竪琴のケースを持ってノアがやって来た。

 花壇に腰かけて、手帳に走らせていたペンを止める。

 

「歌詞を書き留めてたんだよ」

「歌詞……僕の歌の、ですか? どうしてそんなことを」

「ノアの曲を好きなときに聴き返したりできないだろ。でもこうして歌詞を見ると、いつでもノアの声を頭の中で再生できるからさ」


 忘れないうちに手帳に書き留めて、帰ってからちゃんとした紙に清書する。

 酒場で聞いていた頃から続けていたので結構溜まり、詩集にでもできそうだった。


 ノアが「へえ」と手帳を覗き込む。


「歌詞を文字で見るなんて、なんだか新鮮ですね」

「歌詞を見ながら覚えるんじゃないのか?」

「吟遊詩人に伝わる曲は口伝なんです。正確ではないものも多いので、僕もよく間違えたり適当なアレンジで歌ってるんですよ」

「……たまに歌詞が違ってるのはそういうことか」

「バレちゃいましたね」


 月の天上人がいたずらっ子な天使の顔になる。かわいい。


「でも口伝ってことは、誰に習ったんだ?」

「母です。吟遊詩人ではありませんでしたが、歌も竪琴もよく聞かせてくれました。それを聞いて覚えただけなので、楽譜が読めないんですよ」


 歌も演奏も全部耳コピってことか。音楽なんてさっぱりな自分にはとんでもない才能に見える。それも母親からの遺伝なんだろうか。


「ノアって母親似?」

「残念。母にはあまり似ていなかったんですよ」

「じゃあ父親似か」

「……さあ、どうでしょうね」


 急にノアの声から感情が消えた。

 何かまずいことを聞いたか? もしかしたら、既に亡くなってるとか。


 微妙な空気を察してか、ノアが明るいトーンで話し出す。


「歌詞を書き留めているということは、歌は覚えていますよね。今度一緒に歌いませんか?」

「ダメダメ! 俺、歌は好きだけど聞く専門。俺と歌ったら、せっかくのお客が全員帰るぞ」

「たまにはあなたと2人きりで歌うのも、悪くないと思ったんですがね」


 そう言って腕を絡ませてくる。また俺をからかって。

 推しにこんなことされたら、平常心を保つのに苦労するんだからな。


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