19-6


「アレク兄上……」


 ラスボスのように仁王立ちで現れたのは、アレクサンドロ兄上だった。

 ヒョロガリな俺とは違い、見上げるような上背にがっしりとした肩幅。どんな軍勢でも跳ねのけるような出で立ちは、見ただけで相手が逃げ出すだろう。


 帰宅して部屋に直行してきたのか、黒いマントを羽織ったままで魔王のように見えるのは大げさじゃない。

 そもそも、まともに顔を見るのは何年振りだろうか。


 深い藍色の髪の奥では、青筋を立てているのだろう。

 強い意志を主張するかのような吊り上がった眉に、鋭い視線。部屋中の全員が蛇に睨まれた蛙状態になった。


「フレデリック!!」


 地の底から叫ばれたように、兄上の声が腹に響いた。周りを吹き飛ばすほどの迫力に倒れそうになる。


 地ならしでもするように近づいて来た兄上に、俺は一歩も動けない。動いたところで、どこにも逃げ場などないのだが。


 兄上が俺の胸倉を掴める距離に迫る寸前、兄さんが間に入った。

 

「兄上、到着をお待ちしていました」

「リュシアン、これは一体どういうことだ。なぜ旅芸人風情を屋敷に上がらせている!」


 ギロリと音が聞こえるほどの勢いで兄上がノアを睨んだ。

 ノアのことは俺が説明しなくてはいけないのに、兄さんの後ろに隠れて声が出せない。情けない。


「彼はフレディの友人です。誕生日なのですから、友人を招待するのは何も……」

「友人? 随分おめでたい頭になったな、リュシアン。田舎に行くとそうなってしまうものか」

 

 心臓が兄上に握られたようだ。息が上手く吸えない。


「フレデリックが巷でどんな噂になっているのか知っているのか。ロストラータ家の三男は吟遊詩人に入れ込んで夜な夜な大金を貢いでいると」


 そんな噂に……なっているんだろう。


 引きこもりだったとはいえ、俺のことはこの街じゃ誰もが知ってる。

 そいつが突然姿を現し、酒場で吟遊詩人に投げ銭をしていることなど格好のネタだろう。この街に暮らしていない兄さんはともかく、兄上の耳に入らないはずがない。


「そんな言い方は……フレディはただ、吟遊詩人の歌に代金を支払っていただけです」

「その金はどこから出ていると思っている。働きもせず引きこもっていたかと思えば、外で遊び歩いて下賤の男相手に散財しているとは。うちがどれだけ笑いものになっているか理解しているのか。そもそもお前がフレデリックを甘やかし、小遣いを与え続けていたのが原因だろう」


 引きこもり中も絶えず用意され、最近では値上がりまでした小遣いは兄さんが管理していたらしい。

 考えてみればそうに決まっている。貴族だからといって金が湧いて出てくるはずもないのだから。

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