10-2


 家を追い出されることもなく、連れて行かれたのは屋敷の食堂だった。

 どうやら本当に昼食を食べるらしい。


 だだっ広い部屋に、クロスの掛けられた長い机が置かれている。

 その端と端にでも座りたかったのだが、上座側に向かい合わせに座らされた。

 

 食事は使用人たちと一緒に食べないから、わざわざ食堂を使うのも面倒だと相変わらず部屋で食べていた。

 この部屋で食べるのも一体何年振り、そして兄さんと食事をするのも……


 既に食欲がない。何も喉を通る気がしなかった。


 パン、サラダ、スープ、オードブルの魚。

 コース料理のようなメニューが一気にテーブルに並べられた。


 兄さんが上品に微笑む。

 

「フレディは順番に配膳されるのが苦手だっただろう? こうして並んだ料理を見ると、昔を思い出すね」


 食べてる最中に次の料理が運ばれて、食べたらその都度皿を下げられるのが苦手だった。

 早く食べろと急かされて、絶対残すなと言われているようで、落ち着いて食べていられない。

 アレク兄上には許されなかったが、リュシアン兄さんと2人だけのときは最初から全部の料理を並べてくれた。


 そんなこと、まだ覚えていたのか。


 兄さんが優雅な仕草でナイフとフォークを手に取る。俺も慌てて形だけ真似る。

 食欲はなかったが、白身魚を適当に口に運んだ。


「……旨い」


 魚が口の中でホロっと崩れた。ソースがまた堪らなく俺の好みだ。

 失せていた食欲が復活して、箸が……いやフォークが進む。


 気づくと兄さんが手を止めて、子供を見つめるような優しい笑みを浮かべていた。


「昔から、フレディは肉より魚が好みだったね。口に合ったようで良かったよ」

「……なんか、ありがとう。いろいろと」


 俺好みの配膳に俺好みの食事。

 全部兄さんが決めてくれたんだろう。


 俺が礼を言うと、兄さんは意外そうな顔をした。少しだけ目が潤んでるようにも見える。

 ノーマンといい、大の大人を泣かせてしまうほど、今までの俺は酷かったのか。



 よそよそしかった空気が若干緩み、ぽつりぽつりと兄さんと軽い話をしていく。


 兄さんが今統治している小さな村は農村地で、自然に溢れ森や川がとてもキレイだという。

 仕事の合間に散歩に出かけ、農家の人々から野菜を貰うこともあるんだとか。


 アレク兄上は庶民と積極的に関わることなんてないが、リュシアン兄さんは違うようだ。

 兄弟だというのに、本当に好みが真逆だ。そもそも兄上だったら仕事のためとはいえのんびりとした田舎の人たちと馬が合わず、すぐに揉めるだろう。


「フレディも最近よく街へ出ているそうじゃないか。何かおもしろいものでも見つけたかい?」

「まあちょっと……ぶらぶら散歩したり、本屋とか入ったり」


 適当に言っただけなのだが、兄さんは興味深そうに頷いた。


「本を読んでいるんだね。どんな本が好きなんだい?」

「どんな、って……」


 前世ではバトル漫画や異世界もののラノベを読んでたが、こっちにそんなものはない。

 第一、この家には軍事記録だの歴史書だの小難しい本ばかりで小説すらない。

 兄さんたちは読書家だったが、フレデリックとしてはあまり本に親しみはなかった。


「私も小説をよく読むんだ。だが、今暮らしている村には大きな本屋がなくてね。なかなか新しい本を手に入れることが出来なくて残念だよ」

「え、兄さんが小説を読むのか?」

「ああ、特に魔法使いや妖精が出てくる話がおもしろい。空想小説というのかな」


 兄さんがファンタジー小説を!?

 前の世界では驚くことでもないが、こっちの世界では空想小説なんて暇を持て余した貴族の女が読むものという認識だ。

 アレク兄上もリュシアン兄さんも、てっきりそんな本は嫌いだと思っていたが。


 俺が驚いていると、兄さんが照れ臭そうに頭を掻いた。


「兄上からは良い顔をされないけれどね。実際の魔法使いはこんな風じゃないとか、妖精や精霊なんているはずがないと散々言われたよ。でもそういうことを空想していると、心がわくわくとしてくるだろう」


 まるで少年のような顔をして、兄さんはそう言った。

 それは前世で好きなアニメを語らう子供や俺たちオタクと、なんら変わらないように見える。

 

「現実と違うからこそ、夢が見られて楽しいんだよな」


 思わず口をついて出てしまった言葉に、前世の記憶がよみがえった。

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