22-3


「拒まないんですね」

「誰が拒むかよ」

「いいのですか? 本気になってしまいますよ」

「なってなかったら、わざわざ一文無しの男のとこに来ないだろ」


 紫の瞳を瞬かせると、その輝きが柔らかくなる。


「お見通しですね」

「そっちこそいいのかよ。もう金は渡せないぞ」

「お金よりも大切なもの、いただきますから」


 彫刻のような美しい顔立ちにはめ込まれた紫の瞳。そこに自分が映っていることに胸が熱くなる。


 俺の方から、その艶やかな唇に唇を重ねた。ノアは小さく身体を反応させたが、すぐにその瞳を閉じる。

 遠慮がちに、包み込むような唇の柔らかさが心地良い。


 そっと離れていくぬくもりを逃がしたくなくて、強く抱き寄せた。ノアの心臓が、どくんと跳ねる。


「言えよ」

「っ、何をです?」

「好きだって」

「これ以上もないほど伝えたでしょう。野暮ですよ」

「言葉で聞きたいんだよ」


 ノアの銀の髪を撫でる。さらりとした髪は、すぐに俺の指を抜け落ちてしまう。いつまでも触れていたいのに。


「……好きですよ、フレディ」

 

 少し震えているその声に、よくできたと頭を撫でてやる。


「やめてください。なんだか恥ずかしい」

「今更お前がこんなことで恥ずかしがるのか?」

「抱きしめられたことは何度もありますが……好きな相手にされるのは、あなたが初めてですから」


 それを聞き返すほど、俺も野暮な男じゃない。もう一度抱きしめると、ノアの体温が全身に伝わってくる。

 

 推しが……ノアが自分の腕の中にいるなんて夢みたいだ。でも、夢じゃない。


 と、右胸に何か硬いものが当たった。

 なんだ? と身体を離し、ノアの左胸を見つめる。


 俺の視線に気づいたノアが「ああ」と、思い出したかのように懐を探った。

 取り出したのは……


「ガラスペン!?」

「あはは、バレちゃいましたね。あなたが放り投げるのが見えて、急いで受け止めたんです。大丈夫、割れていませんよ」

「そういうことは早く言え!」


 安堵と脱力感が一気に襲ってくる。こんなドッキリは心臓に悪い。


「すみません。あなたの罪悪感につけこんで、連れ去ろうと思っていたもので」

「なんでそんなこと」

「そうでもしないと、ついて来てはくれないと……」


 だからあんな芝居がかったことをしていたのか。

 

「馬鹿だな、ついてくに決まってるだろ」


 俺がノアを拒否すると思っていたなんて。肝が据わってそうに見えて、怖がりなところもあるんだな。


 そこまでして俺を連れて行きたかったことは心底嬉しい。が、唯一の後悔は……


「歌詞カード燃やさなきゃ良かったあああ」


 ガラスペンは戻ってきたが、灰になった紙は戻ってこない。決別のために燃やしたはずが、無駄な後悔を作っただけだ。


 ノアも暖炉の灰に気づいたらしい。


「いいではないですか。いつでも僕の傍で、何度でも書けるのですから」

「……まあ、それもそうだな」


 俺とノアの視線が交わった。こうしているだけで、どの世界の誰よりも幸せだと思える。


「そろそろ出ましょう。兄上様たちに見つかったら――」


 瞬間、ガチャリと音が聞こえた。

 

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