第23話 ふざけた理由

「これはまた、予想外の展開ですね」


 唐突に現れた人狼を前に、アベルは淡々を言葉を口にする。そこに驚きはない。敵が唐突に現れる、などというのはよくあることだ。特に、今自分の状況を考えれば、夜のこの時間を狙ってくる者もいるかもしれない、という可能性は当然あった。

 だがしかし、それでも、これは少々予測していなかったことである。


「一応確認のために聞きますが、貴方はあのアイガイオンとカミラの仲間なのでしょうか」

「ああ。彼らと同じ、四天王の一人だ」

「なる程。同胞の仇を取りに来た、と。ちなみに聞きますが、最近まで、我々を襲ってきた連中も貴方がたの差金で?」

「俺が直接指示したわけではないがな」

「そうですか。ですが……だとすれば、妙な話ですね。今まで数でせめてきていたというのに、どうしてまた一騎打ちなど申し込んできたのでしょうか」


 これまでにアベル達を襲ってきた者達は、皆複数人で殺しにかかってきた。それもそうだろう。何せ、アベルは四天王と呼ばれる者達を二人を倒している。だとするのなら、単体で戦いに挑むなど、無謀にも程がある。


「ふん。野暮なことを。これ以上、部下を死なすわけにはいかんのでな。故に、俺が直接出向いたまでのこと」


 そうですか、と言葉を返しながら、アベルはバルドラを観察する。

 見た目は完全に人狼のそれだ。体格も確かに大きいが、それも少し人よりも背丈が高い程度のもの。牙や爪も鋭く、人を殺すのは容易だろうが、しかし逆に武器はそれくらいしか見当たらない。剣や槍は無論、飛び道具の一切を持ち合わせていないのだ。

 そこから考えられるのは、相手が素手での戦いを主としていることだ。


「へっ。幹部が直々に来るとか、いよいよそっちも焦ってきたってところか?」


 挑発気味のフィーネの言葉。

 しかし、バルドラは苦笑しながら、少女に言葉を返す。


「焦り、か。確かにな。否定はせんよ。少なくとも、我らが四天王となって以来、同胞が殺されるなどという事態は無かったからな。困惑していない、といえば嘘になる」

「その割に、一人で来るとか、未だ余裕そうに見えるんだが」

「余裕? 馬鹿を言うな。貴様はともかく、四天王を二人も倒したその男に対し、余裕など持てるわけがないだろうに」


 その言葉通り、バルドラから感じられるのは、奢りや余裕などではない。ただ相手を全力で殺しにきたと言わんばかりの闘志。

 その圧は凄まじく、先程挑発したフィーネであるが、内心では内蔵が潰されるような感覚に襲われていた。


「……そうですか。どうやら、貴方は先の二人とは、少々異なる方のようだ」


 対して、アベルはいつも通り、冷静な口調でバルドラを見ていた。


「ならば少々聞きたいことがあるのですが」

「ほう。話がしたい、と? この期に及んで今更対話で解決しようと?」

「そういうわけでありません。我々は、最早会話や対話でどうこうできるラインを超えてしまっている。それは承知していますよ」


 バルドラ達は、多くの人間を殺してきた。それも、『レベル』や『ステータス』といった訳の分からないもののために。しかも、それを効率よく上げるためといって、人間を無理やり操ったり、人間の肉や骨で街を作ったりと、邪道や外道といった道からもそれてしまっていた。

 彼らは正真正銘、人外であり、その所業は許されるものではない。

 そして、それはアベルも同じ。

 バルドラからしてみれば、アベルは自分の仲間を殺しに殺しまくった張本人。同胞が殺されて、そんな相手と和解しよう、などというのは夢物語だ。

 故に、話しでの交渉は不可能。

 しかし。


「ですが、その上で聞いておきたいことがあるのです。殺し合いなら、その後にでもできるでしょう?」


 今までの相手は、そもそも会話が成立するような相手ではなかった。アイガイオンは弱者を蹂躙し、カミラは人間を侮っていた。どちらも、人間など自分達と対等の存在ではないと豪語し、話しをしたところで、まともな答えが返ってこないのは目に見えていた。

 故に、これはある種の好機とも言える。


「……確かにな。俺も、問うておきたいことがあるしな。それで、聞きたいこととは何だ」

「ええ。大したことではありません。貴方がたの目的と理由です」

「目的と理由?」

「貴方がたは多くの人間を殺している。貴方の同胞曰く、貴方がたは異世界の存在であり、『レベル』や『ステータス』などを上げるために殺戮を繰り返している。だが、それは自分達を強くするための手段に過ぎない。私が聞きたいのは、その先です。貴方がたは一体、何がしたいのですか?」


 彼らがやっている行為は明らかな侵略だ。だが、その目的と理由については、全く触れられていなかった。

 考えられるものはいくつかある。自分達の世界が滅んだ、または滅びに瀕しているからこの世界にやってきたとか、自分達の領土を広げるためにこの世界に手を出したとか、はたまたこの世界の者に呼ばれて協力しているのか。

 何にしろ、人間をこれだけ殺しているのだ。そこには何か、複雑な事情がある。

 そう、思っていたのだが。


「さてな。わからんよ、そんなことは」

「……何ですって?」

「分からん、といったのだ。そもそも、俺達とて、この世界に来たのは偶然だ。自らの意思ではない。気づいたら、いつの間にかこの世界にやってきていた。誰かの意思なのか、何かの事故なのか。そんなものは分からんし、正直どうでもいい。俺達にとって大事なのは、主であるルタロス様の力を世に知らしめること。それは、たとえ異世界に来たとしても変わることはない」

「だから……人間を殺している、と」

「そうだ。連中を殺し、ルタロス様の威光を示す。それが俺達が生まれた意味であり、戦う理由だ。それ以外に、俺達の存在理由はない」


 それが真実だ、と言わんばかりにバルドラははっきりと言い切った。

 その言葉に嘘偽りはない。

 本気だ。

 目の前にいる人狼は、本気でそれが自分の生きがいだと言い放つ。

 その言葉を耳にして、口を開いたのはアベルではなかった。


「おいちょっと待てよ。それじゃあ何か。お前らはよく分からないままこの世界にやってきて、けどそんなものはどうでもよくて、自分達のご主人様の力を見せつけるために、人間殺しまくってるっていうのか?」

「そうだ」

「ふざけんなっ!!」


 端的な返答を前にして、フィーネの怒号が飛んだ。


「ふざけんな、ふざけんじゃねぇぞテメェッ!! そんな馬鹿みたいな理由で人間殺しまくってたっていうのかっ!! 自分達が生き残るためでも、相手が憎いからでもねぇ!! ただ力を証明するために殺すって、意味がわかんねぇ!! そんな都合で、アタシの仲間は殺されたのか!! そんな理屈で、あんだけ大勢の人間が死んだっていうのかっ!!」


 少女の叫びは、アベルの言葉でもあった。

 生存のため、復讐のため、他人を殺す。それは本来あってはならないが、しかし理解はできる。許してはならないことだし、やってはいけないことではあるが、それでも納得できる事柄だ。

 だが、彼らは違う。

 生きるためでもなく、恨みを晴らすためでもなく、ただ力を誇示するため。

 それだけの、たったそれだけの理由で、多くの人々が苦しみ、死んでいったというのか。

 その叫びに、その怒号に。


「ああそうだ」


 バルドラは淡々と、当然の如く答えた。


「俺達は人外だ。怪物だ。化物だ。人の道理など通用しないし、してはならない。自らの主人のために、人間を殺して殺して殺しまくる。そういう風に生まれてきたし、そういう風に生きてきた。そこに後悔は微塵もない。故に、どれだけ恨まれようが、どれだけ憎まれようが、俺達はこの生き方を変えることなどできはしない」


 それが自分達だと、バルドラは言い放つ。

 そこには人間を蔑む気持ちも無ければ、自らの生き様に恥を感じる気持ちもない。

 人間を殺すことだけを目的として生まれてきたのが我々だと言わんばかりに、人狼は答える。


「そうですか。それが貴方の、いいえ。貴方がたの生き方なのですか。全く、はた迷惑もいいところです」

「まぁ、そちらからすれば、そうなのだろうな。だがしかし……」

「自分達は、それ以外の道は知らない、とでも? それこそ馬鹿馬鹿しい。そんなものは、言い訳どころか、理由にすらなりませんよ」

「……何?」


 アベルの言葉に、バルドラは眉をひそめる。


「貴方がたは、人を殺すために生まれた。確かにそうなのかもしれません。ですが、それは貴方がたの世界での話。こちらの世界の人間は、全く関係のない事柄だ。他の世界に自分達の世界の理屈を遠そうなどと、烏滸がましいにも程がある。ましてや、貴方がたは自分達の世界に戻る努力すらしていない。いつの間にかこの世界に来ていた……どうしてそこに疑問を抱かないのです? そんな現象を、何故しらべようとしないのですか。おかしいと思わないのですか?」

「……何が言いたい?」

「まだ分からないのですか? 異世界転移などという現象が単なる事故で済まされるわけがない。つまり、貴方がたは誰かの意思でここにいる。貴方がたがこの世界を侵略しようとしていることも、人間を殺そうとしていることも、全部『誰か』の思惑であるということです」

「……ありえん。そんな根拠など、どこにもない」

「では、有り得ないという根拠はどこにあるのです? それを確かめるためにも、貴方がたは行動するべきだった。こんな馬鹿げた侵略などする前に、自分達が何故、どうしてここにいるのか。何のために来たのか、それを探るべきだった」


 だが、それも既に遅い。

 自分達が異様な状況にいるというのに、アベルに指摘されるまで、そこに考えが至れなかったというだけで、最早彼らは手遅れなのだ。


「よくわかりましたよ。結局のところ、貴方がたは思考することすら放棄した愚か者であり、そしてその上に立つ存在もその程度の存在であると」

「―――言いたいことは、それだけか?」


 己の主を侮辱されたせいか、バルドラの殺気がさらに増した。

 それを受けても、しかしアベルは態度を一変させない。ただ淡々と戦闘態勢に入るのみ。

 そんな男の姿を見て、人狼は呟く。


「最後に一つ、訊いておく。お前は一体、何者だ?」


 それがバルドラがただ一つ聞きたかったこと。

 部下を全て返り討ちにし、四天王を二人も倒した男。

 それが、一体何者なのか。

 その問いに対し、アベルは。


「何、前世に魔王の影武者をやっていた、ただの村人ですよ」


 そんな、どこまでもふざけている真実を口にした。

 無論、それをバルドラは信じてはいない。

 しかし、そんなものはもうどうもでもいい。

 最早、彼らには戦う以外の道などないのだから。

 そして。


「―――いくぞ」

「ええ、いつでもどうぞっ!!」


 次の瞬間、互いの殺意がぶつかり合い、戦いは始まったのだった。

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