第31話 脆弱なる心
ルタロスは、魔術に特化した人外だった。
彼がやっていたゲーム、『ヘル・ソウルズ』は基本、人間を殺す内容ではあったが、それでも同じプレイヤーである人外とも戦うことは珍しくはないこと。そして、そのためには、どうしても魔術という能力が必要不可欠となっていた。そして、それに特化していたからこそ、ルタロスは『ヘル・ソウルズ』で最強になり得たとも言える。
しかし、だ。ここで間違ってはいけないのは、魔術に特化しているからと言って、肉弾戦ができない、というわけではない。確かに魔術よりから劣るのは事実だが、それでも平均的な基準から言えば、最高クラスといっても過言ではないのだ。特に、相手が人間であれば、魔術など使わず、剣一本で千人、二千人を殺すことなど余裕なのだ。
筋力、脚力、体力、瞬発力など、どれもこれもが規格外。そして、それを遥かに超える魔術の数々。
本来なら、どんな人間、人外だろうともルタロスには勝てるはずはない。故に、彼は最強であり、無敵であり、絶対となったのだ。そして、多くの人外の部下を持ち、四天王を束ね、壊魔王という称号すら手に入れた。
だというのに。
「が、ぁ、ああああああああっ!!」
「ふんっ!!」
ルタロスの魔術攻撃を躱しながら、アベルは懐に入り、そして蹴りを炸裂させる。その威力は絶大であり、蹴り上げられたルタロスはそのまま天井まで一直線に吹っ飛ばされ、激突。
「あっ、が……」
最早言葉が出ない。
防御力、耐久力は最高レベルに設定してある。壊魔王となったルタロスは、それ以降、誰にも傷つけられたことがない。どんな物理的な攻撃も強靭な身体で無意味と成し、どんな魔術的な攻撃も無敵の魔術で無価値としてきた。だから、彼にとって相手が攻撃してくること、それ即ち、相手が自殺するのと同じことを意味していた。
だというのに。
「な、んで……」
ルタロスの頭にあるのは疑問。
物理攻撃も魔術攻撃も一切通用せず、またこちらの防御も無駄だと言わんばかりに強烈な攻撃を叩きつけてくる。
ゲームでも、そして現実でも、今まで起こったことがない現象に、ルタロスは困惑し続けていた。加えて、感じたことのない激痛が、彼の全身を駆け巡っている。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――っ!!)
声には出さず、けれど心の中で苦痛を叫ぶ。
よくよく考えて見て欲しい。『彼』は元々はただの人間。実は鍛えてたとか、何度も死地を乗り越えたとか、そんな実力や経験など一切ない。あるのは誰よりも『ヘル・ソウルズ』というゲームをプレイしていたという事実のみ。無論、今はその『ヘル・ソウルズ』のキャラであるルタロスの身体や力を持っているが、それがつまり『彼』の実力や経験というわけではない。
即ち、真っ当な戦いどころか、喧嘩すらもしたことがないのだ。
毎日毎日、『ヘル・ソウルズ』というゲームに勤しみ続けてきた。それはある種、才能と言えるのかもしれない。どんなことであれ、何かに没頭できるということ。それは誰しもが持てるものではないのだから。
しかし、この場に限って言えば、その経験は全くの意味をなさない。
彼が今、目の前にしているのは遊びではない。本物の殺し合い。互いの意思と覚悟をぶつけ合い、譲れない想いを糧にして突き進む血塗れの勝負の世界。
虚構ではなく、現実なのだ。
「く、そ、がぁぁぁぁぁあああああああああああっ!!」
天井を蹴り上げ、一気に距離を詰める。
が、その突進はアベルの裏拳によって、阻止されてしまった。
「ご、はっ……」
それはまるで、暴れる子供を躾する大人のような、そんな状況。
そうだ。今のアベルとルタロスは、完全に大人と子供。力の差が天と地程の差があいてしまっている。どんな攻撃も、どんな魔術も、アベルという男には一切通用しない。
だがしかし、勘違いしてはいけない。
それがつまり、アベルがとんでもなく超常的な存在だからとか、底知れない力を持っているとか、そういう話ではない。無論、そう言った部分もあるのだろうが、しかしこれはそれ以前の話なのだ。
「さぁ、まだです。さっさと立ちなさい。仮にも長を務めた者なのでしょう? ならば、この程度で根を上げてどうするのです? 貴方、自分の部下に対して、恥ずかしくないのですか?」
「が、だま、れぇぇぇぇぇぇぇえええええっ!!」
雄叫びと共に、殴りかかっていくルタロス。その両手には何やら奇妙な光が灯っており、恐らく魔術の何かなのだろう。
しかし、やはりというべきか、ルタロスの攻撃は一切当たらず、アベルの反撃がぶち込まれる。
そこからは、一方的な光景が続いた。
ルタロスがどんな攻撃をしようが、アベルはそれを尽く、避け、防御し、そして反撃を食らわす。そして、隙ができればそこを徹底的に殴り蹴りの連続。魔法は使わず、徒手空拳のみで、だ。
無論、ルタロスも黙ってはいない。いくら連続した攻撃だからと言って、アベルにも全く隙がないわけではない。殴り蹴りの間、その隙をつき、魔術を使って距離を取ったり、極大な威力の魔術を放とうとしたりしていた。
だが、それも無意味。
距離を取ってもすぐに追いつかれ、魔術に関しては発動しようとした瞬間、顔面に拳を叩きつけられ、不発に終わる。
そんなことが延々と続いていた。
そんな中、アベルは攻撃を続けながら、口を開く。
「何故、という顔をしていますね。どうして自分の攻撃が当たらないのか。どうしてただの拳や蹴りが叩き込まれるのか。どうしてこんな状況に陥っているのか。皆目検討がつかない、と。そんな具合ですか」
拳が叩き込まれる。
蹴りが炸裂する。
圧倒的な暴力がルタロスを襲う中、アベルは会話を続ける。
「その答えは簡単です。貴方―――戦いどころか、まともな喧嘩すらしたことないでしょう?」
無慈悲な嵐の中、そんな言葉を投げかけられたルタロスは反論することができない。それは、攻撃のせいで口が動かせないというからではない。
それが事実だから、何も言い返せないのだ。
「貴方の身体能力、そして魔術という力。ええ、それは脅威と言えば脅威なのでしょう。ですが……全くもって怖いとは感じないのですよ。まるで、子供が暴れているような、そんな印象しか受けない。動きが単純だし、意思も浅い。能力と心が噛み合っていないのですよ」
攻撃の仕方、魔術発動のタイミング、相手の動きを読み取る能力……全てにおいて、未熟すぎる。これでは、どれだけ身体能力があろうとも、どれだけ大量の魔力があろうとも、宝の持ち腐れにも程がある。
今まで彼がそれで成功してきたのは、恐らく力のゴリ押しでどうにかなってきたから。しかし、それも今となっては通用しないものとなっいる。
「おかしいと思ったのは、アイガイオンという者と戦った時です。彼もまた確かにそれなりの能力を持っていましたが、しかし戦闘における機微というものが、あまりにも杜撰だった。カミラという女性に関しては、最早それ以前の問題。二人共、人間を虐殺することはできても、戦うことに関してはド素人同然でしたよ。はっきり言って、まともな戦闘と呼べたのは、バルドラくらいのものです」
アイガイオンもカミラも、そしてダークナイトやその他の敵も、今考えてみれば、皆殺すことには長けていても、戦いには全く不慣れなように感じた。
圧倒的な力で潰し、殺戮を繰り返す。確かに、殺すという点では優秀だったかもしれないが、戦うとなれば、それはまた別の話となってくる。
「しかし、ここに来てその疑問も払拭されました。要は、貴方が原因だったのですね。上に立つ者が、戦いを未経験となれば、なる程、下の者がああなるのも自然の摂理というわけですか」
「知った、ような、口を、きくなぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
ボロボロになりながらも、しかしルタロスは未だ叫ぶ余力はあったようだ。
「ふざけるな、ふざけんじゃねぇ!! お前如きが、あいつらを語るんじゃねぇ!! あいつらは、俺の、俺の大切な部下だっ!! ずっと一緒にやってきた仲間だっ!! それを、ぽっと出のチート野郎が、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞっ!!」
その叫びは、その言葉は、きっと本物だったのだろう。
自分の部下を、仲間を、大切な家族を侮辱されたことへの怒り。それは褒められる云々は置いておいて、自然な感情と言える。それは誰もが感じる当然の激情。アベルやフィーネがここまできたのも、大切な者を傷つけられたからだ。
そして、それを理解しているからこそ、アベルは言い放つ。
「よく吠えました。しかし敢えて言わせてもらいましょう―――巫山戯ている? それはこちらの台詞だ」
刹那、叩き込まれる一擊一擊が、さらに強烈なものへと変化していく。
その攻撃に込められている激情。
それすなわち、怒りだった。
「敵意はある。殺意もある。けれども、それらは総じて空っぽだ。人を倒す決意も、人を殺す覚悟もない。貴方の殺しは、単なる処理行為でしかない。まるで、虚構の何かを潰すような、そんな代物。全くもって、実態感がないとでも言いたげだ。貴方は、自分が夢にでもいるつもりなのでしょうか?」
その比喩は、的を射ていた。
結局のところ、ルタロスにとってこの世界はどこまで行っても現実感がない場所なのだ。
当然だ。自分がやっていたゲームのキャラになって、強大な力を得た。そんなことは、夢物語もいいところ。ここが夢ではなく、現実のものだと頭では理解していても、心のどこかでは、夢のようだという感覚が抜けきれていない。
「ああ、本当にタチが悪い。どこまでも覚悟がなく、意思が弱く、決意すら持ち合わせていない。そんな輩があれだけの悲劇を生み出したと? 冗談じゃない。こんな、ただの子供の児戯に、大勢の人々が涙を流したと? ふざけるな。曲りなりもも魔王などと呼ばれている存在が? 全くもって笑えない」
そう。本当に、笑えない。
どこまでも、この世界を舐め腐っているとしか思えなかった。
「はっきり言いましょう。貴方は魔王でも何でもない。人を超えた存在でも、超常的な存在でもない。現実を生きていない、ただ傍迷惑な、軟弱者のゴミ屑だっ!!」
現実を生きていない。
傍迷惑。
軟弱者。
ゴミ屑。
それらは全て、聞き覚えのある言葉だった。
そう。それらは全て、ルタロスが、いいや、田中次郎がずっとずっと言われ続けた言葉であり―――
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
だからこそ、彼は叫び、それを聞き入れない。
何故なら、その言葉を聞き入れたが最後、彼はルタロスでは無くなってしまう。受け入れた瞬間、かつての自分に戻ってしまう。
だから聞こえない。
聞こえない。聞こえない。聞こえない。
聞こえない。聞こえない。聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえ―――
「愚か者っ!!」
刹那、ルタロスの顔面に拳が叩き込まれた。
「この期に及んで現実逃避か、嘆かわしいっ!! それでも長か、それでも魔王かっ!! どんな経緯であれ、多くの者を束ねていた者ならが、自分自身から逃げ出してどうするというっ!!」
ああ、まただ。またこの光景。
先程もそうだったが、ルタロスはまるで、子供を叱りつける大人のように、説教じみた言葉を並べる。
いや、違うか。
彼は今まさに、この戦いの中で、説教をしていたのだ。
「逃げるな、目を背けるな、立ち向かえっ!! 仲間が大切だ、部下が大切だと吠えるのなら、まずは己の弱さを受け入れなさいっ!!」
「うるさぁぁぁぁぁあああああああああああああああああいっ!!」
それは、最早子供の癇癪だった。
アベルの言葉は、しかしルタロスには届かない。いいや、届いてはいるものの、彼はそれを拒絶している。受け入れれば、彼の中で、何かが崩壊する。今の彼、ルタロスとしての何かが、消滅してしまう。
それは嫌だ。
絶対に認めたくない。
そんな想いが、彼の心を埋め尽くしていた。
故に。
「そうですか―――ならばっ!!」
刹那、アベルはルタロスの頭を右手で鷲掴みする。
「これが、貴方の終わりだ、壊魔王ルタロスッ!!」
その次の瞬間、今の彼の全力をもって、その頭を床に叩きつけた。
無論、その一擊は強力であり、頭を叩きつけられた床は、一気に亀裂が入ったのだった。そして、言うまでもなく、ルタロスはもう完全に戦闘不能な状態。
こうして。
壊魔王ルタロスは、アベルの前に倒れたのであった。
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