第30話 歴然たる力の差

「特級魔術・【デストロイサンダー】」


 その言葉と同時、ルタロスの背後に五つの雷光が迸った。

 特級魔術。ルタロス達が使う魔術の中でも最高レベルの魔術であり、それを喰らえば、人間は無論、街一つを吹き飛ばすことすら可能な代物。


 以前、アイガイオンが同程度のモノを使っていたが、元々彼は耐久型。故に、攻撃型であるルタロスが使用すれば、その威力は桁外れのものとなる。

 しかし。


「【硬雷カラドボルグ】」


 刹那、アベルの右手から放出された雷が、ルタロスの雷光を打ち消した。


「相殺、だと……?」


 雷と雷のぶつかり合い。それだけでも本来なら有り得ない現象。だが、もっと驚くべきことは、それが共に相打ちとなり、消滅した事実。


 これが、どちらかの雷光がうち負けた、というのならまだ分かる。しかし、相殺となれば話は別だ。相殺。つまり、同じ威力でぶつかり合ったということになるのだ。そんな偶然が果たしてあるだろうか。


(まさか、狙って威力を調整したとでも……いいや、それこそ不可能だ)


 雷と雷とぶつけることだけでも神業だというのに、その威力を瞬時に理解し、わざと同じ威力のものをぶつける……そんなことなど、可能なわけがない。


 奇跡、偶然、まぐれ。そうに違いないと思いつつ、ルタロスは次の攻撃に出た。


「特級魔術・【グレートダークマター】」


 刹那、ルタロスの両手から放たれた黒い球体。それらはあらゆる物質を消滅させる暗黒物質。指先一つ触れただけで消し飛ばす。その前にはどんな物理的な攻撃も、魔術的な防御も意味をなさない。正に、絶対の攻撃手段。

 それを。


「【消滅光パニッシュライト】」


 その一言と共にアベルの右手が光を帯びた。

 そして、その右手で、迫り来る二つの絶対の暗黒物質を振り払いながら、消し飛ばした。


「な……っ」


 再び有り得ない光景を目の当たりにしたルタロスは絶句せざるを得なかった。

【グレートダークマター】はどんな者をも消し飛ばす、必殺の技。これから逃れるためには、回避するしかない。だが、【グレートダークマター】には追尾機能もあり、それこそ音速で逃げ切らなければ必ず当たる仕組みになっている。


 だというのに。

 それを、まるで鬱陶しい蠅を叩き落とすかの如き仕草で、アベルは消し飛ばしたのだ。


(消滅魔術を消滅させただと……っ!? 巫山戯ているにも程があるだろうっ!!)


 馬鹿げた力技を前にして、ルタロスは内心驚きと焦りで困惑する他なかった。

 今使った二つの魔術は確かに最高クラスのものだった。そのはずだ。なのに、それをあっさり相殺したり、消し飛ばしたりと理解不能なことが起きている。


 そんなことはない。

 そんなことは有り得ない。


 何かからくりがあるはずだ。何かしらの理由で、こちらの魔術の威力を下げられている。そうとしか考えられない。


 だってそうだろう?

 自分が全力を出したはずなのに、相手が平然と立っているなんてことは、あるはずがないんだから。


「どうしました? 準備運動は、もう終わりですか?」

「くっ、この……!!」


 焦りに付け込むかのような挑発的な言葉。本来なら、そんな言葉に乗せられてはいけない。しかし、今のルタロスは己の攻撃が通用しなかった事実を受け入れることができずにいた。そのために、アベルの言葉にも易々と引っかかってしまう。


 そして、頭に血が上った人間がやることは、いつだって単純だ。


「特級魔術・【インフェルノバーニング】ッ」

「【深吹雪ディープブリザード】」


 突如として出現した数多のマグマの奔流。しかし、同じく唐突に吹き荒れた吹雪によって、それらは全て凍らされ、無意味なモノへと変化した。


「特級魔術・【アルティメットグラビティ】ッ」

「【干渉拒絶アウトリジェクション】」


 どんな怪物だろうと一瞬ですり潰す超重力。しかし、そんなものなど存在しないかのように、アベルには全く効いておらず、平然と立ったままだった。


「特級魔術・【ディメンションスラッシュ】ッ」

「【終滅刃エンドブレード】」


 次元すらも切り裂く光の剣。その一擊は、数多くの敵を一擊の下、斬り殺してきた。しかし、その一刀は黒い刃にとって、簡単に粉砕されてしまった。


(くそ、何でだ、どうしてこっちの攻撃が通用しない……っ!!)


 今まで放ってきたのは、全て特級魔術だ。だというのに、それらを全て、まるで子供の相手をしているかのように、一切合切尽くを粉砕していく。


 まるで、それらが全て無価値であるかのように。

 まるで、それらが全て無意味であるかのように。


 そして、それを通して、ルタロスという存在が無価値で無意味であると言わんばかりに。


「特級魔術・【タイムゼロ】ッ!!」


 刹那、全ての物体が、動きを止めた。いや、性格には、時間が止まったというべきだろう。【タイムゼロ】によって、文字通り、今ルタロスは時を止めたのだ。


 この魔術はかなり魔力を使うが、しかし相手の動きを確実に止めることができる。業腹ではあるが、今のままでは埒があかない。


 釈然とはしないが、相手の時間が止まっている時に、こちらの最強魔術を食らわせて―――。


「おい、こりゃなんだ?」


 聞こえたのは、少女の声。

 思わず振り返ると、アベルの後ろにいたフィーネがきょろきょろと周りを見ながら口を開いたのが分かった。


 そして、アベルもその言葉に反応し、答える。


「さぁ。どうやら周りの時を止めたようですが」

「時を止めたって……うおっ!? 氷とか、粉塵とかが空中で止まってやがる。マジで時を止めたのかよ……いや、っていうかさ……」

「何故、動けるっ!? いいや、どうして意識があるっ!?」


 思わず、怒号の如き言葉を叫ぶ。

 百歩譲って、アベルだけならまだ分かる。その底知れない力は、ルタロスでも計り知れないのは事実なのだから。


 だが、その後ろにいるフィーネも普通に動けているのはどういうわけか。


「何、簡単な話ですよ。この戦いの前、もっと言うのならこの城に入る前から私と彼女は『状態変化無効』の魔法を使っていましてね。毒や呪い、弱体化といった類のモノは通用しないんですよ。無論、時間操作の類の力も」

「馬鹿な……」


 アベルの言っていることは、理解できる。敵地に乗り込むのだから、事前に備えをしておくのは常道。特に、いつ何か起こるか分からないのなら、『状態変化無効』という選択は正しいものだと言えるだろう。


 だが、問題はその効果が絶大過ぎる点だ。

 ルタロスが使った【タイムゼロ】は、それこそ全ての時間を止める。たとえ、どんな能力を持っていても、だ。それこそ、事前にかけてあって程度の能力では無効化できないはず。


 その前提を、アベルはあっさりと覆した。


「さて。そろそろ身体も温まってきたところですし、そろそろこちらも少し本気を出しましょうか」


 刹那、アベルの姿が一瞬にして目の前に現れたと同時、ルタロスの胸部に強烈な一擊が炸裂した。


「がっ……!?」


 吹き飛ばされたルタロスは身体を何回もさせながら、壁に激突。その壁も巨大なクレーターのような有様となり、その中心点で壊魔王と呼ばれた男は埋もれていた。


 何が起こったのか、理解できなかった。

 突然距離を詰められたかと思えば、こちらが対処する暇もなく、一擊を叩き込まれた。防御も回避も不可能なそれを前にして、ルタロスは何もできなかったのだ。


 かつて、最強無敵と言われ、最早誰にも傷つけられない存在となっていた男は、たった一発でその幻想を打ち壊されてしまった。


「あ……が……」

「おや。思ってよりもヤワですね。今の一擊で、そこまでになるとは。しかし、こちらとしては、もう少し頑張ってもらわないと。何せ、本番はこれからなんですから」


 そう。今の一発ではい終わり、などという状況ではない。

 そんなことで終わりはしないし、終わらせない。


「貴方が諦めようが、許しを請おうが無意味です。その程度で私は止まらないし、止まれない。貴方がたがしでかした罪の大きさをその身に徹底的に刻み込む。それが、私がここにいる理由です。ですので、貴方も本気でかかってきてください。それを完膚無きまでに叩き潰して差し上げます。まさか、先程の攻撃。あの程度がまさか、貴方の全力だなんて言わないでしょう?」


 足音を立てながら、アベルはゆっくりとルタロスに近づいていく。


「さぁ、立ちなさい。顔をあげなさい。貴方はここで気絶することすら許されない。故に、あがき、もがきなさい。貴方にもあるのでしょう? 決意が、覚悟が、信念が。それらがあるというのなら、闘志を燃やせ。殺意を尖らせろ。戦意を取り戻せ」


 そして。


「その上で―――貴方に、完全なる敗北を差し上げましょう」


 だから、立て。故に、立て。


 お前に与える罰は、この程度では済まないのだから。

 お前が犯した罪は、この程度では許されないのだから。


 さぁ、始めよう。

 圧倒的で、徹底的で、完膚なきまでの断罪を。

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