第29話 壊魔王ルタロス
「……妙ですね」
周りを見渡しながらアベルはふと呟く。
既に、彼らは城の内部までやってきていた。アベルの魔法は、いくつもの敵や罠を全て破壊しており、誰も彼を止めることはできていない。
無論、フィーネについての配慮も忘れていない。今の彼女には、『状態変化無効』の魔法をかけている。これによって、呪いや精神攻撃系の攻撃は彼女にも一切通用しなくなっていた。物理的な問題に関しては、正直なところ、そこまで心配はしていない。何せ、彼女はここまでの道中、アベルと共に旅をして、生き残ってきたのだ。普通の人間なら即死するだろう状況下で、彼女は生き残ってきた。恐らく、義賊として活動してきたことにより、生存本能が高くなっているのだろう。
そして、だからこそだろうか。
彼女もまた、この状況に違和感を感じていた。
「先程まで続いていた攻撃がやみやがったな。相手さんが諦めた……ってのは流石にないと思うが」
「ええ。少なくとも、降参するから攻撃をやめた、というものではないのでしょう」
相手がそんな性格の持ち主ならば、事態はこんなにも深刻なものにはなっていなかったはず。ならば、逃げ出したか? いや、それもないだろう。そもそも、逃げ出すのなら、自分達がここに来るまでに時間はかなりあったはずだ。そもそも、今まで使ってきた手法から考えて、相手は自分が逃げる、というモノが嫌いな性格をしているとアベルは踏んでいる。
ならばどうして……と考えていた刹那、不意に近くの扉が不自然に開いた。
「……こいつは」
「こっちに来い、とでも言っているのでしょう」
開いた扉の奥。そこから感じ取れる空気は、少なくともそう言っていた。
「どう見ても罠だろ」
「ですね。しかし、相手が誘っているということは、そこに誰かがいるということ。少なくとも今までの相手とは違う者が。もしかすれば、ようやく本命に出会えるかもしれませんよ」
本命。つまり、この城、ひいては敵側の頭。
即ち、壊魔王・ルタロス。
四天王を束ね、この世界を蹂躙している、現代の魔王と呼ぶべき存在。
「どの道、このまま無策に城の中を探し回ったところで敵を見つけられるかわかりません。ならば、敢えて相手の策に乗ってみるのもアリかなと思うのですが」
「はぁ……思うのですが、じゃねぇだろうが。どうせ行く気満々なんだろ? だったらアタシはついてくだけだよ」
「ありがとうございます、フィーネ」
何だかんだと言いつつ、自分の提案に乗ってくれた少女に言葉を述べながら、アベルは続ける。
「それでは、行きましょうか」
そうして、二人は扉を抜けたのだった。
*
扉を抜けた後、二人は相手の誘導に従いながら、道を進んだ。唐突に開く扉、奇妙な矢印、いきなり燃える松明等……どう考えてもこちらを誘っているとしか思えない現象を前にしながら、アベルとフィーネは歩き続けた。
無論、その道中でも警戒は怠らない。フィーネも言っていたように、これは罠である可能性が高い。ならば、導いている途中で奇襲を仕掛けてくる可能性は多いにある。特に、フィーネを狙ってくる事も考慮しながら、アベルは先頭を歩きながらも、感覚を研ぎ澄ませていた。
しかしながら、襲ってくる気配は一切ない。罠も全く作動せず、刃が降ってくることも、床が落ちることも、異能的な力が襲いかかってくることもなかった。
あるのはただの静寂のみ。
まるで、全ての生き物が死に絶えたかのような静けさのみが、そこにはあった。
先程まで、執着するかのような攻撃を受けた後のせいか、全く攻撃してこない状況というのは何とも不気味なものである。
何かの作戦か。それとも別の目的があるのか。
その答えも、もうすぐ判明する。
「ここですね」
そこにあったのは、扉。それも、城の中で見た中で一番大きな扉だった。
ここまでくれば、フィーネにも分かる。
「この中に、いるな」
扉から伝わってくる巨大な空気。それは圧となってフィーネを押しつぶさんとしていた。それだけで、この中にいる奴が、今までの四天王とは比べ物にならない強敵であることが察することができる。
即ち。
「ええ。恐らく、連中の親玉でしょうね」
証拠はどこにもない。だが、アベルは確信していた。それだけ、彼も扉から感じる空気とやらが強いことに気がついていた。
相手の目的は分からない。だが、ここから先が本番であることは理解できる。
フィーネに視線を向けると、彼女は頷き、了承した。
そして同時に、アベルは巨大な扉を音を鳴らしながら開いた。
そこは、玉座の間だった。
天井は十メートル以上もある場所であり、広さもかなりのもの。恐らく、人が千人入っても余裕ができるという具合だろう。壁や天井には豪華な装飾が施されているものの、何故か重苦しい雰囲気を醸し出している。
そして、その一番奥には、玉座があり、一人の男らしき人物が、こちらを見据えながら座っていた。
「ようやく来たな、招かれざる客よ」
人、ではない。容姿は人間に近いが、その頭にはまるで羊のような鋭い角がある。よく見てみると指の爪もかなり鋭く、獣のそれに近いものだった。その眼光は、敵意の塊であり、人のそれでは無かった。
そして何より、身体から醸し出される空気は、こちらを殺すつもり満々のものだった。
ここまでくれば、間違いようがない。
「俺の名は、ルタロス。壊魔王と呼ばれている者だ」
淡々とした、けれどどこか低い声。
そして、その言葉を聞き、アベルは確信した。
この男が、全ての元凶なのだ、と。
「こちらは名乗ったのだ。そちらも名を明かすべきではないか?」
「これは失礼を。私はアベルと申します。こちらは仲間のフィーネ。どうぞお見知りおきを」
「ああ。よく覚えておくよ。何せ……これから念入りに殺す相手だからな」
殺害宣言をさらりと口にするルタロス。しかし、それも当然だろう。何せ、彼は多くの部下を失い、拠点である場所を蹂躙されたのだ。これで怒るなという方が無理がある。
しかし、だ。その点について、アベルは謝罪するつもりはなかった。
「俺は多くの戦いをしてきたが、ここまで部下を失ったことは初めてだ。だから……ああそうだな。お前達にはどうしようもない怒りをぶつけたくて仕方がない」
「そうですか。ですが、その原因を作ったのは、そちらではありませんか?」
「それは俺達が行った侵略について言っているのか? だとしたら、何とも浅慮な男だな」
言われ、表情を動かしたのはフィーネだった。
どういう意味だ、と言わんばかりな少女の態度に応えるように、ルタロスは続けて言う。
「聞いているかも知れんが、俺達がこの世界に来たのは自分の意思ではない。ある日、突然ここに来たのだ。その原因は何なのかは分からないが、しかし他所の世界に来たと理解するのに、そう時間はかからなかった。そして、何をするべきかもな」
「それが侵略行為だと?」
「ああ。俺達は他所者だ。だが、強力な力を持っている。隠れて行動するには限度があるし、そもそもする必要性を感じなかった。やるべきことは、ただ一つ。自分達の力を示すこと。そうすれば、他の勢力にとって俺達は手を出してはいけないという脅威となる。そして、その恐怖こそが、俺達が存在できる理由となるのだ」
力を示す。それは以前バルドラも言っていたことだ。
確かに、相手に弱腰な姿勢を見せれば、そこを突かれ、取り返しのつかないことになる、というのはどこにでもあることだ。それ故に、人と人、国と国の関わりでも、強い姿勢を常に貫く、ということは多々あることだ。
特に、彼らに関して言えば、ここは見知らぬ異世界。故に、自分達の存在を知らしめ、絶対に戦ってはならない存在だとアピールすることによって、自分達の地位を作ろうとしたのだろう。
その理屈は理解できる。
だが、それが納得できるかどうかは、また別の話だ。
「その理屈は以前にも聞きました。まぁ、分かる部分はありますよ。しかし……全くもって度し難い屁理屈だ。自分達の力を示す? 他の勢力から恐怖の対象となる? ええそうでしょう。しかし、だからこそ大きな火種になるとは思わなかったのですか? もっと別の、それこそ血が流れないような選択肢は無かったのですか? いええ、あったはずです。少なくとも、こんな事態にならない、もっとマシな解決策はいくらでもあったはずだ」
話し合い、交渉、取引……これだけの力があるからこそ、血を流さずに済む考えは、それこそ数多くある。無論、危険だと言ってくる輩もいるだろう。戦いを望む者もいたかもしれない。だが、少なくとも、今、彼らがしている侵略行為よりはマシな未来はいくらでも存在したはず。
それを、彼らは自分達の手で壊したのだ。
「どうとでも言え。俺達には力があった。馬鹿みたいな交渉やくだらない話術を使う必要性などない。力でねじ伏せ、恐怖を与える。どちらが上なのかをはっきりさせればいい。人間は、自分よりも圧倒的な存在には逆らわない。簡単なことだ」
何という上から目線の言葉。しかし、実際ルタロスはそれを成そうとしていた。彼らの侵略は、各地に広がってはいたものの、しかしその反応勢力は全て返り討ちにしている。フィーネから聞いた話では、既に各国は戦いではなく、交渉というカードを切ろうとしていた。つまり、力では勝てないと理解していたのだ。
馬鹿げた理屈だが、けれども彼らにはそれを実行するだけの力があったのだ。
しかし、それも全て過去のこと。
「貴方のいう御託は、気に入りませんが、一応の筋は通っていますよ。ですが……果たして、それを言う資格が、今の貴方にあるのでしょうか」
「何……?」
「たったの一人の、どこの馬の骨か分からない男に、自慢の部下を倒され、根城まで滅茶苦茶にされた。そんな者が、圧倒的な存在などと笑い話にもなりませんね」
自分達は強い。自分達は上だ。ルタロスは、そう信じ込んでいるに違いないが、しかし実際はどうだ。今の彼はアベルによって、部下を失い、根城も破壊された。そんな者が最強などと名乗れる筋が、どこにあるというのか。
即ち、アベルはこういっている。
お前は強者などではない、と。
「……いいだろう。その挑発、乗ってやろうではないか」
「事実を言ったまでで、挑発のつもりはないんですけどね。ですが、そちらがやる気だというのなら、構いません。こちらも、そのつもりで来ているのですから」
既に彼らの目的は知っているし、考えも理解している。故に、話し合いでの解決など、最初から考えていなかった。
本来なら、血を流さない解決策をアベルも模索するべきなのだろう。やられたからやり返す。そんな理屈で戦うなど、それこそルタロス達と同じなのではないか。
それは分かっているし、自覚もしている。
しかし、それでも、ここまでの旅を振り返り、そして思うのだ。
この男は、ルタロスだけは、決して許してはならない男である、と。
故に、彼は拳を握る。
「では―――行きますよ、三流役者。その傲慢、叩き潰して差し上げます」
そうして、アベルとルタロスの戦いの幕は、切って下ろされたのだった。
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