第7話 反撃

「【鏡面世界ミラーワールド】」


 アベルの一言により、世界が一変する。

 先程まで降り注いでいた雨が止んだかと思うと、いつの間にか風景が左右対称に逆転していた。加えて、先程までそこにいたはずのリッド達の姿もなくなっている。


「これは……」

「そんなに驚くことではありません。貴方は、今、私が作った擬似空間にいるだけの話。とはいえ、鏡のように反転していえることから、鏡面世界と私は呼んでいますけどね」


 先程まで、魔法の練習場として使用していた鏡面世界を、再び使うことになるとは思っていなかった。

 無論使用する理由はひとつ。周りを巻き込まないためだ。


「擬似空間……結界魔術のひとつか。ふん……大げさな魔術だな。確かに精度が高い技法であることは認めよう。だが、それだけだ。ここに我を閉じ込めて、一体どうするというのだ? そもそも、我一人を閉じ込めたところで、外にはまだ多くのダークナイトがいるというのに」


 ここにいるのはアベルとアイガイオンの二人のみ。ダークナイトやリッド達の姿はなかった。そのことから、アイガイオンは自分しか鏡面世界に入れることができなかった、と思っているらしい。


「ああ、どうやら理解していなかったようですね」

「何?」

「心配はいらない、と言っているのです。貴方のご自慢のその、ダークナイト、とやらですか? それなら既に全員倒してきましたから」


 それは嘘ではなかった。

 そもそも、アベルがリッド達の下に駆けつけるのが遅くなったのは、村の外にいたダークナイトを一掃して回っていたためだ。それらを倒し、村に入った後もダークナイトをひとつ残らず、叩き潰していった。そのせいで、時間をくってしまったためだ。

 そして、最後のダークナイト達は、リッド達を襲おうとしていた数体のみ。それらも先程、アベルが倒したことによって、ダークナイトは全て撃破しているのだ。


「……馬鹿な」

「信じるか信じないかは、貴方の自由です。どの道、貴方はここから出ることはできないのですから」

「ほざくな。確かに他の連中とは違うようだが、所詮貴様もこの世界の者。弱者であることには変わりないっ」


 言いながら、アイガイオンが先に動いた。

 四本の手に持っている武器を振りかざしながらの特攻。見た目の割に、素早い動きだ。恐らく、並みの人間や魔族なら、その巨躯からは想像できない動きに驚き、隙ができてしまうだろう。

 だが、その程度のことなど、アベルにとっては想定の範囲内だった。


「はあぁぁぁ!!」


 連続的に振り遅される凶刃。その威力は絶大であり、一発で地面を割る程。そしてやはり速さも達人以上のものだった。

 力と速さ。それらを組み合わせた攻撃を、しかしアベルは悠々と回避していく。


「どうしました? 先程から攻撃が一度もあたっていませんが」

「くっ、調子に乗るなっ!!」


 瞬間、凶刃の速度が速くなった。

 剣が真横から襲いかかり、斧が斜め上から迫り、槍が真正面から突き出され、金棒が下から振り上げられる。

 それら全てを、アベルは回避しつつ、時には受け流していく。

 その姿に一切の焦りはなく、どこまでも自然体だった。


「さぁ。何をしているのです? まさか、それが全力ですか? いやいや、そんなことはありません。あるはずがないですよね? 弱者がどうだのいっていたというのに。あれだけの大口を叩きながら、私に全く攻撃を当てることができないなど、そんなこと、あるはずがないですよね?」

「貴様ぁぁぁぁああああっ!!」


 アベルの挑発に対し、アイガイオンはこれでもかと言わんばかりに、嵌った。挑発に対する耐性がなかったのか、それとも彼にとって自分の攻撃が全く通用しないという事実がそれだけ動揺することだったのか。どちらにしろ、愚かな選択であることには間違いない。

 武器を全て大きく振りかぶったアイガイオン。今までの攻撃から考えて、それらすべてが直撃すれば、ひとたまりもないだろう。

 だが、それは攻撃が当たればの話。もっというのなら、攻撃できればの話だ。

 今のアイガイオンは武器を大きく振りかぶっている状態。攻撃に全てを注いているのだ。

 そして、だ。

 戦いの基本として、攻撃ばかりに集中していては、防御がおざなりになり、隙が生じるのはよくあること。そして、その隙をアベルは見逃さない。


「【炎玉フレアボール】」


 刹那、炎の玉がアイガイオンに直撃し、村の四分の一を巻き込む程の爆発が生じた。

 アベルの前方にあったものは、ほとんどが灰塵と化し、元の姿を保っていない。地面すらも黒焦げの状態になっていた。

 ただひとつ、例外があるとするのなら、それは両膝をつき、地面に顔を伏せているアイガイオンだった。


「がぁ、はぁ……はぁ……なん、だ、今のは……」

「おや、どうやら加減を間違えましたか。最下級の魔法で、まさかそこまでダメージが入るとは思ってもみなかったもので」

「最下級の、魔法だと……? 馬鹿な、四天王の中でも、最も頑丈な我に、最下級の攻撃で、ここまでダメージを与えるなど……そもそも、今の攻撃が最下級であるはずが……」


 四天王……またよくわからない単語が出て来た。

 しかし、今のアベルにはそれを問いただすつもりは毛頭ない。

 彼がやることはただ一つ。

 目の前にいる怪物……否、愚者に対し、徹底的に後悔を教えることだけだ。


「【破雷クラッシュボルト】」


 次の瞬間、アベルの手から放たれた雷撃が、アイガイオンを襲う。


「がぁああああああああああああっ!?」


 絶叫を上げるアイガイオン。だが、そんなものなど知ったことかと言わんばかりに、アベルは攻撃を緩めることを一切しなかった。逆に、その絶叫と共に、威力を上げていった。

 そして、三十秒以上経過し、ようやくアベルは雷撃をやめた。


「はぁ、はぁ……き、貴様……!?」

「ほう。今の【破雷クラッシュボルト】を直接叩き込んだ上で未だ喋れているとは。確かに、少しは頑丈ではあるようだ。なら、もう少し威力をあげても問題はなさそうですね」

「くっ、そう何度も同じ攻撃が通用するものかっ!!」


 刹那、複数の『何か』が、アベルに襲いかかる。

 風景に全く変化はない。だが、確実にある『何か』は真っ直ぐにアベルに迫り、そして―――その全てをアベルは回避していった。


「な……!?」

「透明化の術によって、背中に生えている複数の伸びる腕を見えないようにしているようですね。数はざっと数えて二十……いいえ、三十ですか? しかも、その全てに武器を持たせているとは。加えて、その武器も透明にしてますね。全く、人を弱者弱者と言いながら、こんな姑息な手を使うとは。これではまるで、自分は正面から戦うことできないのだと言っているようなものではありませんか」

「どうして……何故、我が【インビジブルアーム】を……!?」

「認識できたのか、ですか? 生憎ですね。私の眼は少し特殊でして。あらゆる物の真の姿を見ることができるんですよ。人の姿形、魂の形から色まで。たとえどのような隠蔽魔法を使っていても、私の前では無意味です」

「くっ……だが、見えたところで、この複数の腕からは逃れることはできんっ!!」

「逃れる? そんなつもりはありませんよ。その必要性がありませんからね」


 透明化の腕の利点は、見えないからこそ強いのだ。それが見えてしまっては、ただ複数の伸びる腕でしかない。そんなもの、アベルの前では無意味に等しい。


「私の眼は、先程言ったように、あらゆるものの真の姿を捉えることができる。そして、それは人や動物だけではない。魔法についても同じように言えます。そして、真の姿を捉えるということは、その魔法の構成を理解できるということでもある。それが、たとえ初めて見る技術の異能だったとしても」

「何を言って……」

「分かりませんか? つまり、私は貴方が言う魔術とやらも使用可能だということですよ―――【デビルフレイム】」


 刹那、アイガイオンの身体が突如として炎に包まれた。


「がぁあぁあああああああああっ!? ば、馬鹿な!? 我と同じ、【デビルフレイム】を使えるだと!? ありえん!! ありえんぞ!! そんなことが……!?」


 否定の言葉を口にしながら、アイガイオンは燃え続ける。透明化していた無数の腕にも炎は燃え移り、その姿が顕わになっていた。


「馬鹿な馬鹿なと喧しい。これは、正真正銘、貴方が村の人々に使ったものです。それは、貴方が一番理解しているはず。これで、あの人達の苦しみが、少しは理解できましたか?」

「ほざくなっ!! 同じ魔術を使えるから、どうしたというのだ!! この程度の魔術、すぐに解除して……」

「……なる程。予想通りとはいえ、本当に救いがたい」


 アベルとて、この程度でアイガイオンから謝罪の言葉が聞けるとも、後悔するとも思っていない。

 だからこそ、彼は次の一手に出る。


「ならば、次はもう少し痛みがはっきりと分かる方法を取りましょうか―――【鋼拳メタフィスト】」


 呪文を唱えたと同時、アベルの拳が銀色へと変化し、金属音をたてながら、両拳を当てる。

 そして―――。


「ふんっ」


 一瞬にして、アイガイオンとの間合いを詰め、彼の顔面に己の右手を叩き込んだ。


「が、ぁ……!?」


 炎に包まれていたためか、アイガイオンは全く反応することができず、モロにアベルの一擊を喰らってしまう。

 顔面の痛みと自らを覆う炎の痛み。そのどちらの痛みに悶え苦しむアイガイオンに向かって、アベルは言い放つ。


「さぁ。立ち上がりなさい。今のはほんの、小手調べ。本番はこれからなのですから」


 拳を握りしめ、アベルは拳を振り上げる。

 これから先にあるのは、もはや戦いではない。

 ここから始まるのは、ただの蹂躙である。

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