第8話 悪行の報い

【デビルフレイム】。


 それは、アイガイオンが使う魔術の中では最上位クラスの魔術だった。

 一定区間のモノを燃やす炎であり、その最大の特徴は、一度燃え移ると対象を跡形もないぐらいの燃えかすにするまで、燃え続けるということだ。その炎は、普通の水では消えず、それどころかどんなことをしてもアイガイオンの許しを得るまでは消すことができないようになっている。もしもこの炎を消すことができるとするのなら、それはアイガイオンの主くらいだろう。

 そして、だ。

 その炎が、今、アイガイオンを襲っていたのだった。


「がぁぁぁぁああああああああああっ!?」


 獄炎の苦しみが、アイガイオンの全身に伝わる。

 先も言ったように、【デビルフレイム】は対象を確実に燃やし殺すための魔術。それはたとえ、アイガイオン自身も例外ではない。そもそも、今、自分を燃やしている炎は、アイガイオンが放った魔術ではない。故に、アイガイオンでもどうしようもないのだ。

 加えて、アイガイオンを襲うのは、【デビルフレイム】だけではなかった。


「ふんっ」


 一発の拳が、アイガイオンの顔面に叩き込まれる。それによって、アイガイオンは数十メートルの距離を吹き飛ばされる。

 よろめきながら立ち上がるも、既に目の前には、アベルの姿があった。

 そして―――殴る。


 殴る。殴る。殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。


 炎で燃え盛る敵を、アベルは一方的に殴り続けていた。


「がぁ、はっ……!?」


 アイガイオンは、殴られる度に、吹き飛ばされていく。三メートルもの巨体が、まるで子供が蹴飛ばして遊ぶ石のように、次から次へと転がっていった。

 反撃する余地? そんなものは一切ない。あればとっくにやっている。

 燃え続ける身体に次々と叩き込まれる尋常ではない拳。そのたった二つの要因が、アイガイオンを追い詰めていた。


「がぁ、あ、あ……」

「まだ動けますか。本当に丈夫ですね。いえ、この場合はしぶとい、と言い換えた方がよろしいでしょうか」

「だ、まれ……!?」

「そして未だ口も聞ける、と。ならば、こちらの問いに答えて欲しいのですが……」

「はぁ、はぁ、答える、わけが……ないだろうがっ」

「ですね。ええ、分かっていましたとも。言ってみただけです」


 正直なところ、アイガイオンから情報が引き出せないのは予想していたことだ。アイガイオンの性格からして、聞き出すことは不可能。もしも捕まえて尋問したところで、それも無駄に終わるというのは目に見えている。何せ、この炎とアベルの連撃を受けても、未だ生きているどころか、減らず口を叩けるのが何よりの証拠だ。

 故に、アベルがやることは、一行に変わりない。


「それにしても、ここまでやって未だ死なないとは。どうやら、頑丈なだけではないようで。不死の加護……いいえ、再生能力ですか」


【デビルフレイム】によって未だ燃え続けながらも、死なないのは恐らくそれが原因だろう。事実、炎に燃やされながら、アイガイオンの皮膚は一時的に戻り、また燃やされ、また戻りと繰り返していた。


「そうだとも……この程度で、この程度で、我は死なんっ!! 何故なら、我らは死を超越した存在なのだから!!」

「死を超越した存在とは、また大きく出たものですね」


 アイガイオンの言い分に、呆れながらアベルは呟く。

 かつての話。アベルが魔王の影武者をしていた頃。あの時代は、確かに不死に近い存在がそこら中に闊歩していた。そして、彼らは揃っていうのだ。自分は死を乗り越えた存在。この世の生物の中でも最上位の生物であると。

 本当に、嫌というほど見てきたのだ。


「貴方のように、死を超越したと口にする者を私は何人も見てきました。確かに、死なない身体はある種便利なのかもしれません。死の恐怖がないということは、この上ない安心感があるのでしょう」


 死とは、生物にとって切っても切り離せない概念であり、恐怖だ。それは人間だろうが、魔族だろうが、魔物だろうが全員同じ。死にたくないと思うのが普通であり、生物としての性である。そして、だからこそ、死なないというその事実だけで、何かを乗り越えたと思うのも無理のない話かもしれない。

 だが……。


「はっきり言いましょう。その理屈は、あまりにも下らない。死なない? 恐怖がない? 馬鹿らしい。たかが死ななくなった程度で、超越したなどとおこがましいにも限度がある」


 人間も魔族もいずれ死ぬ。命を限られている。しかし、だからこそ、その限られた時間を必死に生きていくのだ。夢を叶えたり、誰かと共に生きたりなど。

 いつか死ぬと分かっていても。いつか消えると理解していても。

 その中で自分は生きていたんだと実感するために、人は懸命に歩んでいくのだ。

 その人間を、魔族を。目の前の男は、無意味に消し去った。殺していった。それは到底許されることではなく、万死に値する。


「まぁ、貴方に何を言ったところで無意味なのは承知していますがね。というより、今の貴方を見て、不死だの超越だの言われたところで、全く説得力がありませんが。そもそも、貴方の場合、不死ではなく、ただの再生能力ですしね」


 炎に燃やされ続けるという生き地獄を味わいながら、ボロボロになり、それでもまだ生きているその姿を見れば、逆に死なないことが哀れに感じてしまう。

 だが、同情は一切しない。するわけがない。

 それだけのことを、この男がやってしまったのだから。

 しかし、それでもこれ以上の戦闘に意味がないのも事実だ。

 ならば、そろそろ決着をつけるべきだろう。


「さて、最期に何か言い残すことはありますか?」

「最期、だと……? ふざけるなっ!! 貴様程度に我が負けるとでも言うつもりか!!」

「言うつもりもなにも、現に今、貴方は私に手も足も出ない状態なのですが……」

「がぁっ、はぁ……はぁ……この程度、何の問題でもないっ!! 今は押されていても、それだけの話!! あの方に仕える四天王の一人として、敗北など許されない。いいや、敗北することなど、有り得ん!!」


 だから自分は負けないのだと、アイガイオンは叫ぶ。それは嘘偽りではなく、彼自身が本気で信じているのだとはっきり理解できる。

 その姿に、その有り様に、アベルは心から思う。

 本当に、救いようがない程、哀れであると。


「……貴方の主がどのような力を持っているのは、私は知らない。しかし、その再生能力は少々面倒な代物であるのも確か。けれど……そういった手合いへの対策は考慮済みです」


 再生能力を持つ者を殺す方法はいくらでもある。

 例えば、再生能力自体を封じたり。

 例えば、再生する気力を奪う程攻撃を続けたり。

 例えば……再生能力する暇もなく、一擊で相手を消し炭にしたり。


「【山を砕く硬き稲妻 虹を貫く無尽の光】」

「っ!?」


 アベルが詠唱を始めた瞬間、アイガイオンの背筋に旋律が走る。

 何か、とてつもない何かが来る。

 そして同時に理解した。

 それは決して、打たせてはならない。と


「【空を海を大地を抉る 豪烈なる刃】」

「う、うおぉぉぉぉっ!!」


 刹那、燃える無数の腕でアベルを殴りつける。

 アイガイオンはここに来るまで、魔法についての知識をいくつか得ている。その中でも、詠唱を必要とする魔法には時間がかかることもよく知っていた。

 そして、そういう手合い程、身動きがとれず、隙ができることも。

 故に、ここで止める。

 止めなければならない。

 そして、アイガイオンの拳が連続的に叩きつけられた。

 一方的に、完膚無きまでに殴り続けるアイガイオン。

 だが、その途中で全く手応えがないことに気付く。


「【これ即ち 天に届けし一突きなり】」


 刹那、ようやくアイガイオンは気づき、上を見上げた。そこにはいつの間にか移動していたアベルが、空中に浮いており、右手には光球が出現している。

 ダメだ。

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 あれを打たせてはいけない。あれを発動させてはいけない。

 でなければ……と、そこでようやく彼は理解する。

 今、自分が今までにない程、恐怖を感じているということに。


「やめろぉぉぉぉっ!!」


 アイガイオンの全ての腕が、一斉にアベルへと襲いかかる。

 だが、もう遅い。

 何もかも、全てが手遅れだった。


「消え去りなさい―――【硬雷カラドボルグ】ッ!!」


 刹那、アイガイオンと共に鏡面世界が雷光に包まれたのだった。

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