第9話 決意と旅立ち
既に、トート村の火は完全に鎮火していた。それに伴い、先程まで降っていた雨も徐々に弱まっていき、既に止む寸前の状態である。
既にダークナイト達は全て動かなくなっており、生き残った人々が崩れた家に取り残された者や傷を負った者達を治療したりしていた。
そして、それはリッドやレナも同じである。
傷が思ったよりも深かったのか、オルトの治療は未だ続いていた。幸いにも、命には別状がない。
そんな中、小雨の中、突如としてアベルが姿を現した。
「―――アベルッ!」
瓦礫をどける作業をしていたリッドが、アベルの下へと駆けつける。
「大丈夫か、無事か!? いきなりお前の姿が見えなくなって、こっちは心配したんだぞっ!! っていうか、あの野郎はどうなった!?」
服装はボロボロ、顔もすすだらけなリッドを見た後、周りを見渡す。
焼け焦げた家々、そして傷ついた人々。
それらを見たあと、アベルは拳を握り締めた。
「安心してください……もう終わりました」
アベルはアイガイオンが被っていた甲を見せながら、そう告げたのだった。
*
死者十七人。重傷者十三人。軽傷者三十六人。
それが、トート村の被害者数だった。
加えて、そのほとんどが家を半壊、または全壊にされてしまっている。アベルの魔法によって、全ての家が燃えカスになることはなかったが、それでもトート村の人々にとっては、これ以上ないほどの被害と言えるだろう。
だが、いつまでも嘆いているわけにはいかない。
亡くなった者を弔った後、彼らは村の復旧に取り掛かった。いいや、それしかできなかった、というべきか。何かしておかなければ、喪失感に襲われてしまう……そんな理由だったが、それでも何もしないよりはマシだったと言えるだろう。
だが、まだ解決してないことは多い。
それは、アベルのことも同様だった。
「―――というのが、私の事情です」
自宅にて、アベルは自らの事情を一切合切、父親であるオルトに話した。
自分がかつて魔王の影武者であったこと。魔王がしようとしていたこと。彼が死ぬ代わりに自分が身代わりになったこと。そして、何故か千年の時を経て、転生してしまったこと。
無論、隠し通すという手もあった。そもそも、こんな話、普通なら信じられるはずがない。当の本人であるアベルですら、未だ半信半疑なのだから。
だが、それでも父にだけは、オルトにだけは言っておかなければならないと思ったのだ。
「……信じ難い話だ。まさか、自分の息子がかつての魔王の影武者。それが転生した姿だとは……」
「でしょうね……」
苦笑しながら、アベルは答える。
オルトの反応は当然のもの。誰だって、自分の子供が転生者だと言ったところで、信じられるはずがない。しかも、それが魔王の影武者となれば、頭がおかしくなった、と思うのが普通だ。
けれど。
「だが……信じる他あるまい」
オルトの言葉に、アベルは思わず目を見開いた。
「……信じるのですか?」
「ああ。普段なら一蹴する話だが、状況が状況だからな。お前があの怪物の親玉を倒したことや、その姿になったことから考えて、ただ者ではないのは確かだ」
アベルの姿は成長したままだった。
彼が前から膨大な魔力を使いこなすための策として考えていたのが、【
だが、【
そして、アベルが知る限り、この魔法はこの時代には存在していなかった。それを目の当たりにすれば、確かにアベルが只者ではないと思うのが普通だろう。
だが、オルトがアベルの話を信じようとした要因は、そこではない。
「それに、だ。お前がそんな真剣な眼で言うんだ。嘘ではないのだろう」
「……そんな理由で、信じるのですか?」
「悪かったな、そんな理由で。これでも、子供の嘘を見抜くくらいのことはできる。母さん程ではないがな」
言いながら、オルトは誰も座っていない隣の椅子を見ながら、問いを投げかける。
「……なぁ。母さんは……最期まで、お前の正体を知らなかったのか?」
その言葉に、アベルは一瞬迷いながらも、首を横に振った。
「いいえ……母殿には、話しました。あの人には、隠し事はできませんでしたから」
「だろうな。あれは、やんちゃで奔放だったが、人の隠し事や嘘を見抜くのは誰よりもずば抜けていたからな」
アベルの母であり、オルトの嫁……イリヤは、三年前に病で亡くなっている。
オルトとは違い、元気の塊のような女性にアベルは翻弄され、逆に彼が叱ることが多かった。だが、それでもアベルのことを見てくれており、だからこそ彼女はアベルの隠し事に気づいたのだ。
「……本当に、すみませんでした」
「それは、自分の正体を隠していたことへの謝罪か?」
「それもあります。ですがそれ以前に……貴方がたの子供として生まれてしまったことに対してです。私は自分が何故転生したのか知らない。ですが、これが誰かの故意であるのは間違いない。もしかすれば、本当は貴方がたには別の子供が生まれる予定だったかもしれない。それを私が転生したことで、奪ってしまった。本当に生まれてくるべき子供が、生まれてこなくなってしまったのではないかと……」
「それ以上言うな。それを本気で言っているのなら、俺はそのことに対してお前に怒らなくちゃならない」
アベルの言葉を、オルトは遮った後、息を吐き、続けて言う。
「お前が転生前、どこの誰かだったのか、そんなことは重要じゃない。もしかすれば、お前以外の誰かが俺達の息子になっていたかもしれないと話してもどうしようもないことだ。大事なのは、今ここにいるお前は俺とイリヤの子供で、かけがえのない息子ということだ」
「親父殿……」
「真面目なお前のことだ。母さんにも、同じようなこと言ったんじゃないか? そして思いっきりビンタされた。違うか?」
「……ええ。その通りです」
オルトの言う通り、アベルはイリヤにも同じようなことを言った。そして、容赦ないビンタを十発以上食らわされた。
『ふざないでっ!! アンタの言うたらればの話とか、難しい話はしょーじき分かんないけど、アンタはわたしがお腹痛めて生んだ子なのっ!! それが重要で、一番大事なトコッ!! それを生まれてきてすみませんでしたぁ? あーもう、マジ腹立つ!! 今度そんなこと言ったら、もう十発ビンタするからね!! 分かったか!! このバカ息子!!』
そんなことを言いながら、彼女はアベルを抱きしめた。その時の優しさと温もりを、彼は今でも覚えている。本当に、自分という存在を見てくれていたのだと今でも思うし、だからこそ彼女が亡くなった時は、心の底から涙した。
そんな彼女が愛した村。それが、地獄の業火で焼かれてしまった。
「……親父殿。私は村を出ようと思います」
「それは、自分の姿が変わったからか? だとしたら……」
「いいえ。そうじゃないです」
確かに、アベルが最初から【
そして、アベルは【
だが、彼が村から出る結論に至ったのはそれだけではない。
「私は、ただ、落とし前をつけたいだけですよ」
アイガイオンは倒した。
だが、彼は自分を四天王の一人だと良い、あの方という言葉も口にしていた。そこから考えられるのは、彼のような存在は一人ではなく複数いるということ。それも組織的に。
だとするのなら、今後、トート村にはまた同じような者達が報復に来る可能性がある。その前に手を売っておかなければならない。
いいや、それ以前に、だ。
こんなことをしでかした者達を、このまま放置していくわけにはいかないだろう。
何故なら―――この世界は、あの魔王が望んでいた世界なのだから。
*
翌日。
朝日が昇ると同時に、アベルは村を出ようとしていた。
しかし、そんな彼を呼び止める声が後ろから聞こえてくる。
「アベルッ!!」
振り向くと、そこにはこちらにかけてくるリッドとレナの姿があった。
「リッド、レナ。こんな早朝からどうしたんです?」
「どうしたんです? じゃねぇよ!! 今日も復興の手伝いとか色々あるのに、男手がいなくなったら残った俺らが大変だろうが!!」
「そうよ。というか、アベル。一体どこに行こうとしてるの?」
どこか心配そうにレナは言う。
この二人は、襲撃を受けた後もいつも通りに話しかけてくる。急激に成長したというのに、以前と同じに接してくれる。友人として、幼馴染として、認識してくれているのだ。
そんな二人に対し、心の中で感謝しながら、アベルは口を開く。
「すみません。ちょっとあのクソ野郎共、滅ぼしてきます」
笑みを浮かべながら、そんな言葉を呟いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます