第10話 幕間 『ヘル・ソウルズ』

『ヘル・ソウルズ』というゲームがあった。


 それは、人外の生物となって、人間を殺して経験値を稼いでいくというVRMMORPG。人外の身体能力を使うのは無論、魔術やスキルなどといった特異な能力を使うこともできるゲームだった。

 このゲームの一番の目玉は人外になれる、というところだろう。吸血鬼、狼人間、骨騎士……あらゆる人外になれるのが、『ヘル・ソウルズ』の売りだった。だが、相手が人間であることが、購入者の反感を買ったのか、そこまで世間に普及することはなかった。

 しかし、世の中には弄れたもの好きという者がいる。

 そういう、世間一般ではあまり知られていない、興味を持たれていない者だからこそ、熱心にやり込める。そんな変わった人間はどこにでもいるものだ。

 そして、田中次郎は、その中の一人だった。


 彼は引きこもりだった。

 引きこもりになった理由は至って単純。下らない理由で会社をクビになり、そこから社会復帰できず、ニートになった。元々、人付き合いが苦手であり、買い物に行くのだって人と話すのが嫌だと億劫になるくらいだ。そもそも、他人と接するという行為自体、というより、人が嫌いだったのだ。

 勝手にこっちのことを判断し、見下し、レッテルを貼ってくる……そんな者達が本当に嫌いだった。

 だからこそ、だろうか。彼は『ヘル・ソウルズ』で人間を殺しまくった。抵抗感があると言われていたそのゲームは、彼にとっては丁度いい憂さ晴らし。いいや、それ以上に人生そのものになっていったのだ。

 いつしか、彼は『ヘル・ソウルズ』最強のプレイヤーとなった。

 とは言うものの、『ヘル・ソウルズ』自体のプレイヤーはそこまで多くない。そして、引きこもりであった彼程、『ヘル・ソウルズ』に時間をつぎ込んだ者はいないだろう。時には親から金を借りてまで、課金をする始末。


 だが、それは即ち、彼の『ヘル・ソウルズ』への愛でもあったのだろう。

 次郎は今まで、自分に熱というものを持ったことがなかった。そんな彼が、昼夜必死にレベルを上げ、スキルを磨き、寝る間も惜しんでステータスを向上させ続けていったのは、ある意味新しい発見だと言える。

 彼は自分の生きている意味を見つけたのだ。自分はこのゲームと出会うために生まれてきた……そう思える程に。

 だからこそ、『ヘル・ソウルズ』のサービス終了は、死刑宣告に近いものだった。

 元々、そこまで人気がなく、どちらかというと苦情などが多かった作品だ。無理もない、という声がほとんど。むしろ、よくここまで続いたと賞賛した者もいた。

 しかし、それでも次郎は納得できなかった。自分の人生、その全てを否定され、陵辱されたとまで思ったほどだ。彼にはもう『ヘル・ソウルズ』しかなかった。それ以外のことなど、どうでもいい。

 故に、だ。

 彼が、『ヘル・ソウルズ』サービス終了日に、自殺したのはある意味自然な流れだったのかもしれない。


 けれど、そこから次郎にとっての奇跡が起こる。


 目を覚ますと、彼は『ヘル・ソルウズ』で自分が作ったキャラクターである壊魔王・ルタロスの姿になっていた。それだけではない。周りには、自分が『ヘル・ソウルズ』で育てた人外のNPC達がいたのだ。

 どうやら次郎は『ヘル・ソウルズ』のキャラクターとして、異世界に転生したらしい。しかも、レベルやスキル、ステータスは『ヘル・ソウルズ』のままであり、次郎ことルタロス含め、ほとんどがレベル90を超えていた。

 この世界の人間や魔族にはレベルやステータスという概念がなく、そのためかこの世界の者達のステータスを読むことはできない。だが、それでも推定するのなら、ほとんどがレベル30にも満たない程度。つまり、ルタロス達よりも格下なのだ。


 よく分からないが、何かしらの原因で手に入れた力。凄まじい能力を持ったアイテム。加えて、自分が育ててきた最強のNPC。そして、周りは圧倒的に格下の者達ばかりの世界。

 これだけの条件さえ揃えば、ルタロスは何でもできると思った。


 だからこそ、彼はこの世界を侵略すると決心する。

 ゲームであった『ヘル・ソウルズ』もストーリーの設定は、人間達の世界を侵略する、というものだった。これはその延長戦であり、部下達にも「新しい場所の侵略を開始する」と言い聞かせたのだ。そうしなければ、周りのNPC達に怪しまれる、というのもあったが、結局のところ、ルタロスは自分達の力を証明したかったのだ。

 

 圧倒的な勢力。

 絶対的な能力。

 絶望的な武力。


 力、力、力……他を寄せ付けず、何でも可能な力。

 それが、彼の狂気の始まりであり、田中次郎という男の終わりでもあった。

 事実、彼はルタロスとなって多くの村を、街を、国を蹂躙していった。連戦連勝。敗けることなど有り得ないい。当然だ。レベルの差が違いすぎる。ステータスが見れないことは不便ではあるが、それでも敗ける気は全くなかったのだ。

 勝利とは即ち、自信に繋がる。

 ルタロスは、かつてない程、自信に満ちあふれた日々を送っていった。


 だが……それがいけなかった。

 異世界に来て、異形の王となったせいもあるのだろう。元々、ゲームにのめり込む重度のゲーマーだったせいもあるのだろう。

 彼にとって、ゲームが現実となったせいで、分別というものが曖昧になってしまったのだ。

 人を傷つけても何とも思わない。

 人を殺しても何とも思わない。

 それが自然で、当たり前。いつの間にか、それが常識となっていた。

 だからこそ、だろうか。彼は忘れてしまっていたのだ。

 自分が、どれだけ矮小な存在であるのかを。


 もしも、だ。もしも彼が人を殺さず、襲わず、人のために何かできる人間だったのなら、また違った未来があったのかもしれない。

 ルタロスではなく、田中次郎として、それこそゲームの力など持たない、ただの人間としてこの世界にやってくれば、大変ではあるだろうが、彼は人として成長できたのかもしれない。


 だが、これらは全てもしもの話。

 たらればの事など、もはやどうしようもない。


 彼は、既に弓を引いたのだ。人間を蹂躙するという行為を行い、それに酔いしれている。

 そんな存在が、そんな言い分が、通る程、世界は甘くない。


 だからこそ、だ。

 彼の前に、かつてこの世界を正しくしようとした存在が立ちふさがるのは当然の摂理である。


 *


 とある玉座の間。

 ここは、最初に滅ぼした国の玉座の間であり、周りの壁には人間の骨がいくつか飾られている。それらは全てこの国の王族や騎士達の者。自分に逆らった者がどうなるか、それを知らしめるための見せしめである。

 そんな玉座の間にて、ルタロスは、四天王を招集していた。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の『カミラ』。

 蛇髪女(メデューサ)の『ルキナ』。

 人狼(ウェアウルフ)の『バルドラ』。


 全員レベルは90以上であり、それら全員が、ルタロスの前にて膝まづいている状態だった。 

 そして、招集の内容は、ここにいない四天王について。


「―――アイガイオンがやられた」


 刹那、声にならない動揺が、三人に広がる。


「ダークナイトと共にレベル上げの遠征中の出来事だったらしい。その途中、何者かに襲われ、命を落とした」

「そんな……アイガイオンが……」


 そう口にしたのは、ルキナだった。

 彼がやられたという事実はあまりにも衝撃的すぎる。アイガイオンは、四天王の中でも頑丈であり、一番死ににくい身体とされていた。そんな彼が殺されたとなれば、動揺するなという方が無理な話である。


「ルタロス様。具申、よろしいでしょうか」


 次に口を開いたのは、バルドラであった。


「構わん。申せ」

「はっ。では、直ちに調査隊を編成したいと思います。加えて、警戒レベルを引き上げても上げてもよろしいでしょうか」

「ああ、了承した。相手はあの、アイガイオンを倒した者だ。用心に用心をして事に当たらなければ、返り討ちに合う可能性が高いからな」


 アイガイオンが倒されたのは、変えようがない事実だ。そして、倒した誰かがいるということ。レベル90を超えるアイガイオンを、この世界の誰かが倒した。レベル40にも満たない者達ばかりがいるこの世界で。

 これで警戒しないという選択肢はないだろう。


「だが、その前に、アイガイオンから話を聞くべきだろう。誰にどうやって殺されたのか、詳細を知るためにも」


 そのために、残りの四天王を集めたのだ。

【オーバーリザレクション】。ルタロスが使用可能な、蘇生魔術。自らのNPCが死亡した際、レベルやステータスをそのままの状態で蘇生させる代物。

 以前、ダークナイトや他のNPCで何度も実験し、その全てが成功している。

 故に、ルタロスも四天王も、アイガイオンが倒されたことに驚きはしつつも、悲しみはなかった。


「全く……アイガイオンも、不甲斐ないですわね。人間如きに殺されるなんて」

「いや。その結論は早い。どちらかというと、魔族の可能性の方が高いのではないか?」

「どちらにしろ、やられたことには変わりありませんわ。生き返ったら、こってり説教をしてやります」

「あはは……カミラ。きっとアイガイオンも落ち込んでいるから、そこまで責めちゃダメだよ?」


 どこか和やかな会話をする四天王達を見ながら、ルタロスは一人、微笑する。

 彼らがこうして目の前で話し合っている様子だけでも、本当に奇跡なのだ。喋り、思考し、会話する。それらを見ることは本当に楽しいし、嬉しい。まるで親の気持ちが少しだけ分かった気分になる。

 そして、だからこそ、失いたくないと思うのだ。

 けれど、だ。考えて見て欲しい。

 自分の欲望のために人間や魔族を蹂躙していく者に、そんなことが許されると思うだろうか。


「では、そろそろ始めるとしよう……【オーバーリザレクション】」


 刹那、大きな魔術陣が出現する。これこそ、【オーバーリザレクション】のサークルだった。この中心に蘇らせたいNPCが出現するという仕組みになっている。

 そして、サークルの中心に、アイガイオンの姿が―――


「……何?」


 刹那、思わずルタロスは声を漏らしてしまう。

【オーバーリザレクション】を発動してから既に一分が経過していた。この魔術を発動すれば、二、三秒で普通は復活するはず。アイガイオンの場合、レベルやステータスが高いため、時間がかかると思ったが、しかし、これはあまりにも遅い。

 そして、だ。以前の実験にはあった、蘇生している途中という感覚が、全くないのだ。


「何故……蘇生しない……?」


 ルタロスの言葉に、他の四天王は思わず目を見開きながら、言葉を発することはなかった。


 これが始まり。これが亀裂。

 今まで人間や魔族を傷つけ殺し、やりたい放題してきた者達への反撃が始まった瞬間だった。

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