第20話 断罪

「……こんなところでしょうか」


 最早、ボロ雑巾同然の状態となったカミラを前に、アベルは呟く。

 七五四。それが、アベルがカミラを殺した回数だ。無論、その全てが絶叫ものであり、一つとして苦しみが無かった死などない。

 徹底的に、完膚なきまでの、それこそ街の人々が味わった苦しみをそっくりそのまま目の前の吸血鬼に返してやった。

 それで、街の人々が救われた、などとは思わない。死んだ者は生き返らない。それが世界の掟であり、絶対的な法。中には、それらを掻い潜る者達もいるが、そんな者は例外中の例外。

 たとえば、アベルのような。

 しかし、だ。そんな例外だからこそ、人の死には敏感になっているのかもしれない。

 ましてや、それが残酷なやり口で葬られた者なら尚更。


「……あ……な……」

「おや。まだ口がきけるとは。貴方も以前の彼と同様、しぶとさだけだは相当のモノのようだ」


 前に戦ったアイガイオンも、不死の身体を持っていたせいか、殺すのに時間がかかった。吸血鬼であるカミラも同じように、死ににくい身体ゆえに、七百以上の死を体験しながら、未だ口がきけると見える。

 とはいえ、だ。それもここまで。

 彼女が今、死んでいないのは、確かにその不死性もあるが、半分以上はこの亜空間において、アベルがそう望んでいるからに過ぎない。ゆえに、止めの一擊を与えれば、カミラは完全な死を迎える。

 ゆえに。


「あな、たは……何者、なの……」


 瀕死の状態で口にしたのは単純な疑問。

 目の前にいる男は、あのアイガイオンを倒し、自分すらも一方的に叩きのめした。本当に、本当に認めたくはないが、自分達よりもこの男は強い。

 そして、何よりも怖い。

 徹底した拷問と殺害。それらに一切、男は楽しみを感じていなかった。ただあるのは、純粋な怒り。自分達を決して許さないという炎。それらは今までだって向けられたことは何度だってある。その全てをカミラは潰してきた。

 だが、今度は違う。

 どうしようもない、圧倒的なまでの怒りによって、自分は滅ぼされそうになっている。

 こんなこと、人間にできるはずがない。

 自分達よりも劣っている、粗悪な存在に自分達が敗けるわけがない。

 そんな、どこまでも巫山戯た自尊心からの言葉に、アベルは静かに答えた。


「ただのハーフですよ。貴方達が殺した人々と、なんら変わらない。この世界で生きる人間と魔族の血を引いた男です」


 そう。たとえかつて自分が魔王の影武者だろうが、膨大な魔力を持っていようが関係ない。

 今の自分は、あの魔王が作り出した平和な世界で生きる、ただのハーフであり、それを壊そうとする侵略者を滅ぼそうとする男に過ぎない。

 だが、カミラはそれを首を振って否定する。


「そん、な……わけ、ない……ただの、ハーフに……人間と、魔族の混ざりものなんかに、私が負ける、はずが……」

「何を言うかと思えば。貴方など、所詮はその程度なんですよ。ただのハーフに殺されるどこにでもいる吸血鬼。人間以下の、ド畜生。それが貴方の本質ですよ」

「な、にを……っ!?」

「ほう。人間以下だと愚弄され、未だに怒る気力はありますか。しかし、事実です。貴方がどれだけ吠えようが、何を叫ぼうが、今、この現状が全てであり、真実なのですから」


 恐らく、カミラは自分達より強い存在などないと思っていた。それが人間ならば尚更。ゆえに、人間は自分たちよりも劣っている、虫けらと同然、それ以下の存在だと認識していたのだろう。

 そんな彼女に、人間以下だという事実を突きつけ、自覚させること。

 これ以上屈辱的なことはないだろう。

 そして、それが達成できたのなら、もう彼女を生かしておく理由はどこにもない。


「では、さようなら、魔族以下、そして人間以下のお嬢さん」


 刹那、カミラの視界は光り輝く雷に支配された。

 それ以降、カミラの視界は真っ白になり、二度と戻ることはなかった。


 *


「おっせーよっ!!」


 カミラを倒し、亜空間から戻って合流してきたアベルに、フィーネが言い放った言葉はそれだった。


「いや、確かに街の連中は任せろって言ったさ。言ったけれどもっ!! 多すぎなんだよ、マジで死ぬかと思ったわっ!! 一体一体相手してたらキリねぇから街中走り回って、でもそこでまた追ってが増えていって、また別の場所に行けば敵が増えての無限ループっ!! そんな恐怖、アンタ分かるかっ!! っつか、本当にあと少しで殺されると思ったんだからなっ!! 」

「ええと……その、申し訳ありませんでした……」


 苦笑しながらアベルは謝罪する。

 本来なら本体であるカミラを倒したのはアベルだが、それができたのも、フィーネが他の連中を引きつけてくれていたおかげだ。そして、それがどれだけ大変だったのかは、ボロボロの状態である彼女を見れば、一目瞭然。

 服はズタボロ、体中泥だらけであり、至るところから少量の血が流れている。

 それだけ、フィーネもまた、身体を張ってくれていたということだ。


「ありがとうございます、フィーネ」

「お……おう。分かればいいんだよ、分かれば……って、おいコラ、急に頭を撫でるなっ!! 子供かアタシはっ!!」


 丁度良いところにあったせいか、フィーネの頭をついついなでてしまったアベル。怒る彼女に対し、笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


「しかし、こう言っては何ですが、私が敗ける、とは考えなかったのですか?」

「ん? あぁー……そういや考えなかったな。まぁ、アンタが敗ける姿ってのが想像できねぇし。っつか、アンタに勝てる奴なんざ、存在しないじゃねぇのか?」

「それは言いすぎですよ……いえ、してはならない考えです」


 アベルの言葉に、フィーネは首を傾げた。

 どういう意味だ、と言わんばかりな彼女の仕草に、アベルは答えるかのよ如く、言葉を紡ぐ。


「よく覚えておいてください、フィーネ。自分が最強である、という考え程愚かなものはありません。自分が強い、と思うのは結構です。自信があるのも当然良いことです。ですが、自分に勝てる者などいない、というのは、それを思った時点でその者は敗者となる。奢りを持ち、油断を生み、そして隙を見せる。どれだけ強かろうとも、いつか必ず、その小さな傷に付け入られ、そして敗れる」


 それこそ、アイガイオンやカミラのような。

 彼らは自分達を絶対的な強者を考えていた。この世界の人間が、自分達に勝てるわけがないとタカをくくり、そして一方的に虐殺していった。その奢り、油断、隙。それらが彼らを敗北者へと導いたのだ。


「自分が強者であると思う事と、自分に敵う者がいないと思うこと。これらは全くの別ものであり、混同してはならない。そして、そうなった者の末路を、私はよく知っている。ゆえに、どうかそのことだけは、覚えておいてください」

「……ああ。分かったよ」


 優しい、けれども真剣なアベルの言葉を聞いたフィーネは、短くそう答えた。


「で? これからどうする? っつか、この街はこれからどうなるんだ?」

「術者の彼女がいなくなったことで、もう魔術とやらの機能は停止しています。実際、操られていた人々は、全員倒れているでしょう?」

「そうなんだけどよ……」


 言いながら、フィーネは周りに倒れている者達を見て、問いを投げかける。


「……本当に、死んでんだな、こいつら」

「ええ……残念なことに。魔法で探してみましたが、やはり生存反応はどこにもありません。あるのは、無理やり動かされていた者達の死体のみです。しかし、これをこのまま、というわけにもいかないでしょう。ゆえに私の魔法でこの街ごと消すつもりです。もう、それくらいしか、我々ができることはありません」

「……そっか。なら」

「ええ。先に進みましょう。それが、私達がやるべきことなのですから」


 悔しい、という気持ちは未だにある。自分達は彼らの仇を討つことができても、彼らを救うことができなかった。赤の他人、見ず知らずの者達。故に関係がない……そう簡単に切り捨てられる程、アベルもフィーネも器用な性格をしていなかった。

 しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 立ち止まっていても、何もできないし、意味などない。そんなことは百も承知。

 故に彼らは突き進む。悔しい、歯がゆい、腹立たしいと思いながら、それを胸に抱きながら、歩みを止めない。


 そして、街を去っていくその後ろで。



『――――――――ありがとう。皆を解放してくれて』



 半透明の小さな少年が、彼らの背中に向かってそう言い放ったのであった。




 数分後。

 この日、死人だらけの街は、雷光と共に消え去ったのであった。

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