第26話 一騎打ちの果てに

 二人の激闘は、森を半壊させる程のものだった。木々は倒れ、地面は抉れ、原型を止めていない。まるで、巨大な魔物にでも荒らされたかのような、そんな状況だった。


「しかし、アンタも物好きだよな。自分を殺しに来た相手の墓を作ってやるとか、普通しないだろ。特に、こいつらに対して」


 アベルが造ったバルドラの墓を見ながら、フィーネは言う。そして、その指摘は正しかった。

 バルドラはアベルを殺しに来た張本人。しかも、今まで大勢の人間や魔族を殺してきた最低最悪の連中の幹部だ。そんな男に対し、丁重に墓を作ってやるというのは、些か人が良すぎるというもの。

 その事実には、アベルも気づいていた。


「そうですね。確かにその通りです。自分と敵対した相手にでも礼儀を尽くす、というのはどこにでもあること。しかし、彼らは違う。残虐非道という言葉ですら生ぬるい所業を、彼ら犯し続けてきた。そんな者の一人である者に対し、礼儀も何もありはしない、と」


 トート村での出来事を、アベルは一度も忘れたことはなかった。

 無論、あれ以上の悲劇を知らない、とは言わない。前世において、魔王の影武者などやっていたのだ。それこそ、思い返すだけで吐き気がする光景を、彼は何度も目にし、そして体験してきた。

 だが、それでも平和に暮らす人々、それこそ、二度目の人生とは言え、自分が生まれ育った村を壊されたのは、許せることではない。

 しかし、いいやだからこそ、というべきか。


「フィーネ。私はですね、諦めてたんですよ」

「諦める?」

「そう。私は、彼らと対話することを、諦めていてた。人々への殺戮と陵辱。これらをまるで自分の生きがいだとでも言わんばかりに、平然とやっているあの者達に対して、私は会話という手段を取らなかった。怒りという激情に身を負かし、徹底的に、完膚無きまでに叩き潰した」


 少なくとも、アイガイオンやカミラはそうだった。

 彼らは人間を見下し、あまつさえ自分達に殺されるのが当然で、それが存在意義だと豪語していた。これがまだ、自分達が生きるために人を殺している、というのならまた話は別なのだろうが、しかし彼らの場合は完全に自分勝手な我儘。それを容認できる程、アベルとて甘くはない。だからこそ、アイガイオンは消し炭にし、カミラには地獄を味わってもらった。

 ならばどうして、バルドラにはそうしなかったのか。


「あんな連中の中にも少しとはいえ、話せる者がいた……その事実に、驚いたんですよ。きっとバルドラ

自身、他の者達と思想や理念は変わらないのでしょう。人を人だとは思っていない。けれど、それでも彼は一騎打ちなんていう、正々堂々とした手法で私に相対した。私を殺すだけなら、他にもいくらでもやりようはあったでしょうに」


 けれど、彼がとったのは、一人で立ち向かうという手法だった。そして、今までの連中とは違い、彼はある程度、話せる者だった。

 アベルは思った。ああ、彼らの中にも、彼のような男がいたのだな、と。

 そして、更に関心したのは、最後の彼の疾走。己の全身全霊を賭けた走りを前に、アベルは思わず、最期の最後まで付き合ってしまった。

 はっきりって、それは愚行だ。あのままいけば、バルドラは勝手に自滅していた。故に、アベルがそれに付き合う道理も義理もなかったのだ。

 しかし、あの場、あの状況に置いて、アベルはバルドラに最後まで共に駆けた。その理由は至って単純。彼の有り様に、思わず感動してしまったから。

 それは、見たことのない速さだったから、ではない。

 あんな者の中にでも、己の全てを何かにぶつけられる者がいた、その事実に対してだ。


「男らしい……そう思いましたよ。そして、こうも思いました。自分は勝手に彼らの性格を決め付けていたのではないか、と。全員が会話することすら困難な、傲慢で下劣な者達なんだと」

「それは……」

「分かっています。そんなことは、関係ない。たとえ、彼らが本当はそういうものではなかったとしても、もう遅い。取り返しのつかないところに、彼らはいる。だから、性格がどうだの、本当はこうだのと、そんな話は無意味だ」


 アイガイオン、カミラ、バルドラ……彼らの上に立つというルタロス。その結末が、破滅であることは決定している。そうすると、アベルは決めているのだ。彼がどんな人物なのか、何を考えているのか。そこに興味はあるし、知るべきだとも思っている。だが、その上できっとアベルはルタロスを殺すだろう。たとえ、誰が止めようとも、これだけは変わらない。決定事項だ。

 けれど。


「それを承知の上で、私はこうしているのです。全てを出し切った相手に敬意を評したい。せめて、それくらいのことは、しても良いではないでしょうか」


 少なくとも、バルドラは彼なりの誠意をもって、ここに来た。そして、最後まで卑怯な真似もせず、姑息な力も使わず、彼は果てた。それは一本筋を通した生き様だった。故に、どんな経緯があろうとも、最低限の礼儀は尽くすべきだろう。

 その言葉を聞いて、フィーネは「ふーん」と納得したのかしてないのか、定かではない相槌を打ちながら、言葉を続ける。


「そういえばさ、さっきの野郎と話してたときに言ってたこと、アレ本当か? 前世は魔王の影武者だったとか何とか」

「ええ。本当ですよ」

「……いや、そこではっきりと断言するのかよ。すげぇなおい」

「事実ですからね。まぁ、信じるか信じないかは、貴方次第ですし、どう思うかはお任せします」


 これ以上、黙っておく必要性もないが、しかしこの事実をどう受け入れるかは、フィーネ次第だ。何せ、前世だの転生だのと、アベル自身分かっていないことが多い。それを他人に押し付ける、なんてことはナンセンスというものだ。

 故に、彼が取ったのは相手に任せるということ。

 信じようが信じまいが、その判断をフィーネに託したのだ。


「はぁ……全く、タチ悪ぃな。本当なら、んなことあるかぁ!! って言いたいところだが、アンタの実力魅せられちまうと否定できる気しないっつーの」


 ため息を吐きながら、愚痴を零しつつ、フィーネは頭をかいた。

 そして。


「信じてやるよ、その話。少なくとも、そんな馬鹿げた話で嘘をつくメリットなんか、どこにもないしな。そもそも、アンタはそんな嘘はつかない。つくとしたら、もう少し真っ当な事を言うはずだしな」


 それはまた、褒められているのか、貶されているのか、判断に困る言い分だった。

 しかし、それでもだ。

 彼女は、こんな突拍子もない話を、信じてくれると言ってくれた。


「……ありがとうございます、フィーネ。私は、本当に良い仲間を持てたようです」

「礼なんていいよ、別に。アンタとは、まだ重要な仕事が残ってるからな。そのためにも頑張ってもらわないと、こっちが困る」


 重要な仕事。

 それは即ち、この騒動に終止符を打つということだ。


「後少しで、連中の根城には付く。だけど……」

「ええ。ただでやられる者達ではない。恐らく、今まで以上に厄介な事になるのは必然でしょう」


 四天王のうち、三人を倒したのだ。これで、警戒をしていない、などと楽観視できる者はいない。

 恐らく、残存兵力総動員で待ち受けているに違いない。そして、その中には、残りの四天王は無論、その主であるルタロスもいるはずだ。

 敵の力は未知数という圧倒的な不利な状況下。

 しかし。


「それでも、私は滅ぼしますよ。それが、今、私がここにいる理由ですからね」


 それは自信ではない。それは奢りでもない、それは、覚悟という名の想いからの言葉であった。

 そうして、物語は終幕へ着々と進んでいくのであった。

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