第27話 突入

 そこは、廃墟と化した都だった。


 壊れた建物がそこら中にあり、それはここで何があったのかを意味していた。蹂躙。その一言に尽きるだろう。


 しかし、もっと奇妙なのは、壊れた建物に絡みついている黒い植物。薔薇の茎の部分だけを抽出したかのようなそれは、都のありとあらゆる場所に張り巡らされており、まるで全てを飲み込むかのような光景である。


 そして、その全ての中心には、この都、ひいてはこの国の城であったものがあった。


「あれが、連中の根城ですか」


 都から少し離れた丘。そこからアベルは都を見下ろしてた。普通なら人間が細かく視認できる距離ではないが、今の彼は魔法で視界を強化している。おかげで、都の惨状を事細かに確認することができた。


「全く趣味の悪い……生気を吸い取る植物で都を覆っている。恐らく、偵察などの対策でしょう。しかも、防御としての効果も付与されているようです。しかもかなり強力ですね。これでは、外側から巨大な魔法を打ち込んでも、ビクともしないでしょう。加えて、そこら中に衛兵らしき者がいますし。これは確かに、厄介極まりない。討伐に来た者達が帰ってこないというのも納得です」

「関心してる場合かよ。アタシらは今からあそこにカチコミかけるってのに」

「ええ。ですから、こうして周りを観察しているのです。とはいえ、ここから見える情報には限りがありますから、対策という程のことはできないでしょうが」


 無数の茨は生気を吸い取り、かつ巨大な防壁でもある。加えて、人外の衛兵も複数いる。しかし、問題なのは、そこではない。それらを何らかの形で踏破したとしても、本当に難問なのは、その後。つまり、城の内部での戦いだ。


 恐らく、敵もこちらが来ることは予想しているはず。ならば、待ち伏せをしていないわけがない。恐らく、強力な罠が待ち受けているのは必至だ。


 だがしかし、ここからではそれが何なのかは分からない。

 一応、城の内部も細かく調査しようとしたが、流石に何十もの結界が重ねられており、内部の構造を把握することはできなかった。


「結局、出たとこ勝負になるってわけか」

「身も蓋もない言い方ですが、まぁその通りなので否定はしません」


 苦笑しながら、アベルはフィーネの言葉を肯定した。


 そう。つまるところは、出たとこ勝負。成り行きに任せるしかない。作戦など、この状況に置いては意味をなさない。情報を探ろうにも、その手段すらほとんどないのだ。人手不足、資材不足、情報不足。何もかもが不足しているこの場において、作戦など無意味に近い。


「……フィーネ。悪いことは言いません。アナタはここで……ごほっ!?」


 アベルが何か言おうとした刹那、その脇腹に小さくも強烈な拳が炸裂した。


「痛たた……ちょ、何をするんですか、いきなり」

「それはこっちの台詞だ。今言おうとした台詞、もう一回言ってみろ。今度は金的するからな」

「なっ、少し待ちなさい。仮にも女性がそんな言葉を使うもんじゃありませんっ」

「阿呆かっ。っつか、ここまで来て今更帰れだの、ここで待っててくれだの言ったらマジではっ倒すからな。何のためにアタシがアンタに付いてきたと思ってんだ。アタシにだって、連中に落とし前つけなきゃならねぇ理由があんだよ」


 フィーネがここにいる理由。それは、自分の仲間の仇を取るためだ。それはある種、復讐と言えるかもしれないが、彼女は憎しみや恨みだけで行動しているわけではない。どちらかと言えば、使命や信念。そういったものによって、ここまで来たのだ。


「そりゃあ勿論、ここまでの道中、アタシは役に立ってねぇよ。あの吸血鬼の時も、人狼の時も、結局アンタに任せっきりになっちまったし、大したことなんてしてこなかった。多分、こっから先も同じだろうよ。けどな、それでもケジメはつけなきゃいけねぇ。少なくとも、この騒動の結末は自分の目で見なきゃいけねぇんだよ」

「フィーネ……」

「そういうわけだから、アンタが何と言おうと、アタシも行くからな。あっ、先に言っとくけど、眠り魔法だの、身体動かせなくする魔法だの使ったら、ホント許さねぇからな」

「しませんよ、そんな事」


 苦笑しながら、アベルは小さな少女を見る。


 背丈は小さく、しかしこの少女の精神はやはり強い。今までの戦いもそうだが、普通、あんな都の姿を見れば、逃げたくなるのが普通というものだろう。それを、仲間のため、けじめのためと言いつつ、迷うことなく自分と共に行こうとするその姿を見て、アベルは思う。


 ああ、やはりこの時代の人間は素晴らしいと。


「分かりました。ただし、一つだけ訂正をさせてください」

「? なんだよ」

「貴方は先程、自分がこれまでに役に立っていなかった、と言っていましたが、それは大きな間違いです。私は、この旅の道中で、貴方に出会えたこと。それが、数少ない幸運だと心から思っているのですから」


 それは、この場所にこれたことに対して、ではない。この旅を彼女と共にできたこと、それがアベルには救いになっていた。


 もしかすれば、アベルひとりでもここまでたどり着くことはできたかもしれない。けれど、フィーネという存在があったからこそ、彼は一人ではなかった。共にいられる誰かと一緒だったからこそ、彼は、この世界を助けたいと思えるのだから。


「……はぁ。アンタさぁ、ほんっと、もう……なんていうか、そういう臭い台詞、普通に言うなよな。こっちが恥ずかしくなっちまうじゃねぇか……」


 顔を少し赤らめながら、フィーネは視線を逸らし、続けて言う。


「とにかくっ。これからどうする? 作戦立てても無意味なのは百も承知だが、流石に指針は決めねぇといかねぇだろ。どうやってあの城に侵入するか……」

「確かに。ですが、その点についてはそこまで深く考える必要はないでしょう」

「? 何か案でもあるのか」


 ふと、そんな問いを嘆かてくる少女に対し、アベルは笑みを浮かべながら答える。


「まぁええ。とはいえ、私の場合『侵入』ではなく、『突入』ですがね」


 その言葉を聞いた途端、フィーネは首を傾げたのだった。


 *


 四天王の内、既に三人がやられたことは、ルタロス達には既に伝わっていた。


 彼は相手がこちらに近づいてきていることを悟り、襲撃するのをやめた。代わりにとった行動は、待ち受ける、というもの。


 あらゆる罠、武装、魔術。己の持つ全てを使って、敵を迎撃すると決めたのだ。残りの戦力は、当初の半分以下になってしまったが、それでも総動員となれば、どんな相手であろうとも、勝つ自信はあった。


 そして、それ故に、都中に高レベルのダークナイトや、それに類するモノがそこら中に徘徊していた。最早、そこは人外魔境。人が少しでも立ち入れば、確実に死んでしまうような場所。


 そんな地獄に、一つの雷光が迸る。

 それは強固であるはずの茨の防壁を破壊し、大量のダークナイト達を消滅させた


「……初撃はこれくらいでしょうか」


 そこにいたのは、拳を握り、周りを観察するアベルだった。

 そして、その隣には、眉をひそめながら、その惨状を見渡すフィーネ。


「おいおい、まさか、本当に正面突破するとか、マジ考えられないんだけど」

「だから、言ったでしょう? 私の場合は、侵入ではなく、突入だと」

「言ったけど、言ったけれどもっ!! マジで言葉通りの意味とは思わなかったんだよっ!! っていうか、こんなことしたら連中をおびき寄せるだけだろうっ!! ほら見ろ、今にも襲いかかってきそうな連中が集まってきたぞっ!!」


 フィーネの言葉通り、彼らの周りには、既に何十もの敵が押し寄せてきていた。先程の一擊は、ド派手なものであり、あれを無視する程、ここの警備も杜撰ではなかった、ということだろう。

 しかし、だ。


「構いませんよ。それこそ、全部なぎ払うだけですので」

「うっわ、ついに言いやがった、馬鹿発言っ!! アンタやっぱおかしいぞっ!! つか、前から思ってたけど、アンタ、見た目の割に脳筋なのなっ!!」

「その言葉、ありがたく受け取っておきます」


 やかましっ!! というフィーネの叫びを聞きながら、アベルは拳を握った。

 そして。


「さぁ―――最後の戦いの前の準備運動としゃれこみますか」


 その言葉と同時。

 再び雷光が、都に迸ったのだった。

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