第4話 終わりは唐突に

 魔法。それは、体内にある魔力を使用することで発動する奇跡の技。

 人間も魔族も体内に魔力を持っている。が、魔族のそれは人間の何十倍の量と高い質を持っている。そのため、人間も魔法を使えるものの、魔族には及ばない、というのが通説だ。

 無論、人間の中にも魔法に秀でた才能を持つ存在はいる。勿論、その中間の存在であるハーフもまた、魔法は使用可能だ。

 そして。

 灰色の世界で、アベルは今日も魔法の練習をしていた。


「【炎玉フレアボール】ッ」


 アベルの掌から、炎の玉が放たれたかと思うと、目の前の木々を一瞬にして燃やし尽くした。


「【破雷クラッシュボルト】ッ」


 次は電撃が放たれ、少し離れた設置してあった岩を地面ごと粉々に砕く。


「【氷槍アイスランス】ッ」


 一歩前に足を踏み込むと、そこから複数の氷の槍が地面から出現し、周囲の木々を串刺しにしていく。

 三つの魔法を使った時間は五秒程度。本来ならば、ハーフとはいえ、十五の子供が使用できる速さではないし、威力も桁違いだ。

 しかし、アベルの感想はというと。


「やはり、まだこの状態では以前と同じ威力、とはいきませんか」


 どこか不満げな口調で、自らの手を見つめる。


「【鏡面世界ミラーワールド】を発動しているからといって、もう少し威力が出るとは思ったのですが……」


鏡面世界ミラーワールド】。

それは、アベルが現在使用している結界だ。

 鏡に写ったかの如き世界を作り出し、そこでアベルは魔法の練習をしている。本当の森で炎や雷など放っていては、火事になりかねない。加えて、【鏡面世界】を発動することで、自らにわざと足かせをつけている。言ってしまえば、剣に何重もの重石を乗せて素振りをしているようなものだ。

 とは言いつつも……実際は誰にも魔法を使っている姿をみえられたくない、というのが本音か。

【鏡面世界】という足かせがありながら、今のアベルは年齢以上の力を発揮している。普段はごまかしているものの、もしも本当の実力がバレてしまえば、厄介なことになるのは目に見えていた。

 自分という存在が異質であることは理解している。だからこそ、立ち振る舞いには気をつけなければならない。ちょっとしたことで、もしかすれば、亀裂が入ってしまうのだから。


「魔力が未だに身体に馴染んでいない……当然か。何百年と生きながら積んできた膨大な魔力を十五の身体ではおさまりきるわけがない」


 少なくとも、以前の自分なら、木を一本、などとは言わず、森の半分を焼き尽くせていたはずだ。その原因は魔力を十分に発揮できていないため、というのがアベルの考えだった。あまりにも膨大な魔力に現世の身体が受け入れられていないのだ。


「この状況を解決する方法は、一応ありますが……やめておきましょう。それをしてしまえば、きっと私はあの村にいることができないでしょうから」


 アベルは今の生活に満足している。いいや、それどころか歓喜していると言ってもいい。

 かつての魔王が目指した世界。そこに人間と魔族のハーフとして生きている。奇妙で、そしてなにより奇跡的な状況。だからこそ、彼はそれを壊したくないのだ。

 きっと、この気持ちはアベル以外には分からないだろう。そして、それを理解されたいとは思っていない。そもそも、自分の正体を話したところで、信じてもらえるわけがないのだから。


「とはいうものの、今の体でもそれなりの魔法が使えないことには、いざという時、対処ができませんからね」


 だからこそ、練習は毎日欠かさず行っている。

 平和な世の中なのだから、魔法を鍛え、戦う準備をするのか無駄なんじゃないか……そう思う者もいるだろう。

 だがしかし、だ。

 どんなものにも永遠は存在しない。

 確かに、今のこの世界……いや、トート村は平和そのものだ。穏やかな日常が続けている。しかし、それが絶対に変わらないという保証はどこにもないのだ。もしもの時、それを想定し、準備するのは平和な時も欠かしてはならない。

 そして、だ。

 その時というのは、今日ではないという保証は、どこにもないのだ。


「しかし、今日はここまでですね。あまり遅くなると、親父殿に怒られてしまいますし」


 言いながら、アベルは指を鳴らす。同時に、灰色の世界は一転し、元の景色が戻ってきた。

 そして、そのまま帰路につこうとした刹那。


 何かが途切れた感覚が、アベルに襲いかかる。


「今のは……っ」


 攻撃されたわけではない。今のは、自分が村にかけてあった魔法が破られた反動だ。

 アベルは、村に何かあった時のために、探知式の魔法を村全体にかけてある。魔物や盗賊に襲われても、それをすぐさま察知できるように。本当なら、強力な防御魔法を張るべきなのだが、それでは他の者達に自分の異様さがバレてしまう。故に、誰にも悟られないような探知魔法をかける他なかった。

 それが、今、反応したのではなく、破られたということは……。


「まさか……っ」


 言葉と同時に、森を駆け抜ける。

 探知魔法に反応したのなら、盗賊や魔物の仕業だろう。それだけでも危険なことには変わりない。だが、今回は、その探知魔法をわざわざ壊しているとなると、少なくとも相手は魔法に対してそれなりの知識を持っていると考えるべき。

 そして、何より、魔法を壊すという行為から感じられるのは、悪意。

 もしも相手が何かしらの間違いで探知魔法を壊した……などという楽観的な考えなど、この状況においては無意味。それはただの現実逃避だ。

 分かっている。理解している。

 だが、それでも思うのだ。

 どうか、そんな楽観的な真実であってくれと。

 どこかの馬鹿が、何かの拍子にうっかり魔法を壊してしまった。そんなオチであってくれと。

 だが、現実とは厳しいもの。常に人にとって、受け入れがたい真実となってやってくる。

 そして、森を抜けた先に見えたのは―――


「……っ!?」


 刹那、アベルは目を見開く。

 そこに見えたのは、家々や畑を炎が覆っているトート村だった。

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