第5話 襲来
駆ける。駆ける。駆ける。
炎を中を、リッドはレナの手を取り走っていた。少女を握る手は強く、もしかしたら痛いと思われているかもしれない。走る速さをもっと遅くして欲しいと思われているかもしれない。
しかし、そんなことを気にしていられる状況下ではなかった。
「何なんだよ、一体……!?」
悲鳴が、叫び声が、そこら中から聞こえる。
それだけではない。匂いが嫌でも嗅げてしまう程の血が、そこかしこに散っている。加えて、煙が視界を悪くさせるだけでなく、目そのものを刺激してくる。
目をこすりながら、けれどリッドは止まらない。
止まるわけにはいかなかった。
「ねぇ、リッド、あれ何なのっ……!?」
後ろを振り向きながら、レナは叫ぶ。
そこにいたのは、体長約三メートルを超える黒い何か。
右手に剣、左手に盾を持つそれは、人の形をかろうじて保っており、一見すれば、騎士のようにも見える。だが、人ではないのも明らかだった。
頭がないのだ。頭部にあたる部分が一切なく、まるで首を斬られたような身体は漆黒そのもの。マントも羽織っているものの、しかし、それも黒。黒くないところと言えば、持っている武器くらいだろう。
あれは人ではない。だが、もう一つ言えることがある。
あんな魔物、見たことがない。
「俺が知るかよ!! 今はとにかく走るしかねぇだろっ!!」
正体不明の黒い何かは、その一体だけではなかった。そこら中で剣を振るい、家を壊し、人を殺して回っている。
大人も子供も、男も女も関係なく。
躊躇をする様子は一切見せず、ただ殺しているのだ。
(ちくしょう……ちくしょう……!!)
心の中でそんな言葉を吐きつつ、立ち止まりそうになる自分を振り払う。
ここ何の変哲もない、どこにでもある村だ。住んでいる人々も穏やかで、時には言い争いをすることはあるけれど、悪人なんていない。
それこそ、こんな風にいきなり襲われて、殺されるような末路を辿っていい人は、誰一人としていないはずなのだ。
だというのに、黒い何かは村人達を殺していく。
その事実に憤慨し、助けたいと思いながらも、自分にはその力がないと噛みしめつつ、リッドは走り続ける。
しかし。
「あっ……!!」
「しまっ……!?」
小石が何かに躓いてしまったせいで、リッドとレナは同時にその場に転げ落ちてしまう。
そして、敵はそれを見逃さなかった。
「Aaaaaaっ!!」
よくわからない声を上げつつ、死の刃を二人に向かって振り下ろす。
刹那。
「【
声と共にどこからともなくやってきた風の刃が、黒い何かの身体を真っ二つに切り裂いた。
その様子に目を丸くさせつつも、リッドは風がやってきた方向に視線を向ける。
そこにいたのは、アベルの父親であるオルトだった。
「オルトさんっ!!」
「二人共、大丈夫か」
「は、はい。なんとか……」
立ち上がりながりながら、レナは周りをきょろきょろと見渡す。
「あの……オルトさん。アベルはどこに?」
その言葉に、オルトは難しい顔を浮かべながら、口を開いた。
「魔法の練習をしに森から帰ってこないままだ。もしかすれば、君たちと一緒にいるのではないかと思ったのだが……その様子だと、君らも知らないようだな」
「すみません……」
「謝ることじゃない。何、心配するな。あれはそう簡単に死ぬようなたまじゃない。それより、二人の家族は?」
オルトの問いに、リッドとレナは首を横に振った。
「わかんないっす。俺達、逃げるのに必死で……」
「そうか……とにかく、今は村の外に逃げることに全力を注ぐんだ。あの連中が何者なのかは知らないが、少なとも、我々では太刀打ちでき―――」
途端。
言い終わる直前に、オルトの背中に何かが突き刺さった。
何か、と曖昧な表現なのは、何が突き刺さったのか分からないため。何せ、リッドやレナからしてみれば、オルトの背中に突然と穴が空いたようにしか見えなかったのだから。
「がっ、あ……!?」
「っ!? オルトさん!!」
地面に倒れそうになったオルトの身体を、リッドは直前で支えた。
「レナ、回復魔法!!」
「分かってる!! 【
魔法を唱えたと同時に、レナの両手が輝き出し、オルトの傷に当てる。すると、少しずつ、オルトの背中の穴が治っていく。
だが、オルトはそれを拒否しようとする。
「よ、せ……俺を治癒、している時間は、ない……それよりも、君たちだけでも逃げろ……」
「んなことできるわけねぇだろっ!! ダチの親を見捨てて逃げるなんて!!」
「そうです!! 大丈夫、絶対に治してみせますから!!」
言いながら、必死に治癒を続行するレナ。
しかし、そんな彼女の手に自らの手を載せながら、オルトは言う。
「ダメだ……よく考えるんだ。今のは、完全な不意打ち。他の黒い連中とは、明らかに攻撃方法が、違う……つまり、あれらとは、別の何かが、近くにいるということだ……」
オルトは、それなりの戦闘経験を積んだ魔族だ。その彼が、一切の気配を感じることなく不意打ちをくらってしまった。少なくとも、魔法の類ではないのは明らかだ。
正体不明の攻撃ができる相手など、この二人がどうこうできるわけがない。
だから早く逃げろと言いたかったのだが……もう遅かった。
「―――下らない」
そこにいたのは、巨躯の男だった。
黒い連中よりもやや背丈は小さいものの、それでも二メートルは優に超えている。赤い鎧を身にまとっており、頭も甲で見えないものの、口調から察するにどうやら男であるのは間違いない。そして、
だが、最も特筆するべきは、通常の二本の上に加え、もう二本、計四本の腕を持っているという点だろう。そして、四本の腕には、剣、斧、槍、金棒の四つの武器が握られていた。
「『ダークナイト』を一擊で倒していたところから、他の者達よりは少しはやるかと思ったが、不意打ちをしたくらいでその体たらく。何と無様。ステータスは読めないが、今の攻撃で瀕死ならば、レベルは20にも満たないだろう。少しは経験値が稼げると思ったが、期待はずれもいいところだ。全く、この世界は本当に不便だ。敵のステータスが読めなければ、どれが強い敵なのか、分からないというのに。レベル上げのためにここまで遠征しにきたというのに、なんという無駄足か」
「……、」
まるで意味が分からなかった。
スターテス? 経験値? レベル上げ? 何のことを言っているのか、リッドとレナにはさっぱりだった。そして、顔の反応からしてオルトも同じだろう。
しかし、分かることが一つある。
目の前の男は、自分達にとって敵であるということだ。
「てめぇ、何もんだっ!!」
「口を開くな、弱き者。貴様らに問いを投げかける権利はない。あるのは、ただ我らの経験値となり、死ぬことだ。それがたとえ、ごく僅かな、塵にも満たない数値だったとしても。このアイガイオン、そして我らが主、『壊魔王』であらせられる、ルタロス様の糧となるのだ。その事実に歓喜しながら、死を受け入れろ。貴様らに許さることなど、それだけなのだから」
意味が分からない。理解が追いつかない。
本当に、本当に、目の前の男―――アイガイオンが言っていることが分からなかった。
糧になる? 歓喜しろ? この男は正気でそんなことを言っているのだろうか? いや、そもそも、こんなことをしでかす輩が正気である保証などどこにもなかった。
そして、それが返って恐怖を与えてくる。
人は、意味や理解が及ばない存在に対し、怖いと思う生き物だ。故に、ここで、リッドが身体を小刻みに震えさせるのは、人間として正しい反応だった。
だが、だ。
「ふざけんなっ!!」
その上で、彼は叫ぶ。
自分が恐怖している事実を認め、目の前の男よりも弱いことを理解しつつ、それでも少年は叫ばずにはいられなかった。
「そんな、そんなわけわかんねぇ理由で、俺らは殺されなきゃいけねぇってか。舐めるのも大概にしろよ、デカブツ野郎!! テメェだどこの誰だか知らねぇし、そのなんたら魔王ってのが誰だが分かんねぇけどな!! これだけは言える。少なくとも、ここの村の連中は、テメェらに殺されていいような奴らじゃねぇ!! 家を焼かれ、家族を殺され、絶望しながら死ぬ。そんな最期を迎えなきゃならないほど、罪深い存在じゃねぇんだよ!!」
アイガイオンは、明らかにリッド達を見下している。殺されて当然、死んで当たり前。そして、自分達は殺す側であり、搾取する立場。そこに何ら違和感を覚えず、ただそれが自然の理であるかのように語っている。
それが、リッドには何より許せなかった。
トート村は本当に小さい村だ。人口だって少ない。だが、だからこそ人付き合いは嫌というほどするし、だからこそ、村の連中がどういう奴らかよく知っいる。
その上で、断言できる。ここにいる連中は皆、いいやつらであると。
喧嘩っ早い奴もいる。口が悪い奴もいる。怠けぐせがある奴もいる。
だが、それでも、一緒に笑い合い、誰かが不幸になれば悲しみ合い、時には助け合える。そんな者達だった。
故に、だ。
断じて、このような、搾取されるが如き殺され方をされていいわけがなかった。
死を覚悟した少年を叫び。
それを聞いたアイガイオンはというと。
「―――ああ、囀りはようやく終わったか。ならば、そろそろ殺すが構わんな?」
まるで、どうでもいい話がようやく終わったか、とでも言わんばかりな口調で指を鳴らす。見ると、既に周りは黒い者たち……ダークナイトによって囲まれていた。
既に進路はなく、退路も塞がれている。
正しく、絶体絶命。
「やれ」
アイガイオンに一言によって、ダークナイト達は、一斉に襲いかかった。
リッドは悟る。これはもうだめだと。自分では一体倒すことすらできないのに、それが十体以上など、到底無理な話。
だが、どうにかして、レナとオルトだけでも……!!
そんなことを考えていた刹那。
突如として、ダークナイト達が吹き飛ばされる。
それは、リッドでも、レナでも、オルトでもない。
彼らの目の前に現れた一人の少年が一瞬の内に全てのダークナイトに蹴りと拳を与えたためだった。
そして、そこにいたのは……。
「―――すみません。遅くなりました」
そこにいたのは、紛れもなく、リッド達の幼馴染であり、親友―――アベルだった。
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