第37話 小さな最後の抵抗

(ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ!!)


 デウスは己の思い通りならっていない現状に対し、心の中で叫び続けていた。

 確かに二対一という、数の点から鑑みれえば、自分は不利な状況である。しかし、その二人というのも、万全な状態というわけではないはずだ。


(相手の一人は不意打ちをくらってダメージがあるはずっ。もう一人は憑依の状態だ。憑依は、転生と違って、やれることが少ない。何せ、魂と身体が一つじゃねぇからな。無理なことをし続ければ、身体の方にガタがきて、一緒にお陀仏するはずだ)


 故に両者の力を合わせても、自分を上回る、などということはあり得るはずがない。互角、ということすら、不可能だ。

 

 けれども。

 今、デウスは確実に押されていた。


「「うぉぉぉぉおおおおっ!!」」


 二つの雄叫び。それと同時に牙を向けてくる無数の魔法。単純な、けれども威力としては超がつく程のそれらに対し、デウスは己の魔術をもって対抗していく。


 目には目を、歯には歯を、魔法には魔術を。

 そんな具合に対処していくも、一方で自分から仕掛ける、ということができずにいた。


『く、そ、がぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!』


 怒りの咆哮。同時に力の奔流が、無数の竜の姿となって、暴れまわる。その牙が、爪が、あらゆる凶器が、二人を襲う。

 が。


「甘ですよっ!!」

「全くだっ!!」


 凶悪な竜を、しかし二人は歯牙にも掛けない。二人は己の拳と蹴りのみで、無数の竜を屠っていった。魔法すら使わずに、デウスの力を圧倒した。


 その事実が、デウスの怒りにさらに火をつける。


(何だ、なんなんだこいつらはっ!! どういうこった!!)


 さっきも言ったように、目の前にいる二人の男は、万全の状態ではない。いや、万全だったとしても、こうも形成があちらに傾くなどあるはずがないし、あってはならない。


 それだけの力を、自分は手に入れたのだ。


 腹立たしいことだが、デウスは一度、この世界で魔王と相打ちとなった。その時、力の大半を失った彼は、元の世界に戻らざるを得なかった。そして、だからこそ、次は確実に世界をとるための準備をしてきた。


 それが『ヘル・ソウルズ』。人間が嵌っているゲームを使った魔術儀式。ゲームで培った強さを、そのまま異世界へと転送するというモノ。


 それを作るために、どれだけ苦労したことか。

 年数にしてみれば、一見大したことはないのかもしれない。だが、ただゲームを作るのではなく、ゲームと魔術を融合となれば、使用する魔力も技術も膨大だ。そもそも、デウスは力の大半を失っている。そんな状態で、『ヘル・ソウルズ』を完成させるのには、本当に骨が折れた。


 だが、それだけに見合う力は手に入った。

 人間や魔族を簡単に殺せてしまう、下級モンスター。それらを管理し、一人で国を相手にすることもできる四天王。さらには、その四天王が崇拝する壊魔王。


 己の力のみならず、手練の駒を多く手に入れたデウスは、ある意味かつての自分すらも超えた存在となっていた。


 無論、自分の力も彼は取り戻している。つまり、今のデウスは自分と壊魔王、二つの力を有しているのだ。


 故に、誰に彼には勝てない。

 勝てないはずなのに……。


『が、はぁ、ああああああああああああああああああっ!!』


 血を吐きながら、デウスもまた、己の拳を握る。


 彼は気づいていない。これは、単なる足し算の問題ではない。

 アベルと魔王。確かに単純な見方をすれば、今の彼らはデウスには敵わないだろう。だが、それでも二人は逆にデウスを追い詰めている。


 それは、彼らが一緒に戦うことで、互いの力を高めあっているから。

 本来、戦いとは、足し算や掛け算などという物差しでは判断することなどできはしないのだから。特に、彼らは魔王と影武者。光と闇。他の誰よりも近しい存在であるのだから、その思考も分かっている。


 どのタイミングで、どんな攻撃を放てばいいのか。そしてより効果的にするには、自分は相手にどうやって合わせればいいのか。互いに熟知しているからこその連携。


 その事実が、その真実が。

 しかし、デウスは理解できなかった。


『何でだよっ!! 力はこっちの方が上だっ!! なのに、何でだ!! 数の差? 知るかそんなのっ!! たった二人だろうがっ!! たった一人の差がこんなに大きいわけがねぇだろぉが!!』

「たった一人の差、ですか……なんとも哀しい言葉ですね」

「ああ。だが、そうだな。貴様には理解できんのだろう。たった一人だろうが、友人と、仲間と戦うということの大切さを」


 デウスは自らの部下を手駒としてしか見てこなかった。ああ、確かに、彼の手駒は強い。それは事実、この世界を一方的に侵略していったことが何よりの証拠だ。


 だが、いいや、だからこそ、か。

 彼は他人と協力し、戦うという意味を知らずにいたのだ。


 なまじ、力を持ってしまっていたから。一人で何でもできてしまい、できないことは他人を使った。そう、共に、ではなく、使ってきたのだ。


 結局のところ、彼はどこまでいっても、一人だった。


『うぜぇ、うぜぇうぜぇうぜぇ!! それがどうした!! 友人? 仲間? 何だそれは理解不能、いいや理解不要だっ!! そんな概念なんてもんはなぁ、この世に存在しないんだよっ!! そんなもんは、他人に依存している連中の戯言だろうがっ!! 自分じゃあ何もできないから、自分の力が足りないから、他の誰かに頼っているだけだろうがっ!! そんな弱者の在り方を押し付けてくんじゃねぇ!!』


 弱者の在り方。それが、仲間や友人といったものへのデウスの考え方なのだろう。やりたいことは、自分でする。その考え方自体は、間違っていない。何せ、自分のことなのだから。それを自分でやるのは当然のことだ。


 だが、だからと言って、他人を信用しないでいいということにはならない。

 どれだけ力があっても、どれだけ才能があっても、限界というものはある。だから誰かに助けを求め、救いを求め、手を求め、何かをなしていくのだ。


 それが人というものである。

 彼にとっての不幸は、人の領域を超えた存在であり、自分で何でもできてしまったことだろう。


 結局のところ、だ。

 今現在においても、デウスは未だ一人であったのだ。

 そんな彼を見て、アベルは目を細めて言う。


「全く……愚かしいですね。神と自称するのなら、まずはその考え方を改めるべきです。自分以外は全て駒、などと思っているから、貴方は今、そんな状況に陥っているというのに」

『はっ!? 馬鹿馬鹿しいっ!! 仲間の大切さを知ってる自分達の方が強いとでも言うつもりかっ!!』

「まぁ、それもありますが、今、私が言っているのは、そこではありません。というより、本当に気づいていないようですね」

『何を……!?』

「簡単ですよ。今、この場で貴方と戦っていたのは、私達だけではないということです」


 刹那、アベルの手から、光の球が発射される。それをデウスは片手で弾き返そうとした。あの程度の攻撃ならば、問題はない。そう、確信していた。


 しかし、現実は違う。

 デウスは光の球によって、その身を吹き飛ばされてしまった。


『なっ……!?』


 吹き飛ばされながら、デウスは思う。有り得ないと。

 今の攻撃で、自分が吹き飛ばされることはない。そのはずだ。その計算だ。

 だというのに、この結果になった理由は。


『っ!? 力が弱まっている、だと!?』


 己の力が弱まっている、その事実に、ようやく気づいた。アベルと魔王が優勢になっていたのも、これが要因の一つとなっていたのだ。


 だが、何故、どうして?

 そんな疑問に答えるかのように、ふと声がした。



―――これ……以上……おま……え……の……好き、に……は、させ……ない……



 それは、デウスにしか聞こえない声。

 その声の持ち主をよく知っている。

 当然だ。何せ、自分が今日という日まで欺き、今こうして全てを奪った男なのだから。


『っ!! くそ野郎がぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!! 駒の分際で何邪魔してんだぁぁぁぁああああああああっ!! お前なんて、ただのゴミ屑だろうがっ!! オレが利用してやらなかったら、誰にも必要とされなかった、いいや邪魔にしかならなかったクソだろうがっ!! それを、ここに来て、オレの邪魔すらするのかっ!!』


 叫ぶデウス。しかし、そうしている内にも、力の弱体化は進んでいく。


 確かに、ルタロスの身体や力はデウスの魔術で用意したものだ。しかし、それでもルタロスのモノであることにも間違いはない。今、身体の制御権を乗っ取られた彼ではるが、その身体や力を弱めることくらいはできる。


「その様子だと、ようやく理解できたようですね」

『くそ……くそがくそがくそがっ!! なんでだよっ、どうしてここで、こんなに都合がよく……!?』

「都合がいい? そんなわけないでしょう。貴方は彼を駒として扱い、全てを奪った。それで、何もしてこないと思う方がおかしいでしょうに……正直なところを言いますと、彼には同情しません。たとえ、貴方が力を与えたことが原因でも、貴方が全ての黒幕であったとしても、それで彼のしたことが全て許されるとは思っていませんよ」


 ただ。


「それでも、彼は自分の部下を仲間だと思っていた。大切だと心の底から叫んでいた。それが、元は虚構の存在だろうが、幻のようなモノだろうが、関係ない。彼は、彼らを愛していた……その事実だけは、認めざるを得ません―――そんな者達の存在を、貴方は踏みにじった」


 だから、その報いがやってきたのだと、アベルは言い放つ。


 その言葉に、デウスは何も言い返せない。怒りはあるものの、それを言葉にする余裕すら、今の彼にはもう無くなっていた。


 勝てると思った敵、使いすてたと思った駒。

 それらに全て、ひっくり返されたのだ。

 もうこの時点で、勝敗は決していた。


 故に。


「魔王様」

「ああ。分かっている―――これで、終わりにするぞ」


 二人は互いの右手を前に―――デウスに向けて突き出した。

 そして。


「「【山を砕く硬き稲妻 虹を貫く無尽の光】」」

『っ!?』


 詠唱。それがこの状況下で何を意味しているのか。


 今まで、三人は詠唱を使わずに、魔法や魔術をぶつけ合ってきた。それは単純に詠唱を口にする時間が隙になるからだ。だが、それは反面、その魔法や魔術の威力を大幅に下げてしまう行為。


 けれど、その隙を突かれるという心配はなくなった

 何故なら。 


(くそっ、身体が、動かねぇ……!!)


 咄嗟に距離を離そうとしたものの、身体が全く動かなくなっていた。もうすでに、デウスはそこまで弱体化してしまっていたのだ。


 隙は突かれない。相手は逃れられない。

 ならば、やることはただ一つ。


「「【空を海を大地を抉る 豪烈なる刃】」」


 ただ全力の一撃を叩き込むのみ。

 

「やめろ……やめろっ!! オレは、オレは、こんなところで終わるわけには……っ!!」

「「【これ即ち 魂すらも打ち砕く・・・・・・・・ 天に届けし一突きなり】」」


 付け加えられたその一節。これによって、この一擊は神々の魂すらも粉々に粉砕するものとなる。

 無論、デウスもそれは理解した。

 だが、もう何が分かったところで、既に遅い。

 彼にやれることはただ一つ。


「くそがあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 絶叫。

 それと同時に。


「「【|硬雷《カラドボルグ】】ッ!!」」


 次の瞬間、神すら殺す二つの雷光がデウスの視界を埋め尽くしたのだった。

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