第38話 終幕

 勝敗は決した。

 二つの強化された【硬雷】。これを食らって無事でいられる者はおらず、実際、デウスの身体は既にボロボロの状態だった。


 驚くべき点があるとするのなら、そんな身体でありつつも、未だ息をしていた、ということか。


「なんと……まだ息があるとは」

「つくづく、諦めの悪い。だが……」


 それも、ここまでだ。

 今のデウスは、身体だけではなく、精神的にも瀕死の状態だ。たとえ、回復や治癒の魔術があったとしても、それを実行できる気力はもうないだろう。それだけ、先程の【硬雷】は効果も威力も絶大だった。


 それは、デウス自身も理解しているのだろう。

 最早抵抗する余力もない自称神は、ただ不気味に嗤うのみ。


『ひ……ひひひ……』


 それは、ここから逆転するためのものではなく、ただ相手を侮辱するための嗤いだった。


『お、前らは……これで、全部終わったと思ってるんだろうなぁ……オレを倒せば、世界は、元通り。もう二度とこんな悲劇は起きないと……』


 デウスからすれば、それは半分当たりで、半分ハズレだ。

 確かに、この幕引きによって、デウスという脅威は消え去る。もう二度と復活するようなことはない。何せ、自分はもう二度目。三度目のために用意していることは何もない。正真正銘、デウスという神は、ここで消え去るのだ。


 しかし。


『ああ、そうだ、オレはここで消える……だがな、オレみたいなのは、他にも山のようにいるっ!! 自分だけの世界、好き放題にできる世界が欲しいって連中は、どこの世界にも必ずいるんだよっ!! オレの世界だけじゃねぇ!! この世界はなぁ、無限に存在する世界から狙わてるようなモンなんだよ!!』


 異世界の存在。それが立証された今、デウスの言う通り、この世界を狙う者は確かにいるのだろう。


 彼の言葉を借りるのなら、この世界は路上に捨てられている黄金。所有者が誰もおらず、管理する者も誰もいない。


 ならば、それを欲する者は、必ずいる。

 それこそ、神や、それと同等の力を持つ者の中には、少なからずいるはずだ。

 何せ、デウスという証拠が、ここにいるのだから。


『どれだけ倒しても、どれだけ殺しても、この世界は永遠に狙われ続ける。それこそ、神っていう支配者がいない限りなぁ!!』


 つまるところ、デウスはこの戦いに意味などなかったと言いたいわけだ。


 たとえ、自分を殺しても、第二、第三の自分ような者達が必ず現れる。そして、この世界を手に入れようとする。神がいなければ、これから先もずっとそういう運命に、この世界は定まっているのだと。


 無論、それは魔王も承知の上だ。

 しかし。


「それがどうした」


 デウスの言葉を、魔王は一言で切って捨てる。


「永遠に狙われ続ける……確かにそうなのかもしれんな。だが、ならばその度に我がその脅威を払うまで。貴様を倒したように、この世界に仇なす外の全ての敵をなぎ払うまでだ」


 それが自分が背負った責任なのだから。

 堂々と言い放つ魔王には、一切の迷いが無かった。


『口だけならなんとでも言える』

「ああ。だから実行して証明するのみだ」

『次の侵略者が来たとして、お前が絶対に呼ばれるとは限らないだろうが』

「そうだな。だが、この世界をこんな形にしたのは、我だ。ならば、相手が誰だろうが、神がいないことによる弊害が起きれば、きっと我は何度でも呼び出されるだろうよ」


 証拠はない。だが、確信はあった。


 なんだかんだと言って、魔王はこの世界の在り方を自分勝手に変えてしまったのだ。神がおらず、人間と魔族が互いに手を取り合う世界。それは一見素晴らしいものではあるが、一方で魔王の勝手な願望を、叶えた結果とも言える。


 だからこそ、それによって起こりうる問題は、自分が解決しなければならない。いいや、きっとそういう風になるのだろう。

 今回のように。


『……はっ。馬鹿馬鹿しい。お前一人で全ての敵を倒すと? 前はオレと相打ちになったお前が?』

「ああ。そうだ。だからこそ、もう二度と、同じ過ちは繰り返さない」


 断言し、そして、魔王は光の刃を出現させる。


「ではな、神を自称する者よ。今度こそ、終わりだ」


 刹那。

 端的に、それだけの言葉を放った瞬間、デウスの首は吹き飛んだ。と同時に、その身体は塵へと還っていく。


 そして、身体の全てが消え去った後、アベルは今度こそデウスが死んだことを確信した。


「……終わりましたね」

「ああ……世話をかけた」


 そんな言葉を交わしながら、戦いが今度こそ終わったことを再確認する。


「それにしても、まさかこんな形で再会するとはな」

「それはこちらの台詞ですよ。っというか、いつから彼女の身体に?」

「無論、最初からだとも。彼女と貴様が出会った時には、既に憑依させてもらっていた。尤も、彼女は自覚していなかっただろうがな」


 それはそうだ。もしも最初からフィーネが何もかもを知っていたとするのなら、彼女は大した役者だ。しかし、残念なことに、フィーネはそこまで隠し事ができるような少女ではない。


「本来なら、もっと早くに真実を告げたかったのだがな。いかんせん、奴の隙をつくには、この方法しか思いつかなかった」


 それは言えている。

 もしも、最初からフィーネの身体に魔王の魂があると知っていれば、きっとデウスに不意打ちを食らわすことはできなかった。


「まぁ、その点については理解していますが……いえ。よくよく考えてみれば、おかしな点はいくつもあったのですね」


 たまたま同じ者を敵とする少女に出会った、というところまではいい。だが、その少女が、かつて魔王やアベルを殺そうとした暗殺者が持っていた【ハルペイン】を持っていた、となれば、最早偶然の領域を超えている。


「【ハルペイン】は、貴方が見つけ出したものですね?」

「正確には、彼女に見つけさせた、だがな。【ハルペイン】は、どんな相手であろうとも殺せる武器だ。たとえ、異世界の者が相手だろうと、効果があると分かっていたからな。昔、貴様が返り討ちにした暗殺者がいただろう? あれを倒した時に、もしもの時のために、ある洞窟に隠しておいたのだ。幸い、誰にも見つけられていなくて、幸いだった」

「それはなんとも、随分と都合のいいことで」

「返す言葉もない。まぁ、これもまた、世界とやらが用意してくれたもの、と言えるのかもしれんがな」


 世界が用意したもの。

 それは、【ハルペイン】だけに言えたことではなかった。


「【ディフェンダー】……未だに、そんな役割があるとは、信じられませんよ」

「仕方がない。だが、それが事実だ。世界から神がいなくなったことで、世界が用意した防衛装置。それが【ディフェンダー】だ。故に、それに我が選ばえるのは、当然の仕組みだ。なにせ、世界をこんな風にした張本人なのだから」

「しかし、それは……」

「言うな。これくらいのことは覚悟の上だ。むしろ、尻拭いをさせてくれることに、我は感謝している」


 だから、後悔はしていない、と魔王は言う。

 たとえこの先、何度世界を救うために、呼び出さされることがあったとしても、それが自分の役割であり、責務であり、覚悟なのだと。


 そんな彼を見て、アベルは思う。

 ああ、この人はやっぱり変わっていないのだ、と。


「っと……そろそろ時間のようだ」


 ふと見てみると、魔王の身体から光が溢れ出す。まるで、力が抜けていくかのようなそんな光景を見たアベルは思わず叫んだ。


「魔王様、これは……っ!?」

「何、心配するな。我は今回、憑依という形で【ディフェンダー】となった。だが、それもあの自称神を倒すまでの間だけだ。故に、こうなることは、自然の成り行きだ……ああ、ちなみに、貴様は別だぞ、シャドル。貴様は転生している。つまり、この時代に生きているからな。【ディフェンダー】の役割がなくなっても、生き続けることができる」

「……、」

「そんな顔をするな。我は十分に生きた。お前達とも、そして彼女とも、そしてあのとも。色々あったが、本当に幸せだったと思う。だから、我はここで消えても問題はない」


 自分は十分に生きた、幸せだったと魔王は言った。


 アベルはいつも思っていた。自分の勝手な願望を押し付けて、あの時魔王を助けてたこと。そのせいで、彼がどんな人生を歩んだのかを。もしかすれば、自分は余計なことをしてしまったのかもしれない。あの選択は間違っていたかもしれない。そんな不安を、心のどこかで考えいてたのだ。


 故に、だ。

 魔王の言葉に、アベルは心の底から救われた気がした。


「ま、我を騙したことは許していないが」

「あははは……その件については、申し訳なかったとしか言えません」

「ふん……まぁいい。そういえば、いつか言ってたな、シャドル。もう一度生まれるとするのなら、平和になった世の中に生まれ変わりたいと。そして、そこで普通の村人として過ごせればいいと」


 言われて、アベルは思い出す。確かにそんなことを言った記憶がある、と。


「ならば、そうするがいい。貴様の役目は終わった。魔王の影武者としても、【ディフェンダー】としても。ならば、ただの村人としてのんびり暮らすがいい。なんの変哲もない、どこにである幸せを感じながらな」


 それが、人間や魔族が送る、普通の日常なのだから。

 光は徐々に輝きを失っていく。それはつまり、もう時間切れの時がきたという証。

 故に、魔王は最後の言葉を告げた。


「では、さらばだ。我が忠臣。いや―――友よ。貴様とまた再び戦えたこと、誇りに思う。そして願わくば、その第二の人生に、祝福があらんことを」

「―――はいっ」


 短い言葉、けれどもその中に様々な感情を入れ込みながら、アベルは返答する。

 涙は流さない。そんなみっともないことをすれば笑われてしまう。


 だから、アベルは笑顔で魔王を送り出すのだ。

 そして。


「いつかまた、お会いしましょう」


 また、どこかで再会することを願いながら。


「―――ああ、また会おう」


 そう言って、魔王の魂はどこかへと消え去り、異世界からの侵略者達との戦いも、こうして幕を閉じるのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――


※終幕と書いてますが、後一話くらい出します。

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