第39話 後日談
戦いが終わった後、アベルはトート村へと向かっていた。
全ての元凶と黒幕はいなくなった今、最早彼が旅をする理由はどこにもない。となれば、必然的に村に帰るのが自然な流れというもの。
そして、それは即ち、フィーネとの旅も終わりを迎えるということだ。
考えてみれば、当然だ。彼女とは、敵が同じという理由で仲間になった。その仮定で、絆のようなものが結ばれたと思っているし、目的が果たされた今でも、アベルは彼女を大切な仲間だと思っている。しかし、だからといって、いつまでも一緒にいる、という必要性はどこにもない。
……本来ならば。
「ああっ! ようやく見つけたぞ、この野郎っ!! 勝手にどっかに行くなっていつも言ってるだろうが!!」
「あう? あぅー……」
「ほら、さっさといくぞっ!! ……って、何で泥だらけになってんだよ」
「あう……あぅーっ!!」
「? その花……アタシにくれるのか?」
「あーう」
「そっか。これを探してそんなに泥だらけに…………あ、あんがとよ」
「あうあうあーうっ!!」
「うおっ、おい、ちょ、その泥だらけ状態で抱きついてくん……ぎゃああああっ!! 」
叫び声を上げながら、フィーネは『蛇髪の少女』に抱きつかれ、その場に倒れる。同じ少女ではあるものの、その体格差でフィーネは抗いながらも、それは無駄となっていた。
そして、じゃれついた少女から解放されたフィーネは、見事に自らも泥だらけ状態。
そんな彼女を見ながら、アベルはふと呟いた。
「随分と懐かれていますね」
「うるせーっ!! 見てたんならさっさと助けやがれ!!」
「何を仰る。彼女の面倒を見ると決めたのは、貴女でしょう? であれば、人に頼っていてはいけませんよ」
「とかなんとか言いつつ、ほくそ笑みやがって……絶対面白がってるだろ、アンタ」
「無論です」
「即答か!! 少しは否定しろよっ!!」
などと二人が話していると、『蛇神の少女』は少し離れた場所でゴロゴロとしながら、また自らの身体を汚していた。
その姿に「全く……」とため息を付くフィーネ。そんな彼女に、アベルは言葉を漏らす。
「……しかし、正直未だに信じられませんよ。まさか、貴方が彼女を救って欲しいと言い出すとは」
最後の戦い。その後に彼女―――ルキナは未だ息があった。恐らくは、彼女の四天王の一人であるため、身体に一定の不死性を持っていたのだろう。とはいえ、だ。腹を貫通するほどの一撃を喰らったのだ。
しかも、その一撃は、アベルでさえ、一時的にだが動きを封じられたもの。到底彼女が自力でどうこうできるものではない。そもそも、ルキナはその時点で心が完全に壊れていた。自分で傷を治す、という思考にすら至っていなかったのだ。
それを助けたのは、ひとえにフィーネが彼女を助けて欲しいと願ったからである。
「……別に、深い意味はねぇよ。ただ、その……なんつーか、あのままこいつ死なせちまったら、後味悪すぎるっつーか……」
「後味云々よりも、彼女達がしでかしたことの大きさの方が、重要な気がしますが」
ルキナは心が壊れた。その結果、幼児退行までしてしまい、恐らくは記憶すらない状態だろう。それも不思議な話ではない。なにせ、彼女は自分の全てを否定されてしまったのだ。
命、記憶、想い、覚悟、信念、在り方……その他の諸々も含めて、全てが偽りで、作れらたものであると突きつけられた。これで何も影響が出ない方がおかしい。
とはいえ、それでも彼女たちがやってきた行為が、全て許されるという言い訳にはならない。
「はぁ……分かってる。分かってんだよ、甘すぎるってことくらい。でもよ……敵を全員殺してはいおしまいっていうのは、何か違うだろ。それこそ、あのルタロスって奴が言ってたことを認めちまうような気がしてよ」
ルタロスは言った。恐怖こそが、自分達が存在できる理由なのだ、と。人間や魔族を殺して殺して殺し尽くして、自分達は強く、凄まじく、そして恐ろしい存在なのだと周りに理解させる。そういう生き物であると認識させることでしかできないのだと。
だが、本当にそうだろうか。
「殺し合うしか方法がなかった……そんなわけねぇだろってことを、証明したいだけなんだろうよ、きっと」
彼らには他にも道はあったはずだ。人間や魔族と手を取り合い、どうにかして一緒に暮らしていく方法。その選択肢は必ずどこかにあったんだと、フィーネは言いたいのだ。
そうでなければ、悲しすぎる。
会話ができ、意思疎通ができ、意見だって言い合える。気持ちだって伝えられる。だというのに、最初から殺し合う宿命にあるなどと、そんなものは絶対におかしい。
故に、彼女はルキナを助けて欲しいと願ったのだ。
「今の彼女は、真っ新な状態。人を殺さなければいけない、という先入観がない状態だ。現に、ここまでの中でも、彼女が積極的に誰かを殺そう、という姿勢は見受けられなかった。であれば、共存の可能性は高いと言えるでしょう」
しかし。
「それは、あくまで彼女が今の状態なら、の話」
「……、」
「分かっているはずです、フィーネ。彼女がもし、元に戻ったら。記憶を取り戻したら、ルキナはきっと前の彼女に戻るでしょう。そして、そうなったら彼女は……」
また殺戮を繰り返すかもしれない。
あるいは、世界に絶望し、己の死を選ぶかもしれない。
どちらにしろ、明るい未来が待っていないのは明白である。
しかし、その上で、フィーネは語る。
「ああ、そうだな。このままあいつが元に戻ったら、ロクなことにはなんねぇよ。だから、アタシはそれをどうにかして回避してやりたい。誰かを殺すことよりも、ただ平凡に生きることが楽しいんだって教えたい。んでもって、生きてていたいって思わせたいんだよ。それが、アタシができる、数少ない、連中への嫌がらせだ」
人外だから、分かり合えない……その前提を壊すことこそが、フィーネができる、ルタロス達への仕返し。
それはきっと、血を流す戦いよりも、もっと過酷な試みだ。力押しでどうこうできるものではない。それをフィーネは敢えて選択したのだ。
本当に、どこまでも変わっていて、それでいて……眩しい。
「……なる程。貴方に我が主がとり憑いたのも、納得です」
「あっ、そうだそうだ。それに関しちゃ、アタシ未だに許しちゃいないからなっ。つか、ずっと人の身体ん中にいたとかどうなんだよ。とり憑くなら、挨拶の一つや二つ、するのが礼儀ってもんだろうが。しかも、なんにも言わずに消えちまって」
「その件に関しては、本当にご迷惑をおかけしたと……重ね重ね、主に代わり、謝罪します」
仕方がなかったとはいえ、少女の身体にとり憑くというのは、流石にあんまりな所業であると今更ながら思い返すアベル。フィーネからしてみれば、たまったもんじゃないことも当然理解していた。
「それにしても、本当によろしいのですか? 私の村に住むことになって……」
「なんだよ。アンタが言ったことだろう? もしもの時のために、自分も近くにいる必要がある。だからウチの村に住んでくれって」
「確かに言いましたけれど……貴方はその、何ていうか、自由を好む人でしょう? 今回、そんな貴方がある意味一つの村に縛られる形になるわけですし……」
フィーネの性格は旅の中で大体理解しているつもりだ。
自分のやりたいことを全力で貫く。そんな彼女が村で暮らしていく、というのが、正直なところ、アベルは想像できなかった。
「アタシさ、昔から色んな場所を転々としてきたから、一つの場所に長く留まるってのをしたことがないんだ。だから、逆にそういうのに興味があし。それに、あいつの面倒を見るのに、旅をしながらとか、絶対にできないだろ」
それはそうだ、とアベルも同意する。
「まぁ、それでも大変なことが待ってるのは間違いないだろうけどよ。そん時は頼らせてもらうぜ」
「ええ、勿論ですよ」
笑みを浮かべながら、アベルはフィーネに言葉を返しのだった。
そう。大変なのは、これからなのだ。
空前絶後の戦いは終わった。しかし、それでアベル達の人生も終わるわけではない。むしろここから、より良い人生を切り開いていかなければならない。
それは単に相手を倒すことではない。
それは単に相手を屠ることではない。
一日一日を、懸命に生き、そして明るい未来を掴んでいく。
そういう当たり前な、けれどもだからこそ大変な日常を過ごしていくのだ。
その中で、のんびりと暮らしていくために。
アベルもまた、覚悟はできているのだから。
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これにて終幕!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!
この作品で、皆さまが、面白かった!! 良かった!! と思ってくだされば、幸いです。
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