第36話 魔王と影武者
昔の話をしよう。
『つまり、だ。貴様はどうあっても、この世界から手を引く気はないと?』
『あぁ。当然だろぉ? こんな宝の山を放っておく方がおかしいだろうが』
それは、かつての戦い。
自称神と元魔王の最終決戦直前のことである。
『神がいない世界。それがどんだけ珍しいか、お前には分からないのか? いいや、分からないからこそ、お前は「ディフェンダー」なんてモンに甘んじてんだろうなぁ』
『……、』
『その力があれば、お前はこの世界の支配者になれた。管理者になれた。統率者になれた。世界の全てを牛耳れただろうに。なのに、お前は世界を手に入れるどころか、世界の使いっぱしりになっている。ああ、おかしい奴だよ、お前は』
本当に奇妙な男だと、デウスは思った。
この男とは、ここまで、何度か命のやり取りをやってきた。その中で確信している。認めたくはないが、目の前にいる男は、自分と同等の力を持っていると。つまりは、神の領域に入り込んでいるのだ。だというのに、神になるどころか、世界の奴隷として、こうしてここにいる。
全くもって、理解不能だった。
だが、それは向こうも同じことである。
『理解されたい、などとは思っておらん。特に、貴様のような奴に賛同を得ようなどと、期待していない……ただ、我は貴様のような輩に世界が乗っ取られるのが我慢ならん。だからここにいる。要は、そういうことだ』
魔王は、一度寿命を迎えて死んでいる。だが、こうしてここにいるのは、確かに『ディフェンダー』とやらに選ばれたからである。しかし、それを彼は恨んではいないし、後悔もしていない。何故なら、神がいない世界を求め、作ったのは自分だ。ならば、それで生じる不具合や危険を取り除くのも自分の役目なのは当然だろう。
それに何より、ここで何もしなければ、自分に付き合って死んでいった部下達に顔向けができない。寿命が来るまで、一緒にいてくれた彼女に合わす顔がない。
そして。
自らの命と引き換えに、自分を救ってくれたあの男に、胸を張って再会することができないのだから。
『さぁ。では始めるとしようか、
『……そうか。なら、消し炭にしてやるよぉ!!』
そこからは、天変地異の如き戦いが巻きこった。
そして、時は現在に戻り、その戦いが、今再び、繰り返されそうになっていた。
*
「ふんっ!!」
『はぁああっ!!』
互いの口から出るのは怒号にも似た叫び声。けれど、それだけで、爆炎が巻き起こり、氷柱が降り注ぎ、烈風が吹き荒れる。
魔術と魔法。二つの異なる力がぶつかり合い、そして互いの命を削り取っていく。詠唱や呪文など、そんなものは、彼らには不要なのだろう。必要なのは、相手を必ず殺すという、正しく必殺のための意思。
無論、戦いは魔術と魔法に限らない。
互いの拳を交えながら、彼らは戦い続ける。
戦況はほぼ互角である一方で、しかしデウスはその表情をひどく歪ませていた。
『ああ、全く。どうしてどうして、どうしてこうも上手くいかねぇんだぁ!? お前に殺されてから、あの世界に帰って、わざわざ人間のフリまでしてよぉ!! ゲームなんてモン作って、最強のプレイヤーの身体と力まで手に入れたっていうのによぉ!! ただのクソガキに憑依したお前と、何で互角になってんだ、あぁ!?』
デウスは言った。一方的にお前を倒す、と。彼はそれだけの準備をしてきたのだ。『ヘル・ソウルズ』というゲームを作ったのだって、強いプレイヤーを転生させ、その能力を自分のモノにするためだ。そうすれば、前回と同じような目には合わない。
そう思っていた、思っていたのに、現実は全く別のモノへとなっていた。
「はっ。そういうところも、相変わらずだな。一方的な虐殺。蹂躙。破壊。どこまでも自分が上でなければ気が済まない。そういう点では、貴様は確かに神らしい存在だ」
自分は誰よりも上である。だからこその上から目線の言葉であり、圧倒的な力。神は基本的に人間では敵わない。だからこそ畏怖されるのだ。
「そして、だ。貴様がそういう奴だからこそ、壊魔王の連中もまた、あのような性格だったのだろうな」
蛙の子は蛙、とは正しくこのことだろう。
ルタロスは自分が創造主だと思っており、四天王をはじめとする部下たちも自分達はルタロスに作ってもらったと信じていた。
だが、本当の力の根源となったのは、デウスであり、彼がベースなのだ。ならば、その影響を受けているのは当然の摂理だろう。
『はっ! オレをあんなゴミ屑共と一緒にするなっ!! あいつらは全員、自分の真実に気づかなかったどうしようもねぇ連中だ。おかしな点はいくらでもあったのに、疑問すら覚えねぇ。おかげで、オレが用意しておいた仕掛けのほとんども機能することもなかったしなぁ!!』
「……、」
『特にルタロスとか名乗ってたあの男。あれは本当にクソだった。いくらゲームで一番だからって、あれはないと思ったぜ。ちょっとしたことで心が傷ついて、現実からも社会からも逃げ出して、挙句自分の親まで泣かせてるっつーのに、なんとも思ってねぇ。あるのは虚構の世界の自分だけ。そこが己の全部だと思い込んでやがった。どうしようもねぇ男だよ。ああ、だからこそ、ゲームの中では頂点に立ったのかもしれねぇがな』
自分が利用した人間だというのに、散々な物言いである。彼にとって、ルタロスとは最強の身体を手にれるための捨て駒でしかない。だが、そこには明らかな嫌悪が混ざっていた。それだけ、元の世界のルタロスはロクな人間ではなかった、ということだろう。
けれど。
「貴様、色々と言っているが、他人のことをとやかく言える立場ではないだろうに。貴様とて、逃げ出した口であろうが」
『何……?』
「貴様はかつて言ったな。自分の世界を手に入れる、と。だが、それを何故、元いた世界で実行しなかった? 何故わざわざ別の世界に目を向けた? その理由は明白だ。元の世界では絶対に成功しないと思っていたからだろう? 他の神々に自分は勝てない。そう考えたから、貴様は他所様の世界に土足で踏み込んできた。ようは、自分の世界から逃げだということだろう?」
『……っ!?」』
「結局のところ、貴様もルタロスも、同じ穴の狢というわけだ。己の世界から逃げ出した者達。だからこそ、貴様らは繋がりをもてたのかもしれんがな」
刹那、デウスの激昂が無数の炎となって、魔王に襲いかかる。自分が見下していた男、それと同じだと言われたせいか、周りが見えなくなっているのだろう。彼はプライドが人一倍高い。そんな彼が、自分がゴミクズだと呼んでいた者と大差ないと言われれば、確かに激怒するのは当然だ。
だが、それでいい。
「それから一つ、言っておく。図星を突かれたからといって、冷静さを失えば、ロクなことにはならないぞ」
言葉が言い終わると同時、魔王に向かっていたデウスの腹部に、強烈な一擊が入った。
しかし、それを放ったのは魔王ではない。
見ると、そこには、先程まで動けない状態だったはずのアベルの拳があったのだった。
「先ほどのお返しです。どうです? 結構きついでしょう?」
『がっ……お前、何で動けるっ!?』
自然な疑問を前に、けれどアベルは平然とした顔で答える。
「そりゃああれだけ時間があれば、対処などいくらでも可能ですよ。ええ、確かに貴方の魔術とやらに私の魔法は使用不可になりました。が、それも一時的なものです。貴方は『ディフェンダー』を捕らえるがために、絶対の拘束魔術を使用した。けれど、それは効果が絶大であるがために、そこまで長続きしないような代物だったようですね。おかげで、今はご覧のとおり、というわけです」
強い力を求めるあまり、浮き彫りになった欠点。それによってアベルはこうして動けている。
そもそも、だ。
アベルに一々話を聞かせずに、さっさと喰らっていれば、こんなことにはなっていなかった。高慢という油断の結果がこれである。
「何度も言うようだが、貴様は本当にツメが甘い」
『このクソ野郎どもがっ!! いいぜ、二人がかりだろうとも関係ねぇ。まとめてあの世に送ってやるよ!!』
「と、申されていますが、どうします? 我が主」
「無論、戦うだけだ。お前もワレも、そのためにここにいるのだから」
互いに『ディフェンダー』という役割を世界から与えられた二人の男は、互いに並び達、拳を握る。
「しかし、役割云々を除いた上で、言わせてもらおう―――もう少しだけ付き合ってくれないか。この世界をこの世界のままでいさせるために」
この世界を作った者として。
この世界の有り様を是とした者として。
一緒に戦って欲しいと、アベルは己の主に言われたのだ。
ならば、その答えは決まっている。
「無論です」
短的に、けれどもはっきりとした言葉を告げる。
そして、ここからは一人の
さぁ、では。
長く続いた物語を、終わらせるとしよう。
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