第13話 退魔剣【ハルペイン】
フィーネとの旅が始まって、一週間。
二人は、西を目指して足を進めていた。
フィーネ曰く、ルタロス達は西にあるシャンザリア正国という国を最初に滅ぼし、その王都を根城にしているという。
居場所が分かれば後は簡単。そこに向かって行くのみ。
……となれば簡単だったのだが、生憎とそうは問屋が下ろさない。
ルタロス達の根城に近づくということは、つまり敵の本陣に近づくと同義。言ってしまえば、相手の領域に自ら足を突っ込むのと同じことだ。
そして、そうなれば今まで以上に敵と遭遇することも多くなるのは当然だった。
「はぁっ!!」
疾風。正しくその言葉通りの速さで、フィーネは駆けていく。その手に短剣を持ち、その刃で次々とダークナイト達の首を掻き切っていく。
風の如き速さ。そして、相手の急所を的確なまでに付く正確さ。正しく暗殺向きな戦い方を駆使しているといえるだろう。
正直なところ、真正面からダークナイトと戦っても、フィーネは力で負けてしまう。それを彼女自信理解しているからこそ、正面からぶつかるのではなく、自分の持ち味である速さを生かし戦っているのだ。たとえ、自分よりも実力がある者に対しても、虚を付き、隙を狙い、一擊で止めを指す。言ってしまえば、彼女は逆転劇を常に行っている。
それが、どれだけの難易度なのかを、アベルは理解していた。
「ふぅ……こんなもんか」
短剣をしまいつつ、フィーネは額の汗を拭く。
「お疲れさまです」
「おうっ。おつかれさん……って、すげぇなその数」
見ると、二十体以上のダークナイトがアベルの後ろで倒れている。これらは全て、形を保てているものであり、中には消し炭になったものもあったはずだ。そうなると、アベルが倒した数は、倍かそれ以上だろう。
「アンタのそれを見てると、たった五体で四苦八苦してる自分がなんか情けなく感じるんだけど」
そうは言うものの、たった五体でもこの時代の人間ならば、相当な実力だと言えるはずだ。少なくとも、アベルがいた村の人々は全く太刀打ちできなかったのだから。
「落ち込むことはありません。五体だろうが何だろうが、貴方が連中を倒せる事実にはかわりないのですから」
「アンタに言われても何の説得力もないっていうか、逆にヘコむっていうか……そもそも、アタシが連中倒せてるのだって、実力だけじゃないし」
と言いつつ、フィーネは短剣を取り出した。
白銀の刃は大きく曲がっており、まるで三日月の如き形が特徴的なそれが、彼女の得物だった。
「連中にアタシの攻撃が通用するのって、ほとんどこいつのおかげだからなぁ」
「退魔剣【ハルペイン】……どんな相手だろうと、必ず斬ることができる能力を持つ特殊な短剣、ですか」
「そ。昔、団長がある迷宮で見つけたやつでな。これならどんな野郎でもぶっ殺せるって言っアタシにくれたんだ……って、あれ? 何でアンタ、この短剣の名前知ってんだ?」
「まぁ、色々とありましてね……」
言えるわけがない。
かつて、魔王の姿で昼寝をしていたら、その短剣を持つ暗殺者に首を斬られそうになった、などと。
最初見たときは、まさかとは思っていたが、この時代で再び目にするとは思ってもみなかった。
「何にせよ、その短剣がどれだけ凄いものであったとしても、貴方はそれを使いこなせている。その事実の方が余程大事ですよ」
【ハルペイン】はどんな耐久性、防御力を持つ者でも確実に刃を通らす程の切れ味を持っている。加えて、殺した相手はたとえ不死者であったとしても、確実に殺すことができる。しかし、結局はそれだけだ。奇妙な形状のおかげで切りつけ難く、また短剣であるため、使い勝手は悪い。
それをこうも簡単に己の武器として使いこなせているのは、本当に感嘆に値する。
(しかし、たまたま出会った少女が【ハルペイン】を持っていたなど……これは単なる偶然なのでしょうか)
あまりにも都合が良すぎる……そう思うのは当然の流れだろう。
だが、それを今ここで口にしても意味はない。先ほど、彼女が口にした言葉には嘘はなかったように思える。
なので、アベルは別のことを指摘した。
「とはいえ、です。少々動きにムラがあるのは気になりますがね。調子に乗りすぎると足元をすくわれる要因になりかねません。そこは注意してください」
「……うわー。今、めっちゃいい話してるなぁ、て思ってた矢先にそれかよ」
「ええ。貴女はすぐに調子に乗りやすい性格だと思いますので」
「うっせ。余計な世話だっつーの」
「あと、その喋り方。女性なんですから、もう少し落ち着きのある口調で話しなさい。全て丁寧語で話せなどとは言いませんが、それでも改善する余地はあると思いますよ」
「それも余計な世話だっつーのっ!! っつか、十七年間これで喋ってきたんだから、今更変えられるかっ!!」
言われて、アベルはむっと言葉を漏らしながら、言葉を返す。
「それは……そうですね。確かに、人の口調はその人の特徴でもありますから、それを否定するのはお門違いですか……分かりました。今のは撤回しましょう」
「そうそう。分かってるじゃねぇか」
「ですが、流石に食事のマナーや生活習慣に関しては口を出させてもらいます」
唐突なアベルの言い分に、フィーネはきょとんとした顔となる。
「はっ? ちょ、何でそうなんだよ」
「黙らっしゃい。この一週間、見て見ぬフリをしてきましたが、流石に言わせてもらいます。食べた後にすぐに横になる、その格好であぐらをかく、手も洗わずに食事をする……そんなことではいつ妙な病気になるか分からないんですよ? そういう、ちょっとしたところから、気が緩む原因になるんです。これからは、徹底して指摘させてもらいますから、覚悟してくださいね」
この際、口調や格好については仕方のないものだと思う。だが、それ以外のことについては、やはり口を挟まなくては気が済まない。いくら千年の時が経っていようと、生活習慣の善し悪しに関しては変わっていないはずだ。
「いや、いやいやいや、どうしてそうなんだよっ」
「どうしても何もありません。一緒に旅をする仲間として、当然のことです」
「当然ですっ、じゃねぇ!! アンタはアタシのかーちゃんかっ!! っつか、ちょっとやそっと言われたくらいで、アタシが変わると思ってんのか!?」
「安心してください。そういう手合いの躾方はなれています」
「躾ってなんだよっ。犬かアタシはっ!!」
「具体的には言うこと聞かない場合は実力行使をとります。もっと具体的に言うのなら、貴女の頭に拳骨か雷が落ちます」
「具体的に言うなっ!! っつか、百歩譲って拳骨は分かるけど、雷ってどうやって落とすんだよ。まさか魔法で、とか言わないよな」
「……ふ」
「なんだよ、その変な笑みはっ!? え、マジで!? そんなこともできんのか、アンタっ!? つか、それを人に落とすとか、怖すぎんだろ!?」
「それが嫌なら自分の生活態度を改善することです。ほら、もうすぐ日が落ちますし、もう少し離れた場所で野宿の準備をしますよ」
そう言いながら、足をすすめるアベル。
そんな彼の背中を見ながら、少女は呟く。
「……もしかしてアタシ、人選ミスったのか……?」
今更ながら、自分の選択にちょっと後悔するフィーネであった。
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