第14話 歪な街

 考えて欲しい。


 アベル達は、敵本陣に向かっている。となれば、相手側の勢力が増すのは目に見えている。それが、敵が拠点とする街や都市ならば尚の事。

 今までは村々が占拠されていたり、蹂躙された後だったりしていたが、拠点としている場所となれば、それは正しく人外魔境。

 絶対に何かあるし、何か起こると予想するのが自然な流れと言えるだろう。

 故に、アベルもフィーネも身構えていた。今もそうだ。油断や隙を見せれば命取りになりかねないのがわかりきっているのだから。もしも物陰から襲いかかってきたとしても、反撃できるくらいの心の準備はできていた。

 だというのに。


「……こりゃあ、一体全体どうなってんだ?」


 思わず口に出てしまった、と言わんばかりなフィーネの言葉。しかし、その反応は無理からぬことだとアベルは思う。

 自分達は、今、敵の拠点の一つである大きな街にやってきていた。

 ここに来るまで、敵の街ということもあり、どんな怪物や人外が闊歩しているのか、色々と考え、そして対策を講じてきた。

 だが、それも全て無駄になったようである。


「これ……どう見ても、普通の街、だよな……」


 目の前に広がっているのは、どこにでもある、活気あふれた街並みだった。

 どこからともなく聞こえてくる人々の明るい声。往来で行き交う者達の浮かべる笑み。それらは普通の、本当にどこにでもある代物だった。

 あまりにも、そうあまりにも予想と違いすぎる。人外達の拠点と考えていたというのに、これではただの街並みだ。今までの村を見てきた状況で、これを予想できるわけがなかった。


「拍子ぬけだぜ。連中の拠点なんだから、もっとこう、怪物だらけの街だと思ってたのに。なぁ?」

「……、」

「? アベル。どうした」


 難しい顔をしながら、周りを睨むかのように観察しているアベルに、フィーネは問いを投げかける。しかし、まるでその声すら聞こえていないのか、アベルは返事をすることなく、手を口で覆った。

 その険しい顔つきから感じ取られるのは、明らかな嫌悪。今までにない程、フィーネはアベルはイラついているのを感じ取っていた。


「おいおい。ほんとにどうした。何か気になることでもあんのか」

「……フィーネ。お願いがあります。どうか、ここでは単独行動は控えてください。それから、ここで食事や飲み物を飲むのは絶対にダメです」

「いや、確かにここは敵地だが、いくらなんでもそれはやりすぎ……」

「いいから。絶対にここの食べ物を口にしてはいけません。もし、お腹が減ったなら、私が料理をしますし、後でおいしいものを食べさせてあげますから」


 まるで子供に言い聞かせる母親のような台詞。

 だが、それとは裏腹に、アベルはどこか切羽詰っていたような雰囲気を醸し出していた。


「なんだよ。変なやつだな。何か分かったんなら、教えろよ。まさか、毒でも入ってるのか?」

「……毒の方が百倍マシですよ。それは後で説明します。今は……そうですね。情報収集をしましょうか」


 なんだそれは、と思いつつ、アベルの言葉にフィーネは従う。

 そこから、アベル達は街を歩くことにした。情報収集、とは言いつつ、ところ構わず話を聞くわけにはいかない。何せ、ここは敵地であり、自分達は危険な場所にいることに変わりないのだから。それがたとえ、普通の街の風景をしていても。


「いらっしゃい、いらっしゃいっ。どうだい。新鮮な魚はいらないかいっ!!」

「街一番の腕利きが作った髪飾りだよっ!! 今なら特別に値段もやすくしとくよっ!!」

「でさぁ、この前いった店なんだけど、料理がほんとにおいしくてさぁ。今度一緒にいかない?」


 そこら中から聞こえる人々の声や態度は、本当に自然なもの。恐怖に怯えているわけでも、絶望に打ちひしがれているわけでもない。逆に、そんなものなどここにはないと言わんばかり。

 しかし、だ。アベルの表情はやはり悪い。いや、これは怒っていると言ったほうがいいか。


「なぁ。ホントに大丈夫かよ。顔色悪いっていうか……滅茶苦茶怖いんだけど」

「……すみません。少々、自制が効かなくなっているようで。しかし、もう大丈夫です。大体のことは、把握しましたから」

「把握って……いや、アタシらただ街をちょっと歩いただけなんだけど。情報収集とか言いつつ、誰とも話してないしさ」

「ええ。誰とも話す必要はありません。むしろ、ここでは逆効果でしょう。無用な行動をすれば、嵌ってしまう可能性がありますから」


 嵌る? と首を傾げながら、言うフィーネは、アベルに対し問いを投げかける。


「この街、何か仕掛けでもされてんのか? 連中の言う、魔術ってやつとかで」

「ええ。隠蔽と認識齟齬、それから催眠など、相手の意識を奪う仕掛けがそこら中に施されています。一歩でも間違えば、相手の術中に嵌ってしまいます。恐らく、何の情報もない一般人がこの街にやってくれば、一分も経たない間に洗脳されるでしょうね」

「マジかよ……でも、何でアタシらはそれにかかってないんだ?」

「私が打ち消しの魔法を使っているからですよ。昔、このような手合いとは、散々手合わせしてきましたから。対処法くらいはいくらでもあります」


 魔王を倒すためにやってきた刺客には、催眠や幻覚の魔法を使う者も大勢いた。それと戦ってきたおかげか、アベルはそれらの対応の仕方を熟知している。その中でも重要なのは、催眠を使われる、幻覚を見せられていると自覚すること。

 そして、それさえ分かってしまえば、今のアベルには如何なる催眠も幻覚も通用しない。

 ただし。


「なる程。だから、食事をとるなとか、単独行動するなって言ったのか」

「……いえ。それもありますが、私が先の言葉を言ったのは、別の意味からです」

「? じゃあなんだよ。その別の意味って」

「言ったはずです。それは後で教えると。今はとにかく進みましょう。街を散策したおかげで、術の出処を探り当てました。恐らく、そこにここを牛耳っている者がいると思われます」

「街をちょっと歩いただけで、分かるって……うん。やっぱアンタ、普通じゃないわ」

「それは褒めているのでしょうか?」

「呆れてんだよ。ハーフだからって普通はんな事分かるわけねぇんだから。っつか、連中の手の内は、アタシらの魔法とは仕組みが違うんだろ? 何でそれが理解できんだよ」

「それは、ここに来るまでに話したでしょう? 私の目は少し変わっていると」

「はいはい、真実を見る目、だろ? 相手の魂とか、本来の姿とか、そういうのが見えるってやつ」

「覚えているのならよろしい。それのおかげで、私はこの街にかけらている術を見ることができたのです。ならば、後は理解すればいいだけの話。ほら、簡単でしょう?」


 何がほら、なのか。

 そう思いつつ、フィーネは両手を頭の後ろにやりながら、アベルに向かって言う。


「分かった分かった。うん、やっぱアンタ、おかしいわ。ある意味イカれてる」

「余計な言葉が多いですよ……さっ、早く行きましょう」


 言いながら、アベル達は歩き出したのだった。。


 *


 アベル達が向かっていた場所、それは教会だった。

 曰く、術の中心であり、そこから魔力の流れが街全体に向かっているという。普通に考えれば、そこが敵の本陣。

 そして、そんな場所の目の前に二人は堂々と立っていた。


「教会、ね。ま、胡散臭さで言うなら、確かに筆頭な場所だわな」

「そうなのですか?」

「個人的な意見だよ。神を信仰すれば、幸せになれますぅ、なんてことをほざいてんだぜ? そんなところを信用しろって方が無理な話だと、アタシは思うけどね」


 その意見についてはアベルも賛同する。

 というか、だ。そもそも、この世界には既に神は存在しない。それは絶対である。何故なら、かつての魔王が神々を一柱残さず、殺し尽くしたのだから。

 故に、教会がやっていることは、ある意味詐欺に近いのだろうが……しかし、信仰心の重要性について、アベルは一定の理解がある。加えて、神がいないことは、ごく僅かな者しか知らない事実。教会の人間でさえ、知らないだろう。

 故に、神がいる、と本気で信じる者がいてもおかしくないし、彼らの信仰心を否定するつもりもさらさらない。

 今、ここで問題なのは、この教会の中で行われているであろうことなのだから。


「では、行きま……」

「待って」


 刹那、後ろから声をかけられる。

 振り向くと、そこには、一人の少年がいた。

 背丈が小さく、恐らく年齢は十歳にも届いていない。服装は貧相であるものの、顔立ちはそれなりに整っていた。

 そんな少年を見て、アベルは少し目を見開き、呟く。


「貴方は……」

「そこはダメ。危ないよ。入ったら、帰ってこれなくなる」


 その言葉を聞き、アベルは一度目を伏せる。

 その横顔を見て、フィーネは思う。

 何故、この男は今、こんなにも苦しそうな顔をしているのか、と。


「……ええ、わかっています。承知の上で、私達はここに入らなければならない。そうしなければならない義務が……いいえ、違います。そうしなければ、私の気が収まらない」


 それはある種の決意表明。

 アベルの言葉を聞いた少年は、目を瞑って言葉を返す。


「……分かった。気をつけてね」

「はい……ありがとうございます」


 感謝の言葉を述べると、アベルは再び教会へと身体を向ける。


「行きましょう―――どうやら、戦う理由が増えたようです」


 進むアベルにフィーネは続いく。

 その刹那、ふと振り返ると、既に少年の姿はどこにもなかったのだった。

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