第12話 盗賊少女・フィーネ

 フィーネは所謂盗賊団に所属していた。


 盗賊、とは言っても、商人やら貴族から盗みを働くことはなく、洞窟や迷宮に隠されている財宝を盗むことを生業としていた。それではただのトレジャーハンターではないのかと思うのだが、盗賊団の団長曰く、「モノを盗むんだから、盗賊にゃあ変わりねぇだろ」ということらしい。

 彼女達は、多くの遺跡やら迷宮から本当に多くの財宝を見つけ続けてきた。

 そして、その最中に、彼女は壊王ルタロスの配下と出会ってしまったという。


「あの野郎共、アタシらを見つけた瞬間、妙な言いがかりをつけてきやがってな。自分達の贄になるのだから感謝しろ、なーんてこと言ってきやがってよ。腹が立つったらありゃしねぇ……けど、あいつらの力は本物だ。おかげで、他の仲間は全員やられちまって、アタシだけが何とか逃げ延びることができたんだ」

「それで、復讐を?」

「まぁそんなところだ。仲間がやられて、そのまま黙って逃げ続けられるほど、アタシは賢い頭してねぇんだよ」


 言いながら、フィーネはぎゅっと握り拳を作る。

 その仕草から、アベルは彼女の気持ちを察した上で、口を開いた。


「……なる程。その点については、どうやら私達は似た者同士のようですね。ですが、私が貴女の仲間になって得られる益は何ですか?」


 アベルの問いに、フィーネは笑みを浮かべながら答える。


「連中の親玉の居所。そこに案内してやるよ」


 その答えに、アベルは逡巡する。

 敵の親玉。つまりは、壊魔王ルタロスの居場所。それは、アベルが今、最も知りたいことであり、行かなくてはならない場所だ。

 今までは敵がやってきた方角をただひたすらに進むだけだったが、もしも居場所が割れたのなら、僥倖どころではない。

 だが……。


「貴女はその居場所を知っている、と。では、何故貴女はここにいるのです? 敵の位置が分かっているのなら、貴女一人で倒しにいけばいいではないですか」

「意地の悪いこと聞いてくるなよ。アタシ一人じゃアイツらと戦っても勝目なんてねぇんだよ。一応、そこらの連中よりかは強い自信はあるけど」

「では、他の者達と徒党を組んで戦うという選択肢は? あのような連中です。敵は多いはずですし、連中がしていることに反発する勢力もあると思うのですが」

「あー……やっぱ、そこら辺の事情は知らないのか」

「というと?」

「アンタの言う通り、連中を倒そうって輩はごまんといる。んでもって、討伐隊やら騎士団やらが連中の根城に攻め込んだことも何度もあった。けど、その度に返り討ちにあっちまってな。おかげで、王国や帝国の連中はほとんど諦めて、講和条約を結ぼうって話が進んでる始末だ。全く、話になんねぇぜ」


 しかめっ面をしながら愚痴を零すフィーネ。その意見には、アベルも同意するものの、確かにそれも方法の一つだというのも理解していた。

 相手は未知の敵。そして、それが大勢の被害を出しており、加えて自分達の勢力ですら、返り討ちにあってしまうのなら、条約という手段を使い、被害を抑えようとするのも方法の一つだ。そこにケチをつけようとは思っていない。

 ただ、そのやり方はアベルには向いていないし、従うつもりもないのだが。


「そちらの事情は分かりました。しかし、何故私を仲間にしようと?」

「そりゃ勿論、アンタが強いからだ。あの真っ黒野郎共をたった一人で倒しちまう奴なんざ、見たことねぇからな。アンタとなら、連中の親玉を倒せるんじゃないかって思ったわけだ」

「それは些か過大評価だと思うのですが。それだけの理由で、仲間に入れようと? 私がどんな人間なのかもわからないのに?」

「確かにアンタがどんな人間なのかは知らない。けど、悪い奴じゃないのは分かる。ここの連中にわざわざ墓まで作るお人好しだからな」


 ここで、その点を出されるのは予想外だった。


「……正直なところ、私は貴女を信じていいか疑っています」


 敵の居場所を知り合いと思っていたら、偶然そこを知っている少女が目の前に現れて、仲間に誘ってきた……これで何も疑うなという方が無理な話だ。敵の罠、と考えるのが自然な流れというものだろう。


「まぁ、そうだろうな。それについては理解出来るし、しょうがねぇと思う。けど、だからって何か信じてもらえるような何かを持っているわけじゃないから、アタシとしちゃ、信じてくれって言うことくらいしかできねぇ」


 フィーネはアベルが疑うことに理解を示しつつ、堂々とした口調で言い放つ。

 その言葉を聞いて、アベルは少し考えた。 

 元々、アベルはこの時代に生まれてからというもの、トート村の外に出ることがほとんどなかった。それこそ、他所の国やら街に行くことなど、全くないと言っていい。以前の時代ならいざ知らず、今の世界の土地勘は全くない。

 その点、フィーネはアベルよりも世界のことに詳しい。何より、ルタロスの居場所を本当に知っているのなら、これ以上ない朗報だ。

 そして、だ。もしも彼女が敵側の人間で、アベルを嵌めようとしているのなら、それはそれで活用すればいいだけの話。

 ならば、結論は決まったも同然である。


「いいでしょう。貴女のお誘い、乗りましょう」

「えっ……マジでっ!?」

「何ですか、その反応は。貴女の方から話をもちかけてきたというのに」

「い、いやそうなんだけど……こんなに簡単にいくとは思ってなくてよ」

「安心しなさい。貴女を完全に信用したというわけではありません。というより、信用できるかどうか、見定めてさせてもらいます。もし、信用ならないと思った時は即座に切り捨てますので、ご容赦の程を」

「へいへい。それでも構わねぇよ。こっちとしては、戦力が増えてバンバンザイだからな」

「それから、一つ言いたいことがあります」

「言いたいこと?」


 小首を傾げるフィーネ。その様子を見て、アベルはやはり、と心の中で呟く。

 どうやら彼女には自覚はないようだった。いいや、もしかすれば自覚していながら、わざととぼけているのかもしれない。

 どちらにしろ、指摘しないことには始まらないだろう。

 そして、アベルは意を決して、フィーネに向かって言う。


「その……先程から気になっていたのですがね……貴女の服装、それは何ですか?」


 アベルの言葉に、フィーネはさらに首を傾げた。まるで意味が分からないと言わんばかりな表情を浮かべながら、自らの格好を確認する。

 そして、確認した上で、アベルに向かって問いを投げかけてきた。


「何って……どこか、おかしなところあるか?」

「大アリです!! 何ですか、肩やら太ももやらヘソやら出してっ!! 女性なら、その、もっとこう、肌を隠しなさいっ!! はしたないっ」

「はしたないって……いや、だってこの服だと動きやすいし……っていうか、これくらいの格好、普通だろ?」

「普通!? それが普通なのですか……!? いや、確かにレナも少々肌が露出している服装を好んでいましたが、ここまでではなかったはず……」

「アンタがどこで生活してきたのかしらねぇけど、そこらの街とかなら、これくらいの格好、みんなしてるっつーの。っつか、アタシはまだ露出は少ない方だと思うんだけど」

「それで少ないっ!? なんということでしょう……まさか、ここに来て時代の弊害を感じることになるとは……」


 時代が違えば、価値観も違う。それは理解していたが、しかしこうして直面してしまうと、動揺してしまうのは仕方のないことだろう。

 アベルも何も、肌を一切見せるな、と言いたいわけではない。ただ、見せすぎるのはどうなのか、と思うだけなのだ。

 けれど、これも時代が違う故のズレ。千年という時が経ったことにより、人々の認識が変わったことの結果なのだろう。

 ならば、それを否定するのはやめにしよう。

 それが、どれだけ気になることであったとしても。


「くっ……い、いいでしょう。甚だ、本当に、誠ながら、遺憾なことではありますが……了承したことにしましょう」

「いや、何でそんなに悔しそうな顔で言うんだ……? 変な奴だな、アンタ」


 不思議なものを見るかのような視線を向けてくるフィーネ。だが、自分の認識と世間の常識が食い違っていることに激しく動揺していたアベルは全く気にもかけなかった。


「まっ。何はともあれ、よろしくな。アベル」


 右手を差し出し、笑みを浮かべるフィーネ。

 そんな彼女に対し、動揺していたアベルも少し冷静になりつつ、微笑しながら、その手をとった。


「ええ。こちらこそ。よろしくお願い致します。フィーネ」


 こうして、かつての魔王の影武者と盗賊団の少女の、奇妙な奇怪な旅が始まったのだった。

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