第17話 吸血鬼・カーミラ
それは、かつてこの世界にも存在した、怪物達の総称だ。
驚異的な再生能力を持ち、不死身であると言われ続け、人の血を吸う化け物。それらもまた、全て魔王の手によって滅ぼされた。
それが今、目の前に現れ、戦うことになったのは、まさに何たる皮肉といえるだろうか。
「それっ!!」
言うと同時に、カミラの傍にいた人間たちから血が噴き出す。その血はまるで、生き物のように空中で蠢いていた。
そして次の瞬間、無数の針となって、アベルに急襲する。
「くっ……!?」
襲い掛かる血の針。それは壁や床に突き刺さっていく。
アベルはそれらを回避するだけで、反撃する気配はない。
その有様を見て、カミラは笑みを浮かべ続ける。
「あははっ!! 弱い弱いっ!! 貴方、本当にあのアイガイオンを倒したのっ? その程度で? その実力で?」
本当に、おかしな話だ、と吸血鬼は思う。
戦いが始まって、既に十分は経過しようとしている。二人は教会から外に出て、街中で戦っている状態。
アベルが言ったように、この街はカミラが作ったもの。ゆえに、この街のどこにいても、カミラの手中といっても過言ではない。
圧倒的な条件、有利すぎる状況。
これらから、カミラに形勢が傾くのは当然の結果と言えるだろう。
しかし、それでも若干の違和感というものを感じてしまう。
(この男……さっきから逃げてばかりで、何にもしてこないのは何故かしら)
目の前の男は、少なくともこの街に張っていた魔術に引っかからなかった。それだけの細心の注意を払いながら、カミラの前までやってきたのだ。加えて、アイガイオンのことを知っていた。それらから考えられることは、少なくともアベルはそれなりの実力を持っている、ということだ。
だが、実際はこの有様だ。
カミラの単純な攻撃に右往左往しながら、逃げ続けるばかり。反撃する様子は全くなく、歯ごたえがなさすぎる。
何か企んでいるのか……そんな疑問も確かに頭によぎったが、それもカミラが見た限り、ないと判断した。
(どうでもいい。何かを企んでいても、所詮はこの世界の存在。強者であるわたしが後れをとることなんてあり得ないんだからっ!!)
結論。
目の前の男が何をしてこようと構わない。それを悉く粉砕し、絶望を与える。それだけの話だ。
「本当、口ばかりの男ね。さっきまでの威勢はどこへ行ったの? ほら、わたしを消し炭にするんでしょう? 殺すんでしょう? だったら反撃の一つもやってみてはどう? あはははははっ!!」
血の攻撃は続いていく。その形を剣に、槍に、斧に変化しながら、アベルに一方的な攻撃が放たれていく。
圧倒的な力の差。
絶対的な力の差。
絶望的な力の差。
力、力、力……そうだ。これが正しい在り方。これが当然の光景なのだ。
自分たちはいつも人間をこうやって殺してきた。超られることのない、力という力で人間たちを滅ぼしてきたのだ。それは、この世界でも同じこと。
人間は自分たちの糧になる存在。それが彼らの喜びであり、運命であり、仕事。そんな、ちっぽけな、本当に哀れな存在なのだ。
そのはずだ。そのはずなのだ。
だからこそ、彼女は思う。やはり、先ほど、自分が感じた感情は間違っていると。
この世界の人ごときに、吸血鬼であるカミラが、■■と思うわけがない。
などと思っていると、既に決着が付きそうな状況になっていた。
「どうやらここまでのようね」
路地裏に逃げたアベルだったが、その奥は行き止まりとなっており、それを追い込むかのような形で、カミラは彼に迫っていた。
「もう逃げ場はないようですね。まぁ、わたしもいい加減あなたとの追いかけっこも飽きてきたところなので、丁度いいといえば、丁度いいといえるのでしょうけど」
カミラの口調には、どこか呆れた、というより明らかに期待外れといった気持ちが表れていた。
「あなたがアイガイオンを倒した、というのはわたしの早とちりだったみたいですわね。けれど、アイガイオンのことを知っていたのは事実。だとするのなら、あなたはアイガイオンを倒した者を知っている、ということなのでしょう。その点について詳しく話を聞きたいところですが……まぁ、それはあなたを殺した後で、ゆっくり聞きましょう」
カミラの能力を使えば、殺した相手を無理やり改造し、自分の下僕にすることができる。そして、その頭の中を覗くことも可能だ。そこから、アイガイオンを倒した本当の相手を探ることができるのだ。
結果、目の前の男をこれ以上生かしておく理由はどこにもなかった。
「では、さようなら。名前も知らない、どこかの誰かさん」
刹那、アベルの足元から出現した無数の血の刃が、彼を貫いていった。
腕を、脚を、胴体を、そして頭すらも串刺し状態になったアベル。
それは、誰がどう見たところで、助かるはずがないと理解でき、死んでしまったと分かってしまう。
無論、殺した本人であるカミラなら、尚のこと。
だからこそ。
『―――感謝します、私を殺してくれて。これで貴方を地獄に落とすことができる』
その瞬間、死んだはずの男の声がすると同時、カミラはまるで心臓を掴まれたかのような感覚に陥ったのであった。
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