第16話 悪辣なやり口

「わたしを? 消し炭にする? ふふふ。大きく出たものですわね」


 笑みを浮かべながら、カミラは言う。

 フィーネは思う。よくもまぁ、今のアベルを前にして、そんな余裕を見せれるものだ、と。

 ……いいや、もしかすれば、余裕であると見せたいだけなのか。自分が動揺していると、恐怖していると悟らせないようにするための虚勢。 

 何にしろ、カミラのやっていることは、火に油を注ぐ行為でしかない。


「しかし、わたしと戦う前に、彼らの相手をしてもらいましょうか」


 瞬間、指を鳴らすと同時、奥の部屋からぞろぞろとやってくる影があった。そこにいたのは、街で見かけた者達。

 服装も、職種も、外見も統一されておらず、ただその眼は先程とは違い、完全に光を失っていた。加えて、奥の部屋からだけでなく、窓を割り入ってくるもの、教会の入口から入ってくる者など、数は多数。


「アベル。こいつら……」

「ええ。彼女に洗脳されている者達です……いえ、正確には、操られている、と言ったほうがいいでしょうか。彼らは全員……死んでいますから」


 アベルの言葉に反応しつつも、フィーネは言葉を発さず続きを聞くことにする。


「この街にいる全員、身体の中身を組み替えられています。骨や内蔵が自分のものではないのです。多くの人間から一箇所ずつ組み込まれているような、そんな具合です。そして、そんなことをされれば、普通の人間は生きてはいられません。彼らは、無理やり生かされているに過ぎないのです」

「そんな……なんで、んなことを……」

「さぁ。それは、目の前にいる首謀者から聞いた方が早そうです」


 言いながら、アベルは視線をカミラの方へと戻す。


「それで? 何故、このようなことを?」

「何故、と言われましてもね。答えは単純ですわ。実験ですよ、実験」

「実験?」

「ええ。わたくし達は、人間を殺してレベルを上げることができるのですが、この世界の人間たちはあまりにも力が弱すぎる。殺しても殺しても、大した経験値が手に入らないのです。そこで、考えたのが、人間をより強くし、それを殺してレベルを上げる、というものです」


 まただ。

 レベル。アイガイオンも言っていた、彼ら特有の概念。それが上がると、彼らは肉体的にも魔術的にも強くなるという。そして、それを上げるためには、とにかく人を殺し、経験値なるものを稼ぐ必要があるという。


「とはいえ、人間をいきなり強くする方法などありません。しかし、人間を育成するなど論外。そこで考えたのが、肉体の組み換え。他者と身体を組み替えることで、より強い人間を作ろうとしたのです。そして、それは一定の成果を上げました。まぁ、以前の世界でもやっていた手法なので、成功する確率は高かったのですけれど」


 以前の世界。

 その言葉によって、アベルはある種の確信を得た。


「その口振りですと、どうやら貴方達は異世界から来たようですね」

「ええ、その通り。そこでは、わたし達は支配者として君臨していました。ですが、ある日突如としてこの世界に来てしまいまして。おかげでレベル管理やステータス向上が大変ですの。ああ、本当に奇妙な世界ですわね、ここは」


 それはこちらの台詞である。

 しかし、一方で分かったことは多い。特に、彼女たちが異世界からきた存在であると分かったことは、何よりの収穫であると言えるだろう。

 とはいえ、情報を次々に口に出していくカミラであるが、恐らく今から殺すのだから、別に問題はない、と想っているのだろう。

 だとしたら、なんとも迂闊な行動だろうか。

 まぁ、それでアベルも情報を得ることができたわけであり、文句はないのだが。


「しかしまぁ、アイガイオンを倒した程の者なら、それなりの経験値にはなるはず。なので、さっさと殺して経験値を稼がせてもらいましょうか」

「できるとでも?」

「ええ。確かに、アイガイオンを倒したのなら、かなりの実力者であることは間違いありませんわ。その点については、認めましょう。ただ……」


 ニヤリ、と笑みを浮かべるカミラ。

 その笑みに、黒い何かが見えたのは、恐らく間違いではないだろう。


「果たして、ここにいる人間達を貴方達は倒せるかしら? ええ、確かに彼らは無理やり生かしてあります。ですが、生きていることには変わりありません。そんな彼ら彼女らを、貴方達は傷つけることができるのでしょうか?」


 その言葉に、アベルは心の中で、やはり、と呟く。

 カミラは彼らを盾として使うつもりなのだろう。いくら既に死んでいるとはいえ、同じ人であることには変わらない。そして、人とは同種を殺すことに抵抗感を覚える生き物。それこそ、何の罪もない人々であれば、尚の事。

 その点をついた、何とも悪趣味な方法である。


「……おいアベル。一つ聞くぞ」

「なんでしょう」

「こいつらを……助ける方法はあるのか」

「いいえ。ありません」


 フィーネの言葉に対し、アベルはばっさりと言い切った。


「彼らは無理やり生かされている状態であり、もうほとんど自分の意思というものを持っていません。そして、目の前の女を倒せば、街にかかっていた術は解け、彼らもまた死体に戻るでしょう。それこそ、蘇生の魔法ではなく、死者復活の魔法が必要ですが……わたしは、とある事情からそれらを使用することができません」


 蘇生や死者復活は、禁忌中の禁忌であり、それを破るにしても超高度な技術が必要とされる。そして、アベルにはそれらを使うことはできない。

 結論。アベル達は、どうやっても、この街の人間を救う方法を持ち合わせていない。


「そっか……なら、連中の相手はアタシがする。アンタは、あのクソ女の方を頼む」

「フィーネ……」

「アタシだって、腸が煮えくり返ってんだ。目の前にいるクズをぶち殺したいって思う程にな。けど、多分アタシじゃアイツには勝てねぇ。だから、アンタに頼む」


 短剣を取り出し、フィーネは構えた。

 彼女も理解しているはずだ。彼らは既に死体。心などとうの昔に滅んでいる。いや、あったとしても、もはや痛みすら感じることはないだろう。

 それでも、だ。自分が今から行おうとしていることの重さを、フィーネは分かっている。

 分かった上で、彼女は剣を抜いたのだ。

 ならば、アベルのやることはただ一つ。


「……すみません。頼みます」

「ああ、任せろ」


 互いに言葉を交わす二人。

 そんな二人の会話が終わったと同時に、街の者達が一斉に襲いかかってきたのだった。 

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