第22話 人狼襲来

「うん。やっぱ、アンタ普通じゃねぇわ」

「唐突ですね。急にどうしたんですか」


 時刻は夜。

 今日も今日とて野宿の二人は、じゃんけんによって今日の夕食当番を決め、結果アベルが火を起こし、魚を焼いていた。

 そんな中、フィーネはアベルを観察するかのように見ながら、先のような言葉を呟いたのだった。


「いや、確かにアンタが強いってのはもう十分に分かってたことだけどよ。それでも、ここまでくると常人離れしすぎだろ」


 カミラを倒して、数週間が経った。

 彼女は四天王、つまりは幹部の一人だった。るそんな彼女を倒したせいもあってか、アベル達は毎日のように、追っ手の者達と戦うようになっていた。

 そして、やはりというべきか、その全てが人外の者達ばかり。中には、巨大蜘蛛や複数の頭を持つ蛇などの大型の魔物も彼らに牙を向けてきた。それこそ、一体で村や街を壊滅させる程の連中が、だ。

 しかし、その全てをアベルは返り討ちにしていった。


「普通、あんな連中と戦えば、S級冒険者のパーティーでも全滅だっていうのに、たった一人で倒すとか、マジ有り得ないんだが。この前来た六人組だって、竜になったり、全身毒の液体に変わったりって感じでもう歩く災害のような連中だったのに、それを三十分もしない内に倒すとか……ああ、自分で言っててもマジないわ、うん」

「いえ、そう言われましても……」

「あっ、もしかして『これくらい当然でしょ』とか言うつもりか? やめてくれよな、そういうの。普通の奴はアンタみたく、強くはないんだよ」


 半目で睨むフィーネ。彼女の言葉は、確かに事実ではあるのだろう。

 今、この世界は侵略者達によって蹂躙されつつある。そんな凶暴な連中を、アベルは逆に一方的になぎ倒しているのだ。世間一般からしてみれば、アベルはどうみても普通ではない。異常な存在だと言われても仕方ないだろう。

 無論、その点を理解できないアベルではない。自分がこの時代において、いかに異物であるのか、それくらいの自覚はある。


「いいえ、強いですよ」


 けれど、その上でアベルは言葉を紡ぐ。


「この時代の人々は、皆強いですよ。人間と魔族。それが共存している社会。それがどれだけ大変なことなのか、それを維持することがどれほど苦労することか。恐らく、ほとんどの者が自覚していないのでしょう。人間と魔族は見た目はそこまで変わりません。しかし、寿命や価値観、魔力的な意味でも違うところは違います。そういった差が、差別に繋がり、間に亀裂を生む。そういったモノが積み重なってかつては大きな戦争にまで至ってしまった」


 それが、アベルがいた以前の世界の在り方。

 人間と魔族は違う。だから分かり合えない。だから戦う。だから殺し合う。そんな、どうしようもなく短慮で愚かな時代だった。

 けれど、今の世界は違う。


「少なくとも、以前の時代に比べて、この時代は平和です。無論、全てが全て、とは言いません。未だに人間主義、魔族主義を掲げる国があると聞いたこともあります。それでも、ここでは人間と魔族が隣同士で笑えている。それは、他人を信じられるという証明だ。そして、それこそが何よりも重要であり、強さの証でもあるのです」


 確かに、物理的、魔術的に見れば以前の世界の方が強い連中が多かったのかもしれない。

 だが、あの時代、あの世界において、彼らは人を信じるという強さを持つことができなかった。魔族と人間は相容れない、いいやそもそも他人など信じるに値ない。あるのは、自分が全てという考えのみ。

 無論、全員が全員、そういう者達ばかりであったわけではない。だが、そんな人間が多かったのは事実だ。だから人間と魔族で戦争が起こり、ひいては同族同士の殺し合いも当たり前のようにあった時代なのだから。

 そんな世界に嘆いたからこそ、かつての魔王は、自分を悪役とし、世界を一致団結させようと画策したのだ。


「他人を信じず、他者を分かろうとしない。そんな者達が、どれだけ力をつけようと、意味などない。もしも百戦錬磨の強者と呼ばれようが、大切な何かのために力を振るう本物に、必ず倒されるべきなのです」

「そうかぁ? アタシは逆だと思うけど。結局、世の中力がある奴が強い。善悪関係なく、強い奴が勝つ。どれだけ高尚な理屈を並べようが、どれだけ正しい理想を掲げようが、弱けりゃそこでしまいだ。アンタが言う以前の時代がどうかは知らないが、この世界もそれなりにロクでもないぞ?」


 アベルの言葉に少し反論するフィーネ。彼女からしたら、目の前の男はこの世界を美化しすぎなように思えてならなかった。

 この世界だって、悪党が弱者を苦しめ、甘い汁を啜っている。それはフィーネが見てきた事実であり、どこにでもある事柄だ。善人が辛い目にあい、時には殺されることだってある。それこそ、力が弱ければ誰も何もできはしない。

 そんなことを思っているフィーネに対し、アベルは苦笑しながら答えた。


「ええ、確かに。そこは否定しません。一定の強さを持たなければ、どんなことを吠えたところで、それは負け犬の遠吠えにしかならない。理屈はそうでしょう。ですから、先程の言葉は私の理想……いいえ、そうあって欲しいという願いです。故に、この世界の人々が強いというのも、単なる私の個人的な考えです。ですが、それでも思うのです。ただ力を持った愚かものが得をし、頑張ってきた者達が報われない。そんなもの、私は御免被ると」


 そして、今まさに、アベルが望まない状況が起こっている。

 異世界からの侵略者達。彼らは世の中の基準からしてみれば、力があるのは確かだろう。そして、その力で多くの人間や魔族を殺してきた。だが、結局はそれだけだ。今まで対峙して分かったことだが、彼らには信念のようなものがない。ただヒトを見下し、蔑み、蹂躙する。自分達は力があるのだから、それだけの権利があるのだと豪語するかのように。

 そんな者達が、自分が尊敬する主が守ろうとした世界を踏みにじっているのだから、尚更見過ごすわけにはいかない。


「……なんか、アレだな。アンタって思ってたより、青臭いんだな」

「青臭いですか。これでも、それなりに歳は食っている方なのですが」

「それなりにって、どう見ても見た目二十代の奴がいう台詞じゃないだろ……。っつか、前々から思ってたんだけどよ。アンタって一体何者なんだ? 以前の時代や世界がどうだのって、まるでもの凄い昔から生きてるみたいな言葉使ってるし……まさか、本当は実年齢百歳とかいうオチじゃないだろうな」


 百歳というは外れているが、実年齢が違うという部分を当ててきたのは流石というべきか。

 ふと考える。そろそろ、フィーネには本当のことを打ち明けてもよいのではないか、と。彼女の人となりは一緒に旅をして、なんとなくではあるが、理解はしている。少なくとも、アベルにとって、彼女は信頼を置ける存在だ。

 ……まぁそもそも、自分が『災厄の魔王』の影武者で、何故かこの時代に転生した、という話を信じてもらえるかどうかは別問題だが。

 しかし、だ。


「その問いには、すぐにでも答えて差し上げたいところですが―――どうもそういうわけにもいかないようです」


 刹那、突風とともに、『何か』がアベル達の目前の地面に激突した。

 空から飛来したそれは、土煙のせいで、その姿が見えないが、それでもアベルにはそこに誰かがいることは分かった。

 それも当然だろう。何せ、肌に伝わる程の殺気をこちらに向けてきているのだから。

 そして、土煙が収まったと同時に視界に入ったのは、日本足で立つ銀色の狼―――人狼だった。防具は少なく、それを補うかのような屈強そうな細身の身体。相手を殺すためだけに磨き上げれたような牙と爪。そして、迷いない覚悟を決めたかのような表情。

 アベルは理解する。間違いなく、目の前の人狼は自分達の敵であると。

 そして。


「我が名はバルドラ。貴様らに一騎打ちを申し込みに来た者だ」


 銀色の人狼―――バルドラは、鋭い眼光を向けながら、宣戦布告をしたのだった。

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