第21話 幕間 侵略者達の亀裂
カミラが殺されたという知らせは、すぐさまルタロス達の知るところとなった。
そもそも、カミラが支配していた街は、ルタロス達にとっては『レベル上げのための実験場』だった。故に、そこが消滅したとなれば、すぐに分かること。
しかし、報告を受けたルタロスは、内心穏やかにはいられなかった。
(くそ……何がどうなってる……)
やはり、というべきか。アイガイオンに続き、カミラもまた【オーバーリザレクション】でも蘇生させることができなかった。
アイガイオンとカミラ。この二人の不死性は、四天王の中でも飛び抜けている。その二人がこうもあっさり倒され、挙句復活さえできないなど、考えもしていなかった。
当然だ。四天王はルタロスが持つ部下の中でも最高のレベルとステータスを所持している。レベルもステータスもない現地の人間や魔族に敗けるわけがない。それが、ルタロスの見解だった。
それが蓋を開けてみればどうだ。
死なないはずの怪物が、たった一人の男に連続で殺されている。
(ありえない、ありえない、ありえない……っ!!)
この世界は低レベルだ。それは、ルタロス自身が証明している。
周辺諸国の実力は、既に把握済み。誰も彼も、四天王どころか、下級のモンスターですら相手にならない程の者達ばかり。徒党を組み、挑んできた連中もいたが、尽くその全てを無に返した。
既に王国も帝国も講和を結ぼうと躍起になっていることも知っている。最早、ルタロス達が恐る存在など、この世界のどこにもいない。
そのはずだ。
そのはずだというのに。
(くそ、くそ、くそ……っ!!)
自室で内心憤慨しながらも、計り知れない敵がいる事実に困惑している。
ヘル・ソウルズ。あのゲームの中でなら、自分は無敵だった。サービス終了するまでの間、ルタロスは必死に経験値を稼ぎ、多額の課金をし、寝る間も惜しんでステータスを向上させた。結果、彼は誰にも負けない最強の存在になっていた。
仕事も運動も家事も、何一つまともにできない自分が、それでも一番だと誇れるモノ。それがヘル・ソウルズであり、それだけがあれば十分だった。
なのに、それが今、覆されそうになっている。
いや、それ以前に。
(俺の、大事な部下を殺しやがって……っ!!)
彼にとって、部下であるNPC達は、実の家族よりも家族同然。何せ、自分が大事に大事に育ててきた者達だ。思い入れがあるのは当然といえば当然だろう。
だが、幸か不幸か、そのNPC達が目の前に現実のモノとなって現れた。それによって、彼の思い入れはさらに強固なモノとなった。
最早、彼にとって、以前の家族など覚えてすらいない。そんな連中もいたな程度の認識だ。自分を養ってくれていた父親、自分を腹を痛ませながら産んでくれた母親。そんな二人を、この男は「ああいたな」などというくらいにしか思えてないのだ。
しかし、それも当たり前のことなのかもしれない。
今、彼は自分を田中次郎ではなく、ルタロスと思っている。成りきっている、ではなく、もう自分はルタロスなのだと認識しているのだ。故に、NPC達は本当に心がある自分の部下であり、信頼の置ける仲間だと本気で思い込んでいる。
そう。信じているのではなく、思い込んでいるのだ。
そもそも、ルタロスは何故自分がこんな状況になっているのか、考えたことすらない。そんな思考に意味はない。自分の好きなキャラに転生したのだから、第二の人生を謳歌する。それしか頭にはない。
本当に、何と愚かなことだろうか。
誰だって、こんな状況になれば思うはずだ。自分が転生した意味はなんなのかと。
神様の気まぐれ? 世界からの贈り物? 馬鹿馬鹿しい。冗談ではない。
そこにはきっと『何か』があるはずだ。自分が転生された、その意味。それを解明しようと試みれば、彼の運命は変わっていたのかもしれない。
だが、それも無意味なたらればの話。
「アイガイオン。カミラ。お前達の仇は、必ずとってやる」
自分をルタロスだと思っている男は、今も尚、部下の仇をとる主としての言葉を口にする。
その言葉は確かに仲間の死を悼む者のモノ。
けれど、その姿は、どこまでも滑稽な道化師のものでしかなかった。
*
「次は俺が出る」
主のいない玉座において、人狼であるバルドラは言い放った。
その言葉を聞いて、ルキナは驚いた表情を浮かべる。
「ほ、本気?」
「無論、本気だとも。既に何百という部下を向かわせた。そして、その全てを相手は返り討ちにしている。情報によれば、相手はたったの二人。だというのに、こちらの戦力は減っていくのみ。そして、それらがアイガイオンやカミラと同じく、蘇生ができない状態となっている」
蘇生の魔術が使用できるのはルタロスのみであり、彼は自分の気にいった部下にしか【オーバーリザレクション】を使用しない。だが、今回は緊急事態ということもあり、低級のモンスター達にも蘇生の魔術を使用した。だがしかし、結果は先の二人と同じ様に、蘇ることはなかった。
「……先日向かわせた者達のレベルは70。敵はアイガイオンやカミラを葬った連中だ。それだけの警戒と武装とさせて、向かわせた。本来ならば、絶対に敗けることなどない。あったとしても、生き残りは何人かいるはずだった。それだけの作戦も考えていた。だというのに、まるでそんなもの知ったことかと言わんばかりに、相手はこちらを殲滅した。これ以上は部下を無駄死にさせるだけに過ぎない」
「で、でも、バルドラ自身が向かわなくても……」
「では逆に問うが、他に誰が行くというのだ?」
「それは……」
言われ、口ごもるルキナ。
今、ここの最高戦力は、ルキナとバルドラだ。他にも強力なモンスター達はいるにはいるが、恐らく力不足だろう。レベル70で編成した者達がやられたのだ。バルドラの言う通り、これ以上部下を向かわせても無意味に死なすだけに過ぎない。
「じゃ、じゃあ私も一緒に……」
「馬鹿者が。我ら二人が出向けば、守りが手薄になる。そうなったら、一体誰がルタロス様をお守りするというのだ」
先も言ったように、ルタロス以外にもうレベル90以上の者は自分達二人のみ。その二人が居城を出てしまえば、誰も主を守護する者がいなくなってしまう。
「万が一、億が一にもルタロス様が敗けることなど有り得ない。だが……今回の敵は、これまでの敵とはワケが違う。同胞を殺し、あまつさえ復活まで不可能にした。正しく我らにとっては天敵と言えるかもしれん。故に、万全の状態を整える必要がある。貴様の特性上、出向くよりも待ち受ける方がより力が発揮できる。一方で俺は攻撃特化の能力。守りながらの戦いよりも、攻めに一点集中する方が性にあっている」
だから、出撃するのは自分なのだとバルドラは断言する。
敵はまっすぐこの場所を目指しているという情報は入手済み。ならば、全ての戦力を総動員させる、という方法もあるにはある。だが、先も言ったように、バルドラは攻めに攻めての攻撃重視型。誰かと肩を並べるよりも、一人で大暴れする方が、その力は発揮されるのだ。
故に、この行動は理にかなっている。
「……勝てますよね?」
「分からん。だが、ただでやられてやるつもりはない」
その言葉だけで、バルドラ自身、勝機が薄いことを自覚しているのをルキナは悟った。以前の彼ならば、絶対に敗けないと言い放っていたはずだ。
だが、アイガイオンやカミラ、そして多くの部下が倒されたことで、もはやその自信は当の昔に砕けていたのだろう。
しかし、それでも目の前の人狼は、自らの主のために、死地に赴こうとしていた。
「ではな、ルキナ。後は任せる」
「―――はい」
守りを任された者と、戦いに殉じる者。
それぞれの決意は定まっており、故に最早そこに多くの言葉を交わす必要はなく、覚悟をもって足を進める仲間の後ろ姿を見ながら、ルキナは黙って見送ったのだった。
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