第33話 虚構の真実

 神様。

 確かに、ルタロスの身体をした誰かは、そう宣言した。


「神様って……おいおい、ここまで来てまた頭のイカれた奴が出てきたな」


 フィーネの言い分は、ある意味尤もなものだった。

 唐突に現れ、自分は神様だ、などとい告げる者が正気であると思える者は少ない。頭がおかしい、と考えるのが普通である。


 だが、しかし、既に普通などというものが木っ端微塵に壊されたこの状況下では、その倫理観も意味をなさない。

 加えて。


「いえ……どうやら……そういうわけではないようです」


 腹の傷口を抑えながら、アベルは目の前にいる自称神様を見据えながら、言い放つ。


「貴方の纏うその力。そして、その雰囲気。かつて私が見たモノとはかなり違いますが、その馬鹿げた覇気は、少し覚えがあります」


 かつて、アベルの主である魔王は、神々すらも殺し尽くした。その時に、アベルは神と呼ばれる存在を目にしている。


 圧倒的なまでの存在感、そして暴虐と言える程の力。

 あの時の神々と同じ、というわけではないが、しかし目の前にいる男は、確かに似ているのだ。


『ああぁ? なんだなんだ。お前、神殺しでも経験したクチかぁ?』

「正確には、かつての私の主が、ですが。私にはそのような力はありませんので……ですが、貴方が神だとするのなら、おかしな話になります。この世界の神々は、全てあの方が滅ぼし尽くしたはずです」


 かつて、神々は人間や魔族を自らの駒として遊んでいた。殺し合わせ、どちらが勝つのかを賭けたり、または数が増えたという理由で戦争を起こさせたり、時には気に入らないというたったそれだけの理由で虐殺を行っていた。


 そんな連中に、魔王は腹を立て、神々全員を殺し尽くしたのだ。それがきっかけで、彼は世界の敵になったのだが、今その後の話は置いておく。


 問題なのは、魔王によって、この世界は神々がいなくなった世界となった。

 だというのに、目の前の男は、自分を神だと名乗ったのだ。


『クカカカッ!! そんなモン、答えはきまってるだろぉ? オレが、この世界の神とやらじゃないってだけの話』

「この世界の神ではない……? まさか」

『そう。オレは別の世界の神ってわけ』


 異世界の神。あまりにも素っ頓狂な言葉に、しかしアベルはすぐさま否定はしなかった。何せ、異世界からの侵略者がいるのだ。すくなくとも、異世界というものが存在しているのは事実。ならば、そこの神がいることも何ら不思議ではない。


 問題なのは、その神様とやらが自分達に立ちふさがっているという点だ。


『とはいえ、一つの世界を牛耳っているような唯一神じゃなくて、複数の神が存在する多神教の一神ってわけなんだが……ああーこいつも正しくはねぇな。何しろ、オレはちょいと特殊な神でよぉ。そういう括りっつーのに嵌らないのよ。「機械仕掛けの神」、「ご都合主義の塊」、「どんでん返し野郎」。色んな呼び方をされちゃいるが、まぁそれでも神であることには変わりない。ああ、ちなみにオレのことは、デウスとでも呼んでくれ。他にも、エクスとか、マキナとか、色々言われちゃいるが、それが一番しっくりくるからなぁ』


 意味が分からない単語を並べる男―――デウスは、笑みを浮かべていた。だが、そこにあるのは、混じりっけなしの悪意。そう、この男からは悪意しか感じられない。


 神などと馬鹿馬鹿しい。ルタロス達よりも邪な、悪魔の類としか思えなかった。

 そんなデウスに対し、ルキナは口から血を吐きながら、告げる。


「がはっ……ルタロス様、を……どう、したの……」

『あぁ? ルタロス? ……ああ、こいつのことか。どうもこうもねぇよ。見たまんまだ。貸したモンを返してもらったんだよ』

「それは、どういう……」

『そもそも、だ。これはなぁ、オレが用意した身体なんだよ。それをちょっとの間、こいつに貸してやってただけにすぎねぇ。だから、それを返してもらった。ほら、単純な話だろう?』

「わけの、わからないことを……っ!!」


 その言葉に、アベルもまた同意する。先程からの言動は、全て意味不明であり、理解不能。本当に、訳が分からない。


『んーっ、まぁそういう反応するのも当然だわな。自分の正体も、こいつの正体も知らないんだかなぁ』

「は……?」

『よしっ。面倒だが、説明してやるよ。そっちの方が、面白いモンが見られそうだしなぁ?』


 刹那。

 自称神が両手をあわせた瞬間、世界は一変した。



 *



 次の瞬間、アベル達は妙な場所にいた。


「こいつは、一体……」

「恐らく……幻術の類のものでしょう」

『ピンポーン。正解。ただし、より詳しく言うのなら、過去の光景を見せる幻術だがなぁ』


 そこは、見たこともない、恐らく部屋であろう場所。何故「であろう」という言葉がつくのか。それは、その部屋の状況が、あまりにもひどかったからだ。


 辺り一面に散らばるゴミ。足の踏み場はほとんどなく、匂いもキツイ。本来は衣服であろうモノも、そこら中にあり、ゴミと一緒に散乱している。他にも恐らくはゴミでないであろうものまで、床を覆い尽くしており、ゴミ屋敷同然の状況だった。


 そんな中、一人椅子に座った男がいる。

 男は、頭に顔まで隠れるような帽子らしきモノをかぶり、その指を動かし、何かをしていた。


 そんな男を指差しながら、デウスは口を開く。


『そら。そいつが、お前らの大事な大事な主様だぜぇ?』

「え……」


 何を言っているのかさっぱり分からないと言わんばかりに、思わず言葉を漏らすルキナ。


「何を、言って……」

『だーかーらー、このゴミだめの中にいるその冴えない男が、お前らの大好きなルタロスの正体で、本当の姿だよ』

「嘘、そんな、はず、ない。だって……」

『だって、そこにいるのはただの人間じゃないかって? キヒヒヒッ!! 残念なことに、嘘じゃないんだなぁ、これが。その証拠に、この男が今、見ているモノを見せてやるよ』


 そう言って、デウスの指が鳴る。

 同時に、再び世界は一変した。


「また景色が変わりやがった」

「ここは一体……」


 今度は全てが灰色の世界だった。

 草木は枯れ果て、砂埃が舞い、あらゆる建物が崩壊している。端的に言って、滅んでいるのだ。


 あまりにも終末的な風景。そこには生というものがなかった。

 そんな世界を前にして。


「……ヘルズヘイム」


 ふと、そこでルキナが口を開いた。


「ここは、ヘルズヘイム。わたし達がいた、世界。わたし達の世界……」

「わたし達の世界……? でも、ここってさっきの男が見ているモノって……」


 確かにデウスはそう言っていた。つまり、ここはさっきの男が見ている世界である。だが、それは一体全体どういうことだというのか。


「全く、話が見えないのですが……」

『つまりは、だ。こいつらが前いたと思い込んでいるのは、ゲーム……あー、わかりやすく言うと、お遊戯の世界ってわけ。もっと言うのなら、虚構そのものなんだよ。この男がいた世界じゃあ、そういった「虚構の世界」で遊ぶのが人気でなぁ。これも、その一つってわけ』

「虚構の世界……? なんだよ、そりゃ」

『言葉通りの意味だよ。こいつの世界はここより文明が発展しててな。さっきの変な帽子、見ただろ? あれを着けてると、目の前に全く違う世界が見えるようになってる。ああ、原理とか細かい説明は訊くなよ? どうせお前らじゃあ理解できないことだろうかなぁ』


 どこまでも上から目線と挑発的な言葉。

 しかし、今、この場において、それを止められる者は誰もいなかった。


『とはいえ、世界が見えると言っても、それは本物じゃあない。言っちまえば、全部幻、嘘っぱちなのさ。ここにあるモンも、生き物も、風景も、建物も、何もかもな』


 幻、嘘、偽物。

 見せられている今のこの光景のことではなく、ルキナ達がいた世界そのものが、最初から幻想だったのだとデウスは言う。


「そんなの……おかしい。だって、わたし達には記憶があるんだからっ!!」

『当たり前だろう? そういう風にオレが設定したんだから。っつか、このゲームだって、オレが作ったんだし』


 さらり、と。

 デウスはまるで世間話をするかの如く、重要な事実を言い放った。


『このゲームはな、開発の過程でオレの力も混ぜてあってな。特に優秀な奴をゲームをプレイ中の状態で転生することができるように仕込んだんだよ。ようは、虚構を現実に変える力ってところか。そして、こいつは俺が作ったゲームで一番になった。だからこいつを転生させたのさ。ついでに、こいつが使ってた他のキャラ……四天王とかもオマケとしてな。でもよ、ただの命令に従う木偶人形じゃあ味気ないだろう? だから記憶を与えやったのさ。自分達は人間を殺すために生まれてきて、そして主に忠実に従う下僕って記憶をなぁ』


 吐き気がする程の笑みを浮かべている自称神の言い分はあまりにも信じ難いモノだった。全てが虚構。全てが幻想。自分が生きていた世界は、嘘で作れれた偽物であると言われれば、誰だって戸惑うのは当然だ。いいや、それ以前に信じるわけがない。


「ば、馬鹿馬鹿しい……そんな、戯言……」

『ああん? じゃあ聞くけどぉ。お前ってどうやって生まれたんだ?』

「それは、ルタロス様に、造ってもらって……」

『それは、いつ、どこで、どんな形で? 何年前で、場所はどこで、どんな材料を使われた? 他の連中と最初に出会ったのは? 元の世界じゃあどんな暮らしをしてた? 趣味は? 特技は? 年齢は? そら、答えれるもんなら答えてみろよ? 全部簡単な質問だろうぉ?』

「そんなの――――――――――――え?」


 言い返してやろうと意気込みながら、けれどもルキナは言葉が詰まってしまう。


 デウスの質問は、彼の言う通り、何も難しいものではない。自分が生まれた年、場所なんてものは常識中の常識。答えられないものはいない。ましてや、趣味や特技、何かも考えるまでもなく口にできるはず。


 だというのに、ルキナは何も答えない。

 答えられない。


「どう、して……どうして、どうして、どうしてっ!?」

『そりゃあ単純な話だろう? 元々、お前らに以前の世界なんてねぇ。元の世界なんてものは存在しねぇんだからなぁ。なら、記憶なんてないに決まってんだろう? これまではそういう点に疑問を抱かないよう細工をして、気づかないようにしてたってわけ。それこそ、オレに指摘されるまではなぁ』

「そんな、じゃあ……」

『そうっ!! お前らは嘘だらけの虚構の存在っ!! その記憶も、感情も、決意も、覚悟も、信念も、何もかもがデタラメもまがい物、嘘ってわけだっ!!』


 両手を広げながら大声を張り上げるその姿は、まるで演劇の役者のごとき姿だった。


『ああ、全く傑作だよなぁ。人間を見下しる連中が、実は人間に忠誠を誓ってただなんて。しかも、それが人間の中でも最低辺の最低辺とも言える、どうしようもないゴミ屑だったんだから!! この際だ、教えてやるよ。実は転生させるためにはこいつを殺さなくちゃならなかったんだが、この野郎、俺が殺すまでもなく、ゲームができなくなった瞬間、自殺したんだぜ? 遊びができなくなったら現実から逃げるって、おいおい脆弱にも程があるだろ!?』

「あ、あ……」

『自分達はー、人間なんかよりもー、ずっと優秀ですー? そして、ルタロス様は至高の存在であり、絶対なのですー? ぎゃはははははははははっ!! 人間の中でも最低辺な奴に対して何言ってんの!? マジ爆笑モンだよっ!! お前ら、オレを笑い殺すつもりなのかって何度も思ったぜっ!!』

「あ、ああああ……」

『しっかし、こいつもほんっとうに阿呆だよなぁ。転生なんていう有り得ない事態に陥ってるっつーのに、そこに対して何の疑問も持たないでやんの。普通はさぁ? 何で自分は転生したのか、どうしてここの世界に来たのかとか、色々と疑念を抱くもんだろう? まぁ、その時はオレが内部から暗示をかける予定だったんだが……そんなモン、使う必要なんて微塵もなかったんだから、呆れるよなぁ? ぎゃははははははっ!!』

「ああああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 折れた。いいや、壊れた。

 今の言葉で、ルキナは完全に心が砕かれてしまった。


 当然だ。自分の世界が丸ごと嘘だとはっきりと言われ、反論することもできず、そしてそれを認めてしまったのだから。


 身体も精神もボロボロになった彼女を見て、デウスは声を張り上げる。


『いい、いいねぇ!! ああ、人が自分の全てをぶち壊される瞬間ってのは、どうしてこうも興奮するんだろうなぁ!! 特に、自分たちは人を超えた存在とか思っちゃってる連中、頭お花畑な奴らが現実を突き付けられる様は最高だっ!! あ、こいつら人じゃなくて、木偶人形だったか。キヒヒヒイヒヒッ!!』

「……なんとも、悪趣味な……」


 悪辣、悪質、悪魔。まさしく、それら全てが詰まったモノが、そこにはあった。


 ルタロス達も、十分に凶悪だったが、しかし目の前にいる男は、そんな彼らの遥か上に立つ。邪悪、醜悪、劣悪……あらゆる悪を混ぜた代物である。


『おいおい、つれないこと言うなよ、イケメン。お前だって、こいつら地獄に叩き落としにきたんだろう?』

「そこは否定しません。が、だからといって、限度というものがあります。そも、貴方の目的は何なのですか? まさか、彼女の心をへし折ることではないのでしょう?」


 ルキナには悪いが、目の前の悪の権化が、彼女を壊すためだけに、こんなことを仕出かしているとは思えない。むしろ、ルキナをボロ雑巾状態にしたのは、あくまでついでだとしか思えないのだ。


 そして、アベルの問いに対し、デウスは。


『オレの目的? んなもん簡単だよ。オレはな―――オレの世界が欲しいんだよ』


 そんな言葉を、呟いたのだった。

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