第34話 ディフェンダー

 世界が欲しい。

 言葉にすれば、とても幼稚なことを、しかし目の前の男は本気で欲したという。


『さっきも言ったように、オレのいた世界は多神教……つまりは、数多の神がいたんだよ。おかげで、やりたいこともやれなくてなぁ。やれ規律だ、秩序だ、均衡だ、うるせぇことばっか言っててなぁ。だからよ、オレはオレがしたいことをしたいだけできるような世界が欲しいんだよ』


 何という我儘。何という身勝手。やりたいことをやりたい、そんな自分勝手を通すために、この男は世界を求めたというのだ。


『けどよぉ。元いた場所じゃあ、それが叶わなかった。だからオレは……』

「そこで、他所の世界に目をつけた、と」

『そうだ。そして見つけたんだよ。この世界を。神という支配者が存在しない世界をなぁ!!』

「……、」

『ああ、今でも覚えてるぜぇ。この世界を見つけた時の歓喜ってやつをよぉ。普通、ありえねぇぜ? どんな世界にも神やそれに類似する支配者がいるっつーのに、この世界の玉座は空席だった。言っちまえば、道端に黄金の山が転がってるようなもんだ。そりゃあ、拾わない手はねぇよなぁ!!』


 その事実を聞かされ、アベルは顔を歪めていた。


 かつて、魔王が神々を滅ぼしたのは、神の呪縛、そこからの解放だった。神やそれに類似する存在がいては、人はいつまで経ってもそれに縛られ続ける。超常の存在の気まぐれで、大勢の人が苦しみ悲しみ、そして死んだりする。そんなものは御免だと思ったからこそ、魔王は神々を滅ぼしたのだ。そして、自らもその座にはつかず、敢えて空席にしたのだ。それによって、この世界の者達は文字通り、神から解放されたのだ。


 全ては後の人間のため、魔族のため。

 だというのに、この男は、そこに土足で踏み入いったのだ。


『ああ、そういやお前、さっき妙なこと言ってたなぁ。自分の主が神を殺したとか何とか……ああ、そうかそうか。やっぱりそういうことか。つまりテメェが、今回の「ディフェンダー」か』

「ディフェンダー……?」


 聞きなれない言葉。それを口にした途端、デウスは再び両手を叩いた。すると世界は三度目の変化をしたかと思うと、そこは最初の玉座の間であった。


 どうやら、幻術は解除されたらしい……それを確認しつつ、アベルはデウスの言葉を聴き続ける。


『なんだ知らねぇのか。世界が危機に瀕した際に、世界そのものがその問題に対し、解決できるであろう者を呼び出すことだよ。「ストッパー」、「ガーディアン」、「エクスキューショナー」……色んな呼ばれ方があるが、オレは「ディフェンダー」って呼んでる』


 そんな言葉は聞いたことがない。無論、そういった概念も、だ。もしかすれば、魔王ならば何か知っていたかもしれないが、そんな可能性には意味がない。


「……それが、私であるという根拠は?」

『お前さぁ。転生者だろ? しかも、自分が何で転生したのか、分かってねぇタイプの』

「っ!?」

『カハハハッ!! 分かりやすいリアクションをどうも。「ディフェンダー」に選ばれる奴っつーのは、大概転生者ってのが相場が決まってんだよ』


 確かに、アベルは自分が何故、この時代に転生したのかを知らない。偶然、などという可能性は無論ない。故に、デウスの語った理由こそ、なる程と納得できる部分はあった。


 けれど、だとするのなら、逆にいくつかの疑問点も浮上してくる。


「だとして……、私は貴方という存在を知らなかった。その結果がこのザマとなっている……世界が私を呼んだとするのなら、貴方の存在や世界の事情とやらを、あらかじめ教えるものではありませんか? そうでなければ、そもそも私がここにいる可能性すらなかったのだから」


 今回、アベルがここへ来たのは偶然。


 自分の村が襲われ、たまたまそれがルタロス達の仕業であり、だから彼はそれを止めるために彼らと戦った。


 それらは全てアベルの意思があってのもの。決して誰かに誘導されたものではない。

 だというのに。


『そりゃどうだろうなぁ』


 目の前の悪魔の如き自称神は、ニヤけながら言葉を紡ぐ。


『この馬鹿共は、世界を侵略していった。なら、いずれはお前ともかち合うことにはなっていたはずだ。そして、お前ならばそれを見過ごせず、必ず戦う道を選ぶっつーのを見越してたんだろう。現に、こうしてお前は今、オレの前にいるわけだしなぁ』

「っ、しかし、それではいつのことになるかは分からないっ。現に私がここの連中のことを知ったのだって、最近の話だ。それでは……」

『いつ問題が解決されるか、わからないって? おいおい、言っただろうが。世界は解決できるものを呼ぶって。世界からしてみれば、それが解決されるのなら、時間はどれだけかかってもいい。それこそ、世界の人口が半分以下になろうともなぁ』


 世界が解決する者を呼ぶのは、あくまで世界が滅ぶ可能性を防ぐため。そして、問題を解決させるため。逆に言えば、それだけである。そこには、多くの人間が死ぬことや、最悪人間が滅びることすら問題とはなっていないのだ。


 世界は世界が存続すればいいだけなのだから。


『ま、本来ならそういう転生させたり、説明したりするのは、神の仕事だからなぁ。そういう連中がいないんだ。多少の不備があるのも当然と言えば、当然なんじゃねぇのか?』


 不備。すなわち、ルタロス達のことや、その奥に潜んでいたデウスの情報。それらが最初からあれば、アベルはきっともっと早くに行動していただろう。それこそ、彼らが本格的に動く、それ以前に。そうすれば、被害は今よりもずっと少なかったはずだ。


 そこに不具合が出たのは、神々がいなかったからだとデウスは言う。


 かつて、神は時に代行者をたて、その者に難問を解決させていた。神託、天命、啓示……そういったモノは確かにアベルの時代にもあった。


 神の不在が原因で、まさかこんなことになるとは、きっと魔王も予測していなかったはずだ。


『とはいえ、だ。お前はオレという侵略者もんだいにたどり着いた。そういう点からすりゃあ、お前は世界が見込んだだけの男ではあるってことか』

「さて……どうなのでしょうね。そもそも、私が、貴方のいう『ディフェンダー』というのも、可能性がある、というだけの話でしょうに」


 確かに状況的に鑑みれば、アベルは『ディフェンダー』ということになるのかもしれない。だが、それはやはり可能性の話。アベルが本当に『ディフェンダー』であるという証拠は、未だどこにもないのだ。

 しかし、そんなものはどうでもいいと言わんばかりに、デウスは続ける。


『構わねぇよ。可能性があるってだけで、オレとしちゃあ十分だ。お前を喰らうっていう理由としてはなぁ』

「私を喰らうときましたか……どこまでも悪趣味なことで」

『ああ。だってよぉ。そもそも、このゴミ屑共を使ってたのも、お前を誘い出すためだからなぁ』

「…………………………………………なん、ですって?」


 これで何度目になるだろうか。

 アベルは、デウスの言葉に目を丸めてしまう。


『異世界の神であるオレがこの世界を乗っ取ろうとすれば、必ず「ディフェンダー」が現れる。それと馬鹿正直に戦うのは愚策ってもんだろう? だから、代行を立てたんだよ。世界を侵略してもなんとも思わない、そして自分のことを強者だと思い込み、かつ誰かに操られているとか全く考えていない、そんな奴をな』


 それがルタロス達だったというわけか。

 あれほどの力も、あれほどの悲劇も、あれほどの死も。

 全て、自分を罠に嵌めるための、それだけの策略としての副産物だったと、デウスは呟く。


「そのために……そのためだけに、貴方は、こんなことを……」

『ああ。前回・・の件で、「ディフェンダー」の厄介さは身にしみてるからなぁ。何事も、用心には越したことはねぇだろ? 本来なら殺しちまえばいいんだけどよぉ、そうしたらまた別の「ディフェンダー」が現れちまう。だから、喰らうのさ。そうすりゃ、世界はオレが「ディフェンダー」だと誤認しちまうからなぁ』


 今、ここでアベルを殺しても、また次の『ディフェンダー』が現れる。が、アベルを喰らうということは、『ディフェンダー』としての役割も一緒に喰らうということだ。それはつまり、デウスが『ディフェンダー』になることで、新たな『ディフェンダー』は現れることはない。


 用意周到。正しくその言葉通り、デウスは全てに置いて、準備をしてきたのだ。

 ルタロス達も、『ディフェンダー』への対策も、それらは全て世界を手にするため。


『前は、失敗しちまったが、今回はそうはいかねぇ。確実に獲らせてもらうぞ、世界』


 そして悪神は、誰に向けてか分からない宣言をしながら、アベルに対し、手を伸ばしたのだった。

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