第2話 転生

 簡潔に言うと、どうやらシャドルは転生したようだった。


「しかし、転生とは……本当にどうなっているんだか」


 何故、どうして、という疑問は無論ある。しかし、その要因はいくら考えても出てこなかった。

 そもそも、魔王本人ならともかく、魔王の影武者である自分を転生させる理由は一体何なのだろうか。

 神の悪戯? 否、それは有り得ない。そもそも、自分達は神々を殺し尽くした。もうこの世界に神は存在しないのだから、悪戯もないもない。

 ならば、何かしらの偶然が重なった結果? それも有り得ない。絶対にない、とは言わないが、しかし転生などという摩訶不思議な現象が偶然の一言で済まされていいわけがない。

 しかし、だ。考えられるのはただ一つ。誰かが、または何かが自分をこの時代に転生させた。

 けれど、それは一体誰なのか。何が目的なのか。

 分からない。

 分からないことだらけだ。

 しかし、だからこそ、彼はまず、分かることから調べていくことにした。

 ここがどこで、今がいつなのか。世界はどう変わったのか。

 それを見極めることが先決。


「まずは情報収集……とはいえ、ただの村人の、それも八歳の子供にできることなんて、限られてますけどね」


 鏡に移る子供の顔を見て、苦笑しながらシャドルは呟いたのだった。


 *


 取り敢えず、まず最初は自分について。

 今のシャドルの名前は『アベル』。とある農村に生まれた人間と魔族のハーフだ。

 当初はその事実にシャドル、否、アベルはかなり驚いていた。何せ、前世の時代では人間と魔族のハーフは稀少であったためだ。

 だが、それ以上に驚くべきことがあった。それは村で人間と魔族が共に暮らしていた事実。そのためか、ハーフの数も珍しくはあったものの、他にいない、というわけではない。人間と魔族が敵対していた前世では到底有り得ないことだった。


 次に時代について。

 ここはどうやら自分が死んでから、約千年後の世界らしい。

 千年も経てば、文化も言語も変わってくる。しかし、シャドルは何の問題もなしに会話することができた。転生と言っても、実際は記憶を取り戻したのは生まれてから八年後。つまり、八年間は何もしらず、この世界の人間として生きてきたのだ。

 具体的に例えるなら、八歳の子供が魔王の影武者としての記憶を取り戻した、と言った具合か。故にこの時代の言語もきちんと理解できるというわけだ。


(とはいえ、それでも分からない言語はまだまだ多そうですけど)


 確かに会話に関しては問題はない。しかし、それでも八歳の子供が理解できる知識などたかが知れている。特に本を読むには色々と知識が足りなさすぎる。加えて、現状ただの子供である彼が他所の街や土地に行って調べるなどは不可能。

 結果、情報収集のほとんどが本や親の話のみだった。

 しかし、それでも、いくらかの事情は分かってきた。


 千年前の戦いの後。人間と魔族は手を取り合い、互いに争いがない世界を造ることを心がけた。

 しかし、永遠の平和など存在するはずもなく、千年という月日の中では、数え切れない程の戦争があったという。それは人間と魔族だけではなく、人間と人間、魔族と魔族の戦いもあった。というより、どちらかというと、同種での争いの数の方がよっぽど多かったらしい。

 しかし、そういった歴史があったおけげか、今は平和条約が結ばれ、互い交流を深め合っている。無論、それでも完全に確執が無くなったわけではないが、しかしそれでもあの時代よりかはマシな世の中になっているのではないかとアベルは思う。


 その理由として大きいのは、このトート村の人々だ。

 彼らは魔族、人間問わず、ここで生活している。そして、種族間での確執があるようなことがほとんど見受けられなかった。

 軽い言い争いや喧嘩などはよくあるものの、しかしそれとてお互いの信頼関係があるからできるものだとアベルは感じたのだ。

 とはいえ、だ。それが即ち、世界全てのことに当てはまるというわけではない。


『他の村や街もこんな感じなのか? まぁ大方はそうだと思うよ。でも、そうじゃない場所もあるってのが本当のところかな。偏見や確執を持った人は未だにいるのは事実だ。特に西にある『アロンド』は魔族中心、東にある『メタリカ』は人間中心を謳っている国だからね。どっちも純血だとか、家系とかを大事にしてるからねぇ』


 困ったような顔をしながら言う行商人に対し、アベルは何となく察する。

 しかし、考えてみれば当然か。魔族と人間という種族が存在するのだ。それぞれの種族第一主義という考えを持つ者がいても何も不思議な話ではない。

 だが、問題なのは純血や家系を重んじる、という点。アベルの経験上、そういった者達は他種族に関してあまり寛容ではない。

 とはいえ、これもまた、アベルの勝手な予想に過ぎない。そうかもしれない、という予測の範疇に止めておくべきだろう。


 また、話を聞いていく内に、気になっていたことも分かってきた。


『災厄の魔王』


 世界を滅ぼそうとした元凶であり、悪の根源。

 それを倒すために、人間と魔族は初めて手を取り合い、そして勇者が先頭に立ち、魔王の軍勢を倒していった。

 そして、最期には勇者と魔王の一騎打ちになり、三ヶ月もの間激しい戦いを続け、そして辛くも勇者が勝利を収め、魔王の野望は打ち砕かれた、と。

 少なくとも、世間ではそういうことになっていた。


(いや……三ヶ月というのは、盛りすぎじゃないでしょうか? 確かに魔王様が本気を出せば不可能ではないかもしれませんが……)


 本物の魔王ならいざ知らず、あの時倒されたのは自分であり、三日三晩の激闘の末、倒された。それは間違いない。それが三ヶ月というのは、あまりに違いすぎる。

 歴史というのは正しく伝わらないものなのだと実感しながら、もう一つの事実を確認する。

 つまり、魔王の真の目的。即ち、彼が戦争を起こした要因が、人間と魔族が手を取り合うという事実。

 その真実を記した記録はどこにもなく、話もなかった。あるのは魔王は最悪の存在であり、倒されるべき世界の敵であったという伝承のみ。


(誰も貴方の想いを知らない。それが、貴方の望みであり、願いだった……ええ、理解しています。わかっています。けれど……)


 誰もあの人の覚悟を知らない。

 誰もあの方の信念を知らない。

 世界のために、人々のために、自らを犠牲にしようとした不器用な男の決意を、世界は、人々は、知ることなく廻っている。逆に彼を災厄の権化として語り継ぎ、今日に至っいる。

 そうなることを、魔王は望んでいた。だから、これは魔王の望んだことなのだ。

 分かっている。理解している。

 けれど、それでも……アベルはその事実に寂しさを覚えてしまう。


(魔王様。貴方は一体、どんな余生を送ったのでしょうか)


 今までの情報から、魔王が復活した等の伝承はなかった。恐らく、魔王は表舞台に立つことなく、その人生を終えたのだろう。

 それがどんなものだったのか、アベルには分からない。きっと調べることすらできないだろう。

 だから、彼は祈ることしかできない。

 彼の王が、幸せな人生を送れたことを。

 そしてその隣に、愛する女性がいたことを。

 それだけが、今、彼が魔王に捧げられる唯一のものだった。

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