第19話 因果応報
「こ、こは……」
気がつくと、カミラは自分が身動きできないことに気がつく。しかし、それは魔術的な要因ではなく、物理的な要因。
即ち、断頭台に繋がれていたためである。
「ようやくお目覚めですか」
前方から声がしたかと思うと、そこには腕を後ろで組んでいるアベルがいた。
首と両手首を完全に固定された状態で、カミラは睨みつけながらアベルに言い放つ。
「どうして、わたしの右手と左足が治っているのかしら」
「無論、私が治したからですよ。それ以外に何か、考えられますか?」
「……なる程。わたしにより苦しみを味あわせるために、わざと治したということですのね。それで? 今度は首を刎ねようというわけですの?」
「おや。まだその程度の口を聞けるくらいは、元気があるようですね」
「黙りなさい。こんなことで、首を斬ったところで、わたしがどうにかなるとでも……」
カミラの言葉に、アベルは首を横に振った。
「首を斬る? 確かにその格好からすれば、そう捉えられるのも無理ないですね。ただ、残念なことに、私の目的は首をはねることではありません。その格好にすることで、貴方の視界を少し固定させてもらうためです」
「? それは、どういう―――」
刹那。
カミラの足の指先が、鋭い何かによって切り裂かれた。
「―――っ!?」
視界が固定されてしまっていることで、一瞬何が起こったのかが理解できなかった。いや、理解はできても、納得ができない、といったところか。
「どうして……どうして、この程度のことで、痛みを……!?」
そう。指先が切り落とされる。その程度のことで、自分がこんなにも痛みを感じるはずなどないのに。
彼女は吸血鬼。血をすすり、夜を生きる不死鳥。どんな傷をつけられても、即座に回復するし、それこそ、剣で切り裂かれても、その痛みなど蚊に刺された程度のものでしかない。
だというのに、今の彼女はこれまでに感じたことがない苦痛を味わっていた。
その理由は、やはり目の前の男。
「貴方の痛覚を数百倍にはねあげました。吸血鬼であろうと、今の貴方が感じる痛みは尋常ではないでしょう。加えて、視界を固定していることによって、貴方にはいつ刃が来るのかが分からない。分からないというのは、恐怖に直結する。それが、己に害をなすモノ、行為であるのなら、尚更だ」
苦痛を数百倍まで上げたうえに、視界を固定するということで、さらに恐怖を増幅させる。地味ではあるが、しかし彼女にはこれ以上ない程の罰とも言えるだろう。
即座に傷を治癒し、痛みなど当の昔に無くした怪物。
そんなどうしようもない存在には、丁度いいやり口だ。
「安心なさい。今の程度では、死にはしません。少しずつ。それこそ、足の指を全て切り落とし、そこからさらに足の親指程の長さで徐々に切り刻んでいきます。本来なら、出血多量ですぐに死にますが、まぁ貴方は吸血鬼なので、そうはならないでしょうが」
通常の人間ならば、体内にある血の三分の一が抜けてしまえば、死んでしまう。いいや、そもそもこの方法であれば、そうなる前に痛みによるショックで死んでしまう方が先だ。
だが、ここにいるのは、幸か不幸か、人間ではない。そして、その機能は不完全ながらも、未だ働いている。彼女の不死性、治癒能力。今まで、絶対的な立場であるために使用されてきたものが、今、この場においては彼女を苦しめるためだけに使われていた。
「こんな、程度で―――!!」
「ええ。この程度で、貴女はどうにもならない。いえ、なっては困ります。何せ、貴女にはあの街の人々が味わった苦しみ、そして絶望と同等のものを味わってもらわなければならないのですから」
刹那、再び鋭い何かが、カミラの肉を切断した。
「ぎっ―――この―――」
吸血鬼が何か言葉を告げようとした刹那、見えない刃が彼女を切り裂く。
「がぁ、あ……ふざ、けるな……こんなも―――」
罵倒の言葉と共に、肉が切りさかれる。。
「ぎ、ぃ……や、め……」
静止の言葉は聞き届けられず、肉が切り裂かれる。
切り裂かれる。
切り裂かれる。
切り裂かれる。
「がぁ、あぁ、ぁあああっ、がぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫が、周囲に響き渡る。当然だろう。いくら吸血鬼とはいえ、今の彼女は蚊に刺されただけでも激痛を感じる身。それが足の指、踝、踵、脛、膝、太ももまでを、まるで料理で肉を薄く切るかのように、細かく切り下ろされれば、絶叫どころの話ではない。
カミラは、身体を必死に動かそうとするものの、しかしそれでもしっかりと固定されている両手は動かず、首から下も誰かに押さえつけられているかのように、全く動くことができなかった。
誰がどう見ても、地味な構図。そしてやり口も傍目からすれば、地味なやり口。
だが、やられている当の本人からすれば、首を切り落とされるよりも、遥かに恐怖を感じる代物だった。
そして、だ。
「あ……ぇ……」
最早、喋ることすらままならないカミラ。その身体は、既に下半身が無くなっており、断頭台の拘束具から上半身がだらりとぶら下がった状態だった。
そんな姿で、未だ生きていること。それが彼女が人外の存在であるという証明。
だが、それもここまでだ。
ふと見上げえると、そこには片手に斧を持ったアベルが立っていた。
「さて。そろそろ『次』に行きましょうか」
刹那。
その短い言葉が終わると同時、鋭い刃はカミラの顔面を真っ二つにし、彼女の視界は暗転した。
*
目を覚ますと、そこは逆さの世界だった。
否。これは世界が逆さなのではない。
自分が逆さまになっているのだ。
「なに、これは……」
まただ。いつの間にか、場所が変わっている。先程まで断頭台の上にいたというのに、今度はどこかの地下室に逆さ釣り。
いや、それはこの際置いておく。重要なのは、さっきのあの出来事。
カミラは確かに覚えている。忘れられるわけがなかった。あの感触、あの苦痛。そして、最後のあの一擊。夢などでは断じてない。
吸血鬼・カミラは、今先程、確かに拷問を受け、死んだはずだ。
となれば、考えられるのはただ一つ。
「まさか……幻術?」
「いいえ。そんな生易しいものではありませんよ」
やはり、というべきか。口にした疑問に答えたのは、逆さになっている……いいや、そういう風に見えるアベルであった。
「ここは、私が作り出した亜空間、云わば、私の世界です。ここでは風景も場所も、私の思うがまま。まぁ、大量の魔力を使いますし、手間も時間もかかる代物。それを即席でやったものですから、不完全なものですが、それも問題ありません。貴方を殺し尽くすにはこれくらいが丁度良いでしょうし」
「殺し、尽くす……?」
「言ったでしょう? 貴方には、街の人々が味わった苦しみ、そして絶望と同等のものを味わってもらうと」
「でも、まって、だって、私……」
「さっき死んだ、と? ええそうですね。先程、貴方は確かに死んだ。だから、私が蘇らせた。言ったでしょう? ここは私の思うがままの世界。ここで死んだ者ならば、私は何度だって蘇らせることができるし、殺すこともできる」
無茶苦茶だ。
確かにカミラやその仲間は、人間を超えた存在。その主に至っては言うまでもない。だが、こんな馬鹿げた能力など、聞いたことがないし、見たことがない。
ゆえに、有り得ない。ありうるはずがない。
だというのに、現実は、カミラをどこまでも引き離さない。
「さて、次はどんな死に方がお好みですか? 圧死、凍死、焼死、爆死、餓死、水死、感電死、窒息死、轢死……どんな死でも貴方に最大限の苦痛を味あわせた上で、お送りしましょう。安心してください。どうやれば一番効果的に苦しみ、もがき、死ぬのか。以前の仕事で、それは熟知していますから」
言い終わると同時。突然アベルの足元に複数の何かが落ちる。
一つひとつ、それらの名前を言っていくのは面倒だし、意味がない。ただ一つ言えることがあるとすれば、その全てが、人を殺す道具であるという点。
それが何を意味するのか、子供でも理解できる。
「では、続けましょうか。地獄はまだ、始まったばかりですよ?」
どこまでも冷たく、どこまでも鋭い視線と言葉。
それらを受けて、カミラはようやく自覚した。
自分は、目の前の男を、心の底から『怖い』と感じていたのだ、と。
だが、それに気づいたところで、もう遅い。
彼女の末路は、まごうことなき、絶望なのだから。
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