第11話 そのへんのスライム

 ワーラビットの村で歓待を受けた後、ユーキたちは再び東へ向け出発した。長旅の疲れが取れたので足取りは軽い。馬も干し草を腹いっぱい食べたので元気そうだ。

 それでも1日で平坂府に着くわけではない。今日も野宿である。村からもらった保存食に、針と皮を削いだサボテン、それとユーキが狩ってきた野ウサギと一角兎アルミラージを夕食とした。


「うーん」


 アルミラージを解体していると、ユーキが妙な声で唸り始めた。


「どうした? 調子が悪いのか?」

「ウサギだよねえ」

「ウサギはこっちだ。そっちはアルミラージ」


 スツェリは自分の手元にある野ウサギの死体を指し示す。


「そうじゃなくて、角が生えてるのにウサギはウサギなんだなあ、って」

「いや、結構違うぞ。アルミラージの肉は少し固いし、辛味もあるが、野ウサギよりも腐りにくい」

「なんでそうなるの?」

「ウサギは獣で、アルミラージは魔獣だからな。魔力の味がついている」


 言葉を喋らない野生動物の中で、魔力を使う生き物のことを魔獣と呼ぶ。アルミラージや魔界デスラットのように、普通の獣に似た魔獣もいれば、バジリスクやデスワームのように特徴的な姿を持つ魔獣もいる。


「これ、食べて大丈夫なの?」

「ああ。アルミラージに毒はない。むしろ辛さがいいアクセントだ」


 食べられるかどうかも獣同様、種族による。魔界デスラットやマタンゴは病気や毒を持つから注意が必要だ。

 だが、ユーキが聞きたかったことはそれではない。


「いや、そうじゃなくて。さっきの村の人たちの仲間とかじゃないの、これ?」


 あのワーラビットの村人たちの頭には、野ウサギやアルミラージから生えている耳と同じものが生えていた。

 趣味と実益を兼ねて人を殺しているユーキでも、食人まではやらない。むしろ、殺人前後に不必要に痛めつけるのは嫌っている。

 このアルミラージも人なのでは、と考えると、捌く手も鈍るというものだった。


「ふむ。ユーキくん、このアルミラージは喋ってたかい?」

「へ? いや、別に……?」

「それが答えだ。言葉を話せない生き物は魔族ではない」


 獣と魔獣を分かつものが魔力であるなら、魔獣と魔族を分かつものは言葉である。人の言葉は魔界の魔力によって全て訳されるので、逆説的に言葉を喋れない生き物は人ではないと判断されるのだ。たとえオーガのように四肢を持ち、簡素な武器を使う程度の知能を持ち合わせていたとしても。

 もしも、魔界に最初に来たカマクランが言葉を喋れなかったら、それ以降のカマクランは全て魔獣とみなされ、奴隷にもされずに駆除されていただろう。もっとも、カマクランの蛮行は魔獣をはるかに上回る被害を出しているのだが。


「そっかあ……」

「だから安心して食べるといい。うまいぞ」


 ユーキは納得したようで、この後の調理はつつがなく進んだ。

 捌いた後は串に挿して火で炙る。肉の色が変わり、脂が滴り落ちるようになったら、野ウサギとアルミラージの串焼きの完成だ。ユーキたちは早速かぶりつく。


「はっふ、ほっふ……」

「からーい!」

「パンと一緒に挟むといいぞ」

「米が欲しいなあコレ」


 まだまだ調味料は発展途上な鎌倉時代、ピリ辛という概念には誰もが等しく驚いた。賛否両論あったものの、最終的には「米が欲しい」で意見が一致した。


「君たちいっつもそれだな……」


 唯一、魔力の辛さに慣れているスツェリは、アルミラージで一番うまい足の肉を存分に味わっていた。脂と辛味が胃にスーッと染み渡る。うまい。


 そうして串焼きとパンを味わい、保存食のドライフルーツにこれまた舌鼓を打って、夕食が終わった。

 それからのんびりと片付けをしている時に事件は起きた。

 アルミラージの骨を土に埋めていたスツェリは、ユーキが暗闇に向かってじっと視線を向けていることに気付いた。


「どうした?」

「なんかいる」


 ユーキの真剣な表情を読み取ったスツェリは、長剣を手に取った。


「人数は?」

「……ううん?」


 首を傾げながら、ユーキは弓矢を手に取る。

 やがて、それが明かりの中へ入ってきた。


「なんだ、スライムか」


 現れたのは、手足も顔もない、緑色のゼリー状の魔獣。スライムである。大した魔物ではない。

 ところがユーキは、難しい顔をしたまま弓を引いた。


「強敵だ……!」

「えっ」


 スツェリが問う間もなく、ユーキはスライムに矢を放った。矢はスライムのど真ん中に突き刺さる。しかし、矢はうねるスライムに押し出されて地面にこぼれてしまった。当然、スライムには傷ひとつついていない。

 更にユーキは矢を撃ち込むが、どれも同じ結果に終わる。スライムはユーキの攻撃を気にも留めず、うにょりうにょりと這い回っている。


「おーい、ユーキくん?」

「うー! こうなったら……!」


 ユーキは弓を置き、大太刀を抜いた。場違いに物騒なものを持ち出され、思わずスツェリは後ずさった。


「いやちょっと!?」

「ふんっ!」


 ユーキは踏み込み、スライムへ向けて大太刀を突き出した。切っ先がスライムのど真ん中に突き刺さる。しかし、スライムはうにょりと垂れて、刃から滑り落ちてしまった。

 更にユーキは大太刀を振るい、スライムを滅多切りにするが、パシャパシャと粘液が跳ねるだけでスライムにはダメージが入らない。当然だ。スライムは生きた液体、水を切っても元に戻るように、矢を撃ち込んでも刀で斬っても意味がない。


 ユーキはしばらくスライムと格闘していたが、結局スライムにまともなダメージを与えることができなかった。

 ぜえぜえと肩で息をするユーキの前で、スライムは平然と這いずり回っている。


「ユーキくん、君、まさか……」

「もうちょっと! もうちょっと待って! 完全に入れば真っ二つなんだから!」


 強がってはいるが、ユーキはもうヘロヘロだ。これではまともに刀を振れないだろう。仮に振れたとしても、このままでは永遠にスライムにダメージは与えられない。

 呆れ果てたスツェリは、焚き火の側にいた彦三郎から燃えさしを受け取るとユーキの前に出た。


「あ、ちょっと! 危ないよ!?」

「見てろ」


 スツェリは普通に歩いてスライムに近付くと、燃えさしをスライムに押し付けた。じゅうっ、と音がして、スライムはみるみるうちに蒸発してしまった。

 振り返る。ユーキは心底驚いた顔で、あんぐりと口を開けている。それがまた可愛いのだが、今のスツェリには呆れの感情の方が勝っていた。


「君、スライムの対処法を知らなかったのかい?」

「知らないもん、あんなの……」

「スライムは物理攻撃が効かないが、それ以外なら何でも効く。魔法を使えば何でも一発だし、魔法が使えなくても、こうやって火を押し付ければ蒸発する。魔界なら3歳児でも知ってることだぞ」


 スライムとは、一定以上の濃度の魔力を含んだ水が、動き回るようになったものである。発生条件はゆるく、都市や農村の水路にも湧くほどだ。

 そのため魔族は誰でもスライムの倒し方を知っている。すなわち、火を押し付けて水を蒸発させるか、空の魔石を投げつけて魔力を吸い取るというものだ。

 やり方さえ知っていれば魔法を使えないカマクランでも倒せる。彦三郎が焚き火の燃えさしを持っていたのは、いざとなったらスライムを焼くつもりだったからだろう。


「……ひょっとして、スライムに負けたことがあるのか?」

「負けてないもん! ただちょっと、倒せなかったからどっか行くまで目が離せなかっただけで……」


 しかしユーキはスライムへの対処法を知らなかった。スツェリに会うまでは出会う魔族を皆殺しにしていたから、教える人が誰もいなかった。

 オークの群れをものともしないカマクランが、スライム一匹に大騒ぎ。その様子がなんだか可愛らしくて、スツェリは思わず笑ってしまった。


「笑わないでよ!?」

「いや、すまんすまん。……しかしあれだな。これは、私がいろいろと魔界のことを教えてあげたほうがいいかもなあ」


 殺しに狂ったカマクラン以外の一面を見せられると、自分たちと同じ生き物なんだと実感する。そうなると、見た目の可愛さもあいまってどうにも面倒を見たくなってしまう。

 平坂府までの短い間とはいえ、道すがらいろいろ語って聞かせるのも悪くなさそうだ、と思うスツェリであった。

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