第24話 古戦場のゴーレム
「通っていない?」
『奈落の大橋』。魔王国中央部と東部を隔てる大峡谷。そこに唯一掛かった橋である。
関所を訪れた
「カマクランの奴隷を10人ほど乗せた馬車じゃ。通っていないはずがなかろう」
「しかし、誰もそんな馬車は見ていないというのです」
ワーウルフの守備兵長はそう答えたが、アーダマには信じられなかった。
「そんな訳あるか。貴様らの目は節穴か? 何のための守備隊じゃ、まったく」
「お言葉ですが。ここに辿り着く前に捕縛、もしくは魔獣に襲われ壊滅したという可能性も十分にありますよ」
「オーガ5体を屠り、オークの盗賊団を壊滅させる連中じゃぞ。野垂れ死ぬわけがあるか」
アーダマの言葉を聞いたワーウルフは溜息をついた。
「ここまで来ずに引き返して、どこかに隠れ潜んでいるかもしれませんね。
閣下に連絡いたしましょう。恐らく、周辺の領主に通達して、捜索させることになると思います」
――
悪党を倒した翌朝、特に夜襲などを受けることもなく目を覚ましたスツェリたちは、改めて平坂府へと出発した。
悪党の首が化けて出るようなことはなかった。
しばらく進むと周りの岩山が減り、代わりに錆びついた金属塊がいくつも転がる荒野に出た。どう見ても自然のものではない。不思議に思ったユーキはスツェリに尋ねた。
「スツェリさん、あれなあに?」
「多分……ゴーレムの残骸だな。そうか、ここが『鋼鉄の古戦場』か」
「ゴーレム?」
「ああ。魔法で命令を与えられて動く物体だ」
屋根の高さを飛んでいくレンガから、人と同じように振る舞う木製人形まで、魔術で動く非生物はすべてゴーレムと呼ばれる。
ゴーレム魔術は魔界では欠かせないものだ。たくさんのレンガに魔術をかけて家の形になるように命令したり、箒に魔法をかけて掃除をさせることもできる。中には楽器に魔法をかけて、無人のオーケストラを作った魔術師もいた。
この魔術はとにかく便利で汎用性が高い。命令が複雑になると1体作るのに数日掛かるとか、適正を持つ人が非常に少ないだとか、そういう欠点こそあるものの、ゴーレム魔術師になれば仕事に困ることはないと言われている。
そして当然、ゴーレム魔術は戦争にも使える。岩に魔法をかけて敵陣に突っ込ませたり、地面に魔法をかけて即席の土塁にしたり、相手の城の壁に魔法をかけて崩したりと、様々なことができる。
だが、やはり一番ポピュラーな使い方は、鉄の人形を命無き兵士にすることであろう。恐れを知らず、命令に逆らわず、水も食事も必要ない理想の兵士を何十体も作り出せる。
そうしたゴーレム同士がぶつかり合う戦争が、この『鋼鉄古戦場』であったと言われている。"言われている"というのは、あまりにも古い戦争すぎて魔族の誰も覚えていないからだ。ただ、荒野一面に広がるゴーレムの残骸が、凄まじい戦争があったことを現代にまで伝えている。
なお、残っているのは
「すっごいねえ……これだけ鉄があれば、太刀を何百本作れるかな?」
スツェリから説明を聞いたユーキは、感心したように辺りを見回した。錆びついているとはいえ鉄は鉄。溶かせばいくらでも再利用できる。事実、冒険者たちが採集する金属資源は魔王国の経済を大いに支えている。
「ああ。だが、無事に採集できれば、の話だがな」
「え? 何、危ないの?」
「ああ。ほら、あれを見ろ」
スツェリは荒野の一角を指差す。そこには、錆びつきながらも両足で立っている鋼鉄の人形の姿があった。しかもゆっくりと歩いている。
「うわっ、凄い。本当に歩いてる!」
「アイアンゴーレムだ。ああいう、まだ動くゴーレムを発掘してしまうと大変だぞ。鉄の塊に不意打ちされるのだからな」
野良ゴーレムに襲われて亡くなるスカベンジャーは後を絶たない。ゴーレムを拾って一攫千金、などという甘い話は魔界には転がっていないのだ。
さまよい歩くアイアンゴーレムに、別のゴーレムが近付いて殴りかかった。ガコン、と金属同士がぶつかり合う音が荒野に響く。
新たなゴーレムは錆びついた茶色ではなく、透き通るような銀色をしていた。錆びておらず、立ち姿も洗練されていて、アイアンゴーレムよりも強そうだ。
「あれは?」
「ミスリルゴーレムだ。鉄よりも強靭で、軽く、魔法も弾く」
スツェリの解説通り、ミスリルゴーレムはアイアンゴーレムからの反撃をものともしていない。
だが、ミスリルゴーレムの背後から、赤いゴーレムが蹴りかかった。飛び蹴りを受けてミスリルゴーレムが吹っ飛ぶ。赤いゴーレムは体の所々から火を吹いて、その反動で加速しているようだった。
「あれは?」
「ルビーゴーレムだ。炎の魔法を使わせようとしたんだろうな。強度はともかく、魔法を使えるのは強いぞ」
ルビーゴーレムは炎を吐き出し、アイアンゴーレムもミスリルゴーレムも溶かしていく。2体まとめて合金になった。
勝ち誇るルビーゴーレムを、盛り上がった砂が飲み込んだ。ルビーゴーレムは炎を吹き付けるが、砂はまるでダメージを受けない。
「あれは?」
「サンドゴーレムだ。……色々出てくるな。『鋼鉄古戦場』がこんなに賑やかだったなんて、聞いてないぞ?」
サンドゴーレムに別の人影が迫る。鎧兜に身を固めた、常人の3倍近い背丈がある人型だ。
「に、肉ゴーレム……?」
「違う、
タイタン。オーガに似た巨人種だが、魔獣のオーガとは違い言葉を喋る、れっきとした魔族である。
タイタンは手にした斧でサンドゴーレムを殴りつける。斧の刃がサンドゴーレムに食い込むと、中心に取り付けられた魔石が輝いた。すると、刃から大量の水が溢れ出した。水を含んだことでゴーレム術式に負担が生じ、サンドゴーレムが激しく身悶えする。
続いて魔術の光がサンドゴーレムを包み込む。すると、塗れた砂から雑草が急激に生えてきた。スツェリたちのいるところからは見えないが、タイタンとは別に魔術師がいるらしい。ゴーレムを動かす魔力を栄養として雑草がどんどん伸びる。
泥と雑草まみれになったサンドゴーレムは、術式を保てなくなりとうとう崩れ落ちた。核になっていた魔石を持ち上げたタイタンが、姿の見えない魔術師に向かって親指を立てる。
「冒険者が戦っていたのか。どうりで賑やかなわけだ」
彼らのように、野良ゴーレムや魔獣、アンデッドを倒してその素材を売買する人々のことを冒険者と呼ぶ。魔界の生産や経済には欠かせない存在だ。冒険者という呼び名は、魔界のほとんどが未開の地であった頃の名残であると伝えられている。
「……ユーキくん、手を出すんじゃないぞ」
弓を手に飛び出そうとしたユーキの袖を、スツェリが引っ張る。
「えー?」
「向こうはこちらに気付いていない。このまま離れよう」
「首……」
「我慢しなさい。昨日、悪党を斬ったばかりでしょう?」
スツェリの言うことに渋々従うユーキ。スツェリは馬を進める。タイタンたちの姿は丘の影に隠れて見えなくなった。
少し進むと、やたらと光り輝くゴーレムの残骸があった。水晶のように透き通っている。
「あれなあに?」
「ガラスゴーレムだ、多分。意味あるのか……?」
ガラスゴーレムの残骸は、半分ほど砕けている。ガラスだから当たり前だ。誰がこんな脆い素材でゴーレムを作ろうとしたのだろうか。
「いろんなゴーレムがあるんだねえ」
「やろうと思えば何でもゴーレムにできるからな。術式を付与する難しさとか、費用の問題はあるが」
「木もゴーレムにできるの?」
「ウッドゴーレムだな。もちろんあるぞ。貴族が自分の財力を見せびらかすために作ることもある」
「剣も?」
「あるな。ゴーレム魔術で剣を宙に浮かせて戦う貴族の話を聞いたことがある」
「それじゃあ、肉も?」
その質問には、スツェリは難しい顔をした。
「それだけは、ちょっとな」
「え、それはダメなんだ」
恐らく聞いている意味がわかっていないのだろう。ユーキが首を傾げているので、スツェリは説明してやる。
「ユーキ君。肉の材料は何だい?」
「うーんと、牛とか馬とか鳥とか、生き物」
「そうだ。ではゴーレムはどうやって作るか、覚えているか?」
「物に魔法をかけるんでしょう? さっき言ってたから、覚えてるよ」
当然だ、という風に答えるユーキ。もちろんそれで正解だ。ただ、知識と知識を繋げられていない。
「ではもう一つ覚えているか? 魂を失った死体に魔力が溜まると、どうなるかを」
「……あ」
スツェリの一言で、ユーキの知識と知識が繋がった。
「化けて出る……アンデッド、だっけ」
「そうだ。肉や骨、革といった、かつて魂が宿っていたものにゴーレム魔術をかけると、アンデッドになってしまうんだ」
例えば市場で買ったベーコンにゴーレム魔術をかけて店まで運ぼうとすると、ベーコンはアンデッド、ゾンベーコンになってしまう。
ゾンベーコンはアンデッドなので生前の本能に従って草を食べようと、近くの香草売りの屋台へ突っ込む。
駆けつけた魔術師が
そんな笑い話が魔界では有名であるが、これが魔族や魔獣の死体であれば笑えない。魔力を枯渇させるか除霊魔法をかけない限り、アンデッドは切り刻んでも叩き潰しても動き続ける。それまでに大勢の人が襲われ、甚大な被害が出てしまうだろう。
「死体を魔法で操るなら、
まず魔界において死体を手に入れるのが大変だ。アンデッド避けの呪文を掛けた死体はネクロマンシーには使えないし、そうでない死体はすぐに野良ゾンビやゴーストになってしまう。
必要な魔力もゴーレム魔術に比べて多い。石を飛ばすよりも死体を歩かせるほうが動きは複雑で、注ぎ込まなければいけない魔力が増える。コストパフォーマンスが悪いのだ。
それらの問題をクリアしても、生前以上の仕事ができないという最大の欠点がある。箒のゴーレムは掃き掃除ができるが、オークゾンビは箒がないと掃き掃除ができない。それなら箒にゴーレム魔術をかけるか、近所のオークを金で雇って掃除させた方が楽だし早い。
「結局生きた魔族を使った方が早いから、ネクロマンシーは本末転倒なんだよ。使うとしたら、新鮮な死体が手に入って、十分な魔力があって、死体でもいいからたくさんの人手が欲しい。そういう人間だな」
「……例えば?」
「……思いつかないな」
ネクロマンシーなんてものがある以上、誰かが使っているは間違いない。しかし、誰がどんな目的で使う必要があるのか、スツェリにはさっぱり思いつかなかった。
――
『鋼鉄古戦場』はグゼル・パヴェレツ子爵の領地である。彼女は冒険者たちからゴーレム素材を買い取り、魔王国各地で売り捌くことで莫大な利益を上げている。
これを快く思っていないのが、隣の焦熱伯ジャルディーンだ。何かと理由をつけてグゼルに嫌がらせをし、『鋼鉄古戦場』の利権を奪おうとする。これに対してグゼルは時には金貨の山で領境の村を買収し、時には親の屍山公マナフ・パヴェレツを動かし、どうにか均衡状態を保っていた。
そんな時に起きてしまったのが魔寇である。ザッハークが討たれ、
『鋼鉄古戦場』も例外ではない。グゼルは今日も領地に入り込んだカマクランを討伐して回っていた。
「10体。これで全部か? 全部じゃな」
足元に転がるカマクランの死体を数えた少女が溜息をついた。
金の長髪を夜風になびかせる、美しい少女である。シルクのように白い顔にはシミひとつなく、赤い瞳は星のように輝いている。身に纏う黒いドレスは金糸と宝石で飾り付けられていて、彼女が高貴な身分であることを示している。
そして彼女の口元には、美貌を汚すかのように赤い血がべっとりとついていた。
「カマクランどもめ、次から次へと性懲りもなく……このグゼル・パヴェレツの恐ろしさがまだわからんのか」
彼女こそがグゼル・パヴェレツ。屍山公マナフ・パヴェレツの三女。『鋼鉄古戦場』の経営者。若輩ながらも焦熱伯ジャルディーンと鎬を削る才女である。
彼女の周りには数十人の兵士が控えている。種族も装備も雑多であるが、奇妙な統一感がとれている。
グゼルの元へ1匹のコウモリが飛んできた。魔法で操っている使い魔だ。コウモリがグゼルの耳元でささやくと、グゼルはまたしても深々と溜息をついた。
「またしてもカマクラン。一晩に2組とは、ジャルディーンは何をしておるんじゃ」
増え続ける仕事に頭を抱えたくなるが、代官たるもの愚痴ってはいられない。
「まあこれも貴種の務めか。ほれ、起きぬか」
少女が指を鳴らす。すると、足元で倒れていたカマクランたちが起き上がった。
首を噛みちぎられている。胸に穴が開いている。腕を引き裂かれている。胴をえぐられている。その他様々な方法で損壊させられている。とても生きているとは思えない。
しかしカマクランたちは自らの足で歩いている。
鎌倉武士のアンデッドである。そして、彼女の周囲に控える兵士たちも皆、アンデッドであった。
「次の狼藉者を探しに行くぞ。お主ら、ついてこい」
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