第25話 カマクランのゾンビ

 『鋼鉄古戦場』を進んでいるうちに日が暮れた。スツェリたちはゴーレムの残骸の陰で野営することにした。

 焚き火はない。この辺りは本当に不毛の地で、野魔ベリーはおろかわずかな雑草も生えていないからだ。幸い、2つの月はどちらも満月。月明かりで視界には困らなかった。


 ユーキはゴーレムの残骸に寄りかかって座り、寝ずの番を務めていた。夜半にはまだ早い。スツェリは少し離れたところで剣を抱えて眠っている。その向こうでは彦三郎たちが毛布にくるまって寒さを凌いでいる。

 魔界の夜は寒い。昼間は汗をかくほど暑いのに、夜になると上着が欲しくなるほど冷え込む。おまけにこの『鋼鉄古戦場』は風が強く、刺すような冷たさが首筋に吹き付ける。ユーキも風を凌ぐために毛布をマントのように体に巻き付けている。


 不意にユーキが顔を上げた。毛布を脱ぎ、視線で左右を探る。音がしないように静かに弓を手に取り、矢筒から矢を取り出した。

 ユーキは立ち上がり、ゴーレムの残骸から離れた。忍び足で辺りを探る。時折足を止め、風の中に響く音に耳を澄ませる。

 やがて微かな足音を捉えた。獣ではない。人の足音だ。それも、具足を身に着けた甲冑武者が複数。


 残骸の陰からそっと顔を出した時、ユーキは足音の主を見つけた。鎌倉武士カマクランが3人、少し離れた所を歩いている。大鎧よりも簡素な胴丸を着込んだ武者が1人と、更に簡素な鎧の腹当をつけた郎党が2人。身分は高くないようで、兜も大袖ショルダーシールドも着けていない。


 ユーキはにんまりと笑って、弓に矢を番えた。今日は誰も殺せてなくて、機嫌が悪かった。このまま眠れるかどうか不安だったが、これで一安心だ。


 矢を放つ。風が強いが、エルフの弓はそれに負けない強い矢を放ってくれる。肩を射抜かれた郎党が吹き飛んだ。残り2人が驚いた様子でユーキの姿を探す。

 その間にもう一射。胴丸を着込んだ武者の頭を射抜く。残りは郎党1人。ユーキの姿に気付いて駆け寄ってきたが、手遅れだ。三射目は腹当を貫き、心臓を抉り取った。


 これで終わり、かと思いきや、最初に肩を射抜かれた郎党が立ち上がって突進してきていた。肩に刺さった矢を抜こうともしない。

 たかが郎党のくせに気合が入っている、と感心しながら、ユーキは弓を射る。矢が鎧を貫き、郎党の腹に深々と突き刺さった。それでも郎党は止まらない。続いて放った矢が眉間を貫き、ようやく郎党は仰向けに倒れた。


 その後ろから、頭を射抜かれた武者が太刀を振り上げて襲いかかってきた。


「えっ!?」


 驚いたユーキは後ろへ飛び、振り下ろされた太刀を避ける。太刀は空を切ったが、確かな力強さがあった。瀕死の人間の太刀筋ではない。いや、そもそも頭を射抜かれたなら死んでいるはずだ。

 ユーキは弓を投げ捨て、大太刀を抜きながら相手の様子を確かめる。矢は確かに頭に刺さっている。加えて、喉が獣に食いちぎられたかのように抉れている。肌は土色で死体のよう、いや、死体そのものだ。それが生きているかのように動いている。


「死んでる……のに……!?」


 アンデッド。魂無き体に魔力が入り込んだものを、ゾンビと呼ぶ。昼間にスツェリから聞かされた言葉をユーキは思い出した。


 ゾンビ鎌倉武士カマクランが斬りかかってくる。ユーキは横に避け、首めがけて大太刀を振り上げる。アンデッドの動きは遅い。防御は間に合わず、首が斬り飛ばされた。しかし体は倒れない。さらに刀を振り回してくる。ユーキは飛び退り、刀の範囲から逃れた。

 首無しのカマクランは周りが見えていない。ユーキが離れたのにも気付かず、闇雲に刀を振り回している。地面を転がる首の方は動かない。切断したらアンデッドが2体に増える、ということはなさそうだ。


「死んでるのに動いてるんじゃないよ……!」


 ユーキは振り返り、大太刀を掲げる。心臓を射抜かれたゾンビカマクランがすぐそこまで迫っていた。振り下ろされた太刀をしっかりと受け止める。

 太刀を弾き返し、がら空きの胴へ大太刀を叩き込む。胴が両断されたが、それでもゾンビは止まらない。足を狙った太刀を後ろに飛んで避け、ユーキはゾンビの肩へ太刀を振り下ろした。太刀を握った腕が切断される。

 ゾンビはまだ動いているが、両足と片腕を失ってはまともに戦えない。無様に這いずり回るだけだ。


 これで2体を無力化した。残るは1体、眉間を撃ち抜かれたゾンビカマクランだ。声にならないうめき声を上げ、ゾンビは太刀を振り上げユーキに襲いかかる。斬撃を避けたユーキは、ゾンビの頭へ大太刀を振り下ろす。


「死んでなよっ!」


 頭蓋骨を真っ二つにされるゾンビ。だがまだ動いている。頭が割れてもお構いなしに、ユーキを殺そうと武器を振り回す。


「わあああっ!?」


 頬を引きつらせたユーキは、悲鳴を上げて太刀を叩き込んだ。首を、肩を、膝を、肘を、胴体を、手当たり次第に斬りまくる。ゾンビは倒れ、武器を握った腕も吹き飛ぶが、それでもユーキは攻撃を止めない。


「死んでなよ! 死んでるんだからさあ、動かないでよ! おかしいでしょ! 僕は生きててお前は死んでるんだから! どっちが死んでるかわからなくしないでよっ!」


 半狂乱になりながら、ユーキは何度も大太刀を振り下ろす。背骨を断ち切ろうと、腹当に刃が阻まれようとお構いなしだ。何としても殺そうと、相手が死んでいることを証明しようと大太刀を叩きつける。

 やがてゾンビの動きが止まった。もはや人体だったと思えないほど原型を留めていない。1体は動かなくなった。しかし、少し離れたところでは首無しゾンビが相変わらず刀を振り回しているし、地面に転がるゾンビはまだもがいている。


「うっとうしいなあ、もう……!」


 そんなゾンビたちを忌々しげに睨みつけるユーキ。


さえずるな、小童こわっぱ


 背後から女の声。聞き慣れたスツェリのものとは声色も口調も違う。

 振り返ったユーキの眼の前にいたのは、金髪の少女だった。瞳の色は赤。肌は白磁のように白い。黒地に金糸で細かく刺繍し、宝石で飾り付けたドレスが夜闇に映えている。

 世辞抜きで絶世の美女と言ってよい美貌を、背中に生えたコウモリの翼と、口元を濡らす鮮血が汚している。


 ユーキは振り返りざま大太刀の斬撃を放った。既に相手は間合いの中。避けられないはずだったが。


「狼藉者め」


 少女は大太刀を指先で掴んで止めた。紙切れを掴むかのように、軽々と。信じられない光景を目の当たりにして、ユーキは目を見開く。


「なっ……!?」

「このグゼル・パヴェレツに剣を向けるとは。可愛らしい小童といえど、カマクランはカマクランかよ」


 グゼルと名乗った少女は、薄笑いを浮かべた。その笑顔に怖気を覚えたユーキは、大太刀を引き戻そうとするが動かない。


「くっ……!」

「どうした? 押すか引くかしなければ格好がつかんぞ?」


 グゼルが煽るが、押しても引いても大太刀はびくともしない。岩に刺さってしまったかのようだ。少女の細腕、それも指先だけの力で完全に制されている。


「ほれ」

「うわっ!?」


 不意にグゼルが大太刀を引き寄せた。柄を握っていはユーキが引き寄せられ、グゼルの胸の中に頭から飛び込む形になった。


「おうおう、い奴よのう。痛くないか?」


 あざけるグゼルがユーキの頭を掻き抱く。ユーキは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして振りほどこうとするが、やはり力で抑え込まれる。


「まあこれから少し痛くするが……じっとしておれば一瞬じゃ。我慢せえよ?」


 そう言うと、グゼルは牙を剥いて笑った。血に濡れた鋭い犬歯が顕になる。

 暴れるユーキを胸元に押さえつけたまま、少女はユーキの白い首筋に唇を、牙を近づける。犬歯の先端が肌に触れる、その寸前で。


「……うん?」


 グゼルは動きを止めた。牙を収め、代わりに鼻先をユーキの首筋に近付ける。


「な、なんだよ……?」


 ユーキは相変わらずもがいているが、不審な挙動をとるグゼルに困惑する。

 やがて顔を離したグゼルは、ユーキの髪を引っ張ってむりやり上を向かせた。


「服従せよ、ポスルシュノスト」


 グゼルはユーキの目を覗き込み、呪文を唱えた。赤い瞳の輝きを受けると、暴れていたユーキの体から一瞬で力が抜けた。

 それからグゼルはユーキの体を解放する。自由になっても、ユーキは手にした大太刀を振り回しもせず、口を半開きにしてぼうっと立っている。


「座れ」


 グゼルが一言命じると、ユーキは大太刀を地面に突き刺して正座した。


「何じゃその変な座り方は。普通に座れ」


 グゼルが命じるが、ユーキは動かない。これがカマクランの普通の座り方だ。

 諦めたグゼルは、改めて質問を始めた。


「お主の名前は?」

結城ゆうき孫七まごしち宗広むねひろです! 老僧男女、一切合切……」

「急に元気になるな。どこから来た?」

下総国しもうさのくに

「……カマクランか。カマクランじゃろうな。しかし……」


 悩む素振りを見せた後、グゼルは目に力を込めて尋ねる。


「お主、もしや前に……」

「ユーキくん!? 貴様、何をしているッ!?」


 肝心な質問を投げかけようとしたグゼルの背後に、剣を持った女傭兵が現れた。スツェリだ。正座させられているユーキと、それを見下すグゼルを見て、一目でグゼルを敵だと認定する。


「連れがおったかよ」

「離れろっ!」


 スツェリはグゼルに突進し、剣を振り下ろす。グゼルは背中のコウモリの翼を羽ばたかせ、宙に舞い上がって剣を避けた。


「見たところ魔族か。ならば疾く去れ。余はカマクラン狩りに忙しい」

「その牙、その血……まさか!」


 宙に浮くグゼルの姿を見て、スツェリは驚愕する。その様子を見て、グゼルは溜飲を下げるかのように笑った。


「よもや、この吸血鬼ヴァンパイア、グゼル・パヴェレツ子爵に剣を向けようとは思わんよなあ?」

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