第4話 ねむりのユーキ

 思わぬ夕食になった。茂みから採ってきた野魔ベリーだけでなく、干し肉と平パンにもありつけた。ユーキが襲ったゴブリンたちから奪い取ったものだ。

 量は少ないながらも久方ぶりにまっとうな食事にありつけて、カマクラン奴隷たちは少し心安いだ。

 これで斬られたゴブリンの生首が食卓に並んでいなければ、場はもっと盛り上がっただろう。ちなみに並べた張本人であるユーキは、恨めしそうな生首を眺めながら、ニコニコとパンを食べている。


「彦三郎、これもカマクランの風習か?」

「んなわけないでしょう!」

「だよなあ……」


 一応スツェリは彦三郎に確認してみたが、秒で異常だと判断された。


「ごちそうさまでしたー!」

「ごちそうさまです……」


 野魔ベリーと血の臭いが漂う食卓が終わると、奴隷たちは後片付けを済ませて寝る支度に取り掛かった。

 そんな中、スツェリはユーキに声をかけた。


「ユーキくん。先に寝ていいぞ」

「いいの?」

「うむ。見張りの時間になったら起こしてあげよう」


 野宿なので寝ずの番が必要だ。奴隷にやらせてもいいが、夜闇に乗じて忍び寄ってくる魔物に対処できるのはスツェリとユーキだけだ。どうしてもこの2人で見張りにつく必要がある。

 スツェリは先に見張りに立つことを自ら申し出た。ユーキが眠そうだったのもある。それ以上に、先に寝たらユーキに寝首をかかれるのではないかという不安があった。デュラハンのスツェリは平気でも、気まぐれで奴隷に刃を向けられたら困る。


「んー……そしたらねえ。起こす時は、5歩以上近付かないで。離れた所から呼んでくれれば、起きるから」

「近寄ったらいけないのか?」

「うん。もし近くに来たら、殺すよ」


 その一言には妙な迫力があり、スツェリは黙って頷くしかなかった。

 ユーキは小さなあくびをすると、剣を持って焚き火を離れていく。


「どこへ行く」

「こっちで寝る」

「火の側の方があったかいぞ?」


 しかしユーキは振り向きもせずに、焚き火の明かりが届かない暗がりへ出ていってしまった。


 それから奴隷たちも寝入り、辺りは静かになった。スツェリは火が絶えないよう、時折枯れ枝を継ぎ足しながら夜を過ごす。

 魔物の気配は今のところはない。魔界の野宿で最初に気をつけるべきは吸血コウモリだ。彼らは洞窟や岩陰に住んでいるので、その近くでの野宿は自殺行為だ。この周りにはそういった地形はないから、ひとまずは安心できる。


 しばらくすると、スツェリはユーキのことが気になった。焚き火の明かりが届かない場所にいるから、どうしているかわからない。

 そっと立ち上がり、ユーキを探す。すぐに見つかった。カマクランの大剣を傍らに置いて、地面で眠っている。

 奇妙なのはその寝相だ。膝を折り曲げ、両手で自分の肩を抱き締め、丸まって横になっている。とても休めるようには見えない寝相だ。

 ユーキの寝顔はまるでリラックスしていない。起きている時の可愛らしい笑顔とは真逆、眉根を寄せて苦しんでいる表情だ。

 悪夢でも見ているのだろうか、と近寄りかけて、止めた。抜き身の大剣が目に入ったからだ。先ほど言っていた言葉は冗談ではなさそうだ。

 心配ではあるが、物騒な備えをしている以上近付けない。それに火の番もある。スツェリは暗がりにユーキを残し、しぶしぶ焚き火の方へ戻っていった。



――



 不寝番の気が最も緩むのは、交代直前である。それを熟知したゴブリンの盗賊団が、スツェリたちの野営地へ忍び寄っていた。

 夕方頃、街道沿いを巡回していたゴブリンたちがカマクランに襲撃された。4人が首を取られ、1人だけが這々の体でアジトに逃げ帰ってきた。

 このまま見逃せばメンツに関わる。盗賊団の首領ゴブリンは、残り10人の部下を総動員し、下手人のカマクランを探した。

 すぐに見つかった。荒野で焚き火を囲む旅の一団。その中に例のカマクランがいた。

 そこで首領は部下を呼び集め、遠くから野営地を監視し、隙を晒す時を待っていた。そしていよいよ、見張りのデュラハンの気が緩む夜半過ぎになった。


「よおし。準備しろお前ら」


 首領ゴブリンの命令を受けて、盗賊ゴブリンたちがそれぞれの武器を手にした。欠けた剣に石の斧といった雑多な武器だが、人を殺すだけの威力は十分に備えている。


「お頭、本当にやるんですか? あんなバケモノほっといた方が……いてっ!」

「カマクランがナンボのモンじゃい。所詮は人間、寝込みを襲えば、ひとたまりもないじゃろ」


 部下を斧の柄で小突く首領。実際この方法で、同業や商隊を何度も襲って成功しているのだ。恐れる必要はない。


「まずはあの離れた所で眠っとるカマクランを袋叩きにする。動かなくなったら、後はよりどりみどりじゃ。煮るなり焼くなり好きにせい」

「へい!」


 11人のゴブリンがカマクランを包囲する。焚き火の明かりが届かないギリギリの場所で指示を待つ。手慣れた動きだ。

 首領が斧を掲げると、ゴブリンたちが一斉に眠るカマクランヘ襲いかかった。先頭のゴブリンがカマクランまで5歩の距離に辿り着く。

 その首が飛んだ。


「え」


 後に続いたゴブリンの首も、ふたつ、みっつと飛んでいく。

 さっきまで眠っていたはずのカマクランが、身の丈よりも長い剣を手にして立っていた。

 思わぬ反撃に、ゴブリンたちの足が鈍る。


「止まるな! 突っ込め!」


 首領の怒号。止まりかけていたゴブリンたちが再加速する。何人か斬られても、数はゴブリンたちの方が多い。

 棍棒を携えたゴブリンが飛びかかる。カマクランは剣を振るい、そのゴブリンを両断する。

 横から別のゴブリンが手槍を突き出す。カマクランは横に飛んで避ける。そして、手槍を持ったゴブリンの首を刎ね飛ばす。

 斬られたゴブリンの影から首領が飛び出した。カマクランが振るう剣は長い。そのため、一度振ってから戻すまでに僅かな隙がある。仲間を盾にしてそこを突いた。


「死ねやぁ!」


 自慢の鉄斧を振りかぶる。避けられはしない。頭を一撃で叩き割る。

 カマクランの剣はまだ戻らない。否、戻るどころか逆方向へ更に加速している。剣の慣性を殺さず、むしろそれに乗っかって体を回転させる。

 くるりと回って一回転。遠心力が最高に達した先にいるのは、斧を振り下ろそうとしていた首領ゴブリン。

 白刃がゴブリンの胴を通り抜けた。遅れて首領の体が上下に分断される。鉄斧がゴブリンの手から転げ落ち、地面に突き刺さった。


「ひいっ……!」


 首領が殺され、盗賊たちの足が止まる。その首が容赦なく跳ね飛ばされる。有象無象の区別なく、カマクランは首を刈り取っていく。


「どうした、ユーキくん!」


 更に、騒音を聞きつけたデュラハンがやってきた。もう奇襲は成立しない。


「う、うわああっ!」

「だめだーっ!」


 残ったゴブリンたちは泡を食って逃げ出した。


「な……夜襲か!?」


 デュラハン――スツェリは剣を構えたが、ゴブリンたちはあっという間に夜闇へ消えてしまった。


「ユーキくん! ケガはないか!?」


 返事はない。剣を手にして、その場に佇むだけである。


「ユーキくん!」

「ふがっ」

「ふがっ?」


 一瞬聞こえた可愛らしいいびきは何だ、とスツェリが思ったのと同時に、ユーキが動いた。2,3歩よろめき、きょろきょろ辺りを見回す。


「んあ、交代?」

「いや交代よりも死体が転がってるんだが、何があった?」


 ユーキは足元に転がるゴブリンたちの死体を見下ろしてから、首を傾げた。


「わかんない」

「わかんない!? 自分でやったのに!?」

「寝てたから……」

「寝たまま剣を!?」



――



 思わぬ夕食になった。茂みから採ってきた野魔ベリーと、ゴブリンたちから奪い取った干し肉、そして平パンだ。昨日と同じだが、朝もしっかり食べられたのでカマクラン奴隷たちは満足だ。

 これで斬られたゴブリンの生首が増えていなければ、場はもっと盛り上がっただろう。ちなみに並べた張本人は眠そうな顔でパンにかじりついている。


「彦三郎、カマクランって寝たまま戦えるのか?」

「そんなバカな。寝ぼけてたんじゃないですか?」


 スツェリの質問を、彦三郎は即座に否定した。やはりこれも、カマクランの常識とはかけ離れているらしい。

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