第22話 岩山のムネノリ
馬車を見つけたとの報告を受けた
ところが、案内されて向かった場所に馬車はなく、代わりに首を獲られた部下2人の死体が転がっていた。
「おいおい、どういうことだこりゃあ!?」
「タツキチにヒョウエモン、だよな……あいつらがこんな簡単に?」
「なんで首が獲らてるんだ」
「手柄首だろ?」
「いや、誰が褒美をくれるんだよ。ここ魔界だぞ」
「……趣味か?」
「だとしたらイカれてるよ」
うろたえる部下たちを尻目に、ムネノリは辺りを見回す。岩陰に伏兵の姿はない。2人を討った後、首だけ獲って逃げたらしい。
地面には矢がいくつか突き刺さっている。角度からして、逃げる馬車に射られたものと、馬車から撃ち返したものだ。どちらも太く大きい、
「
「女じゃなかったんですかい?」
「
おめえら安心しろ。相手ははぐれのカマクランだ。タツキチとヒョウエモンは油断してヘマを踏んだが、この数なら負けるわけがねえ。追いかけて落とし前をつけさせるぞ!」
それからムネノリたちは4人ずつに分かれて馬車を探した。ただし、馬車や乗員を見つけたとしてもすぐには襲いかからない。周囲を警戒した上で監視し、別の組を待つように厳命されている。
悪党とはいえ元は武士だ。いざ戦となれば油断せずに的確に相手を追い詰める。功を焦って各個撃破されるような人間などいない。
しばらくして馬車が見つかった。街道を少し進んだ先にある岩山の麓に隠されていた。ムネノリたちは合流し、伏兵に気をつけながら慎重に馬車に近付く。
馬は馬車に繋がれたままで、荷台には豊富な食料が残っている。ただし、
「これをやるから見逃してくれ、ってことですかね?」
「だったら見つかりやすいところに置くだろ。馬車じゃ入っていけない所に隠れてんだ。と、なると……」
ムネノリは岩山を見上げる。
「この上だろうな」
岩山はかなり勾配がきつい。崖になっている場所もある。馬車は登っていけないし、人が登るのでも苦労するだろう。ムネノリたちもこの馬車を見つけなければわざわざ探そうとは思わないほどだ。
「よし、盾持ってる奴らが先にいけ。矢と岩に気をつけろよ」
ムネノリの号令で、悪党たちは馬から降りて山を登り始めた。上から射掛けられたり、岩を落とされるのではないかと警戒していたが、幸いにも反撃はなかった。
中腹あたりで、先頭の悪党が足を止めた。指差す先には洞窟があった。ずいぶんと深いようで、奥は暗くて見えないほどだ。
「なるほど、ここに隠れてやがったか……誰か
「俺が」
悪党が火打ち石を取り出し、松明に火をつける。後ろのムネノリたちはまだ登ってきている途中だが、先頭の悪党たちは先に中の様子を伺うことにした。
「おおーい、可愛い子ちゃんはおらんかねぇ?」
松明を持った悪党が、盾で身を守りながら洞窟の中へと呼びかけた。
――彼らは悪党、
「おああッ!?」
洞窟の中から飛び出してきたのはカマクラン奴隷でも矢でもない。無数の吸血コウモリであった。光と声で目を覚ました吸血コウモリたちは、巣穴のすぐ側にいた悪党たちに襲いかかる。
「ぐあっ! くそっ、離れろ!」
「ひぃぃ! 血がぁぁぁ!」
盾も鎧も関係ない。握り拳ほどの大きさの吸血コウモリは隙間に取り付き、服の生地を貫き、肌に牙を突き立てる。
魔界の野営において、洞窟や岩陰を選んでいけないというのは常識である。こうした吸血コウモリの住処になっていることが多いからだ。ましてや、中の見えない洞窟を光で照らし、声をかけるというのは自殺行為である。
そうとも知らずに相手を追い詰めた気になっていた悪党たちは、たちまち吸血コウモリに群がられてしまった。
「ええい、離れ、げうっ!?」
松明を振り回し、コウモリを追い払っていた悪党が、奇妙な悲鳴を上げて倒れた。顎を矢が貫いていた。更にもう一射。コウモリから逃げようとしていた悪党の背を貫く。洞窟の横に隠れていたユーキの奇襲であった。
「おおおっ!」
さらに反対側に隠れていたスツェリが飛び出し、隊列を乱した悪党へ斬りかかる。背中を斬られた悪党が坂を転がり落ちていく。
「まんまとかかったな、悪党ども! 覚悟しろ!」
――
スツェリが探していた『隠れ場所』は、『吸血コウモリの隠れ場所』のことだった。悪党と吸血コウモリを戦わせれば、上手いこと漁夫の利を得ることができる。
そこでスツェリはまず、吸血コウモリがいる洞窟を探した。それらしい洞穴に獲ってきた悪党の首を投げ込むと、無数の吸血コウモリが飛び出してきたので、そこを罠にすることにした。
続いて、その洞窟の近くに馬車を隠し、ユーキたちは更に別の場所に隠れた。これで悪党たちをやり過ごせればそれで良い。もし見つかったとしても自然に吸血コウモリの住処まで誘導できる。
そして悪党たちが吸血コウモリに襲われたら奇襲を仕掛ける。地元住民には通じない、相手が魔界に不慣れなカマクランだからこそ使える罠であった。
「頭いいねえ、スツェリさんは」
感慨深げに呟きながら、ユーキは矢を放つ。背中を撃たれた悪党が岩山を転がり落ちていった。これで3人目。2人は吸血コウモリに殺され、残り2人はスツェリと対峙している。とても楽な戦いだ。
更に1人を撃とうとしたユーキの視界が
ユーキはすぐさま、弓を投げ捨て、大太刀を抜いて立ち上がった。それから背後の相手を見極める。
鎧兜で身を固め、さらに
手にしているのは太刀と同じくらいの長さがある金棒。樫の木の棒に鉄の鋲を打ち込んだ
それだけの重装備を身に纏い、岩山の急斜面を登ってきた体力は侮れない。そこでコウモリにかじられている悪党たちとは格が違う。ユーキは口の端を吊り上げた。
「なんだぁ? 男……っていうかガキじゃねえかよ」
ユーキの顔を見た男は不満の声を上げた。髪の長い後ろ姿から、ユーキを女だと勘違いしていたのだろうか。
「ってか女はあっちか。しくじったな……」
男はスツェリに目を向けた。その隙を突いてユーキは踏み込んだ。男の首をめがけて大太刀の切っ先を突き出す。だが男はユーキの突きを金棒で軽々と受け止めた。
「ちっ!」
「このムネノリ様の隙を突こうなど……」
金棒を握る腕に力が籠もる。
「百年早いわっ!」
ムネノリが金棒を振り抜くと、ユーキの体が後方に吹き飛んだ。
「お前なんぞの相手をしている暇はないわ! さっさと叩き潰してやる!」
体勢を立て直したユーキに、金棒を振り上げたムネノリが迫る。金棒が振り下ろされる瞬間、ユーキは飛び出しムネノリの横をすり抜けた。同時に大太刀で斬りつけるが、大鎧の胴に防がれる。
ムネノリは金棒を振り回し、背後に回ったユーキを狙う。ユーキはさらに前に出て間合いの外に出た。風がユーキの顔を打つ。一撃も受けてはいけない馬鹿力だ。
「せいっ!」
ユーキは首を狙って袈裟懸けに大太刀を振り下ろす。だがムネノリは
「甘いわっ!」
ムネノリは蹴りでユーキの胴体を狙った。ユーキはとっさに太刀の柄で蹴りを防いだが、腕が痺れるほどの衝撃を受けた。踏みとどまって顔を上げれば、眼前に迫る金棒。体を反らせて鉄塊を避ける。
後ろに下がって間合いを取ろうとするユーキに、ムネノリが肉薄する。ユーキは後方へ高く飛び、岩の上に乗った。ムネノリの頭上を取り、大太刀を頭へと突き出す。だが、ムネノリの兜が突きを弾いた。
「チョロチョロと……牛若丸ごっこか?」
ムネノリが大きく金棒を振りかぶった。何をするのか察したユーキは、慌てて岩から飛び降りる。
「目障りだっ!」
渾身の力で振るわれた金棒が大岩を砕いた。轟音とともに砕け散った岩を見て、着地したユーキは肝を冷やした。
「死にやがれぃっ!」
さらにムネノリはその場で金棒を振るう。再び岩が砕け、その破片がユーキを襲う。拳大もある岩の破片は、ユーキの腕や胴に当たり、少なくない痛みをもたらした。
「うぐっ……!」
「ハッハァ! もう一回行くぞォ!」
再びの岩砕き。今度は地面の土まで巻き上げた。ユーキは片腕で顔を覆うと、岩と土の嵐に向かって敢えて突進した。
視界が途切れたこの一瞬で間合いを詰め、急所に一撃を喰らわせる。
「えっ!?」
「何ィッ!?」
土煙を突き破って、ムネノリが現れる。向こうも同じ考えだった。予想以上に早く肉薄してしまった2人は攻撃できず、そのまま互いの横を通り抜けてしまう。
ほぼ背中合わせに踏みとどまり、二人は同時に振り返る。大太刀と金棒が弧を描いて相手に迫る。
「ぬぐうっ!」
先に届いたのはユーキの大太刀だった。小柄な体は旋回半径も小さい。振り返るムネノリの右腕、二の腕の外側を斬り裂いた。金棒を握る腕から血が吹き出し、ムネノリの動きが鈍る。
「ナメるなぁっ!」
「ッ!?」
だが、ムネノリは腕を斬られながらも金棒を振り抜いた。痛みによって勢いは鈍っている。ユーキもとっさに刀と手甲で防御し、さらに自ら後ろへ飛んでいる。それでも金棒の一撃は、ユーキを坂の上まで吹き飛ばすほどの威力があった。
「クソガキがぁ! 俺は
「どこの田舎だよ」
体の芯まで響く痛みを、言葉とともに吐き捨てる。笑顔を消したユーキは、前に突き出した左腕に刀の峰を乗せ、右手一本で太刀を構えた。
さながら、刀を矢に見立てて弓を引いたような姿勢だ。刃が天を向いているので斬りかかることはできないが、突きは安定する。そういう構えだ。
大きく息を吸い込み、ユーキは飛び出した。坂を駆け下り、崖を飛び越え、岩から岩へと飛び移り、ムネノリを翻弄する。
その姿は、一の谷の断崖絶壁を駆け下りる
「見切ったァ!」
しかしムネノリも一介の武士であった。十全に待ち構えたムネノリはユーキの軌道を見切り、飛び込んでくるであろう場所に金棒を突き出した。最高速度の刺突を放とうとしたユーキは、金棒の先端に自ら突っ込む形となる。
その金棒の先端に、ユーキは足を掛けた。次いで、両足を金棒の上に乗せ、突き出された金棒の上に立った。大岩を砕き、人ひとりを軽々と吹き飛ばすムネノリの腕力を逆手に取った体勢だった。
ユーキが大太刀を突き下ろす。驚愕の表情でユーキを見上げるムネノリの喉から体へ、一息に刃を突き入れた。
「な……」
串刺しにされたムネノリの喉から、血が溢れ出す。
「なんて奴だ……!」
ユーキが大太刀を引き抜き、金棒から飛び降りると、ムネノリの巨体はぐらりと傾き、山の斜面を転がり落ちていった。
血刀を提げてユーキはスツェリの方を見た。ちょうど、スツェリが悪党の片腕を斬り飛ばした所だった。片腕を切り取られた悪党は、それでもなおスツェリに襲いかかろうとしたが、血の匂いに気付いた吸血コウモリに群がられ、もがきながら坂を転げ落ちていった。
「もう一人は!?」
「倒した!」
スツェリは坂の下を指差す。首の骨がへし折れた悪党の死体が転がっていた。足を踏み外したか、蹴り落とされたか。
とにかくこれで悪党たちは全滅だ。残るは無数の吸血コウモリである。ユーキとスツェリが浴びた返り血に引き寄せられて、ギイギイと鳴きながら襲いかかる。
「彦三郎!」
「ただいま参ります!」
ユーキが呼ぶと、洞窟の更に上から彦三郎たちが走ってきた。火の付いた松明を掲げている。コウモリとユーキたちの間に立ちはだかった彦三郎たちは、必死に松明を振り回す。熱と光に煽られて、コウモリたちは逃げ散った。
そうしてコウモリたちを牽制しながら、ユーキたちは山を降りた。巣穴から離れると、コウモリたちは追いかけるのを諦めて洞窟へと戻っていった。
ユーキたちは念のため辺りを見回す。悪党も、他の魔獣の姿もない事を確かめ、ホッと一息をついた。
「どうにかなったねえ……」
「そうだな……ケガはないか、ユーキくん?」
「いたい」
岩の弾丸をいくつかと、金棒の一撃を受けている。痛くないはずがない。服の下はアザだらけだろう。
「何ィ!? すぐに手当てだ、服を脱げ!」
「やだ! それよりも首を獲るのが先!」
「ここ離れるのが先でしょうよ!?」
充満した血の匂いにうんざりしていた彦三郎は、たまらず悲鳴を上げた。
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