第21話 魔界の悪党

 リザードマンの検問を突破した後、スツェリたちは特に何事もなく街道を進んでいた。一晩経っても、これといって追手には出くわさない。結局あの検問が何だったのかはわからずじまいだ。

 それでもスツェリは警戒を怠らない。彦三郎に後ろを見張らせ、自分でも首を飛ばして念入りに周囲を警戒していた。


「何をそんなに気にしてるの?」


 何度か首を飛ばした後、ユーキがそう聞いてきた。


「追っ手が来るんじゃないかと思ってな」

「昨日のリザードマンみたいなの? あれくらいならそんなに気にしなくても……」


 ユーキの疑問に対し、スツェリは首を横に振る。


「いや、それもそうだが、別の奴らがいるんじゃないかと気になってな」

「別の?」

「昨日のリザードマンたち、カマクランと聞いた途端に襲いかかってきただろう?

 ひょっとしたらこの辺りにカマクランが潜んでいるのではないか、と思ったんだ」

「もう平坂府が近いってこと?」


 ユーキが首を傾げる。スツェリも同じ気持ちだ。エルフの話を聞く限りでは、平坂府は森から10日ほど東に進んだところにある。しかし、スツェリたちが森を出てからまだ2日しか経っていない。


「カマクランがここまで進軍してきた……という事もないだろうしなあ」


 ここはまだ東都バルザフに近い。少数ならともかく、カマクランが軍勢を引き連れてくるなら、焦熱伯ジャルディーンが黙っていないだろう。バルザフにカマクランが攻め込んだというニュースも聞いていない。


「あり得るとすれば、少数のカマクランが忍び込んで、この辺りで独自に行動しているということだが……どうだろう、ユーキくん。可能性はあると思うか?」


 ユーキは少し考えてから答えた。


「僕みたいに、首を獲りにウロウロしてるんじゃない?」

「ああ……うん、そっかあ……」


 考えてみれば、拠点を離れて単独で深入りをしている人間がここにいた。カマクランの行動原理について真面目に考えるのは無駄かもしれない。


「そういえば、ユーキくんはどうやって東部から中央に来たんだ? 『奈落の大橋』の守備隊はカマクランを通さないだろう。ひょっとして『血の森』を横断したのか?」

「ううん。北の山を越えてきたの」

「……あそこ、ドラゴンの巣だぞ?」

「いや、うん……大変だった……太刀も弓も効かなかったし……」


 スツェリに会う前から、命懸けの旅をしていたユーキであった。


「姐さん、お侍様」


 彦三郎の呼び声。2人は荷台へ振り返る。


「どうした?」

「馬です。数は3」


 とたんに、2人の顔に鋭さが差した。スツェリは長剣を手元に引き寄せ、ユーキは弓を手に取る。

 馬車の後方に目を凝らすと、遠くに馬の影が見えた。人が乗っているかどうかは、遠すぎてわからない。


「……どう思う?」

「ここからだとわからないな。少し見てくる」


 スツェリは首を飛ばして、馬に近付いた。

 近付くに連れて、詳細がわかってきた。馬には人が乗っている。リザードマンではない。腕も足も2本で尾無し。体格はゴブリンよりも大きく、オーガよりも小さい。スツェリより少し大きいくらいか。

 見慣れない服装。鎧を着ていたり、大袖ショルダーシールドを片方だけつけていたり、兜を被っていたりいなかったり。いずれもやたらと他人を威嚇する服装をしている。治安の悪い街にいる無法者に似ている。


 そこまで見て気付いた。カマクランだ。ユーキとは違う。どちらかというと、コボルトを率いていた野生のカマクランに近い風体だ。

 カマクランたちは空を飛んでいるスツェリの首に気付いた。首を突き出して凝視したり、目の上に手をかざしたり、指差して喚いたりと、三者三様の驚き方である。

 失礼な奴らだ、と思ったスツェリは上から呼びかけた。


「お前たち、何者だ?」

「うわぁ、喋った!?」

「バケモンだ、おい撃て撃て!」

「わーってるよ、ったく……」


 カマクランの1人が背負っていた大弓を構えた。スツェリは慌てて離れる。鋭い音がして、矢が横を通り抜けていった。

 人相の悪さといい、どうにも友好的とは思えない。スツェリは急いで馬車へと戻った。一度振り返ってみると、3騎のカマクランのうち1騎は来た道を戻り、残りの2騎がスツェリを、というか馬車を追いかけてきていた。

 追手より早くスツェリは馬車へ戻る。自分の体に首を戻すと、長剣を取った。その様子を見たユーキが嬉しそうに聞いてくる。


「ろくでもない?」

「だな。大人のカマクラン。2人。1人は多分、仲間を呼びに戻った。すぐに追いつかれるぞ」


 そこまで聞いたユーキは、弓を手に取り荷台へ移った。不安そうな奴隷たちを掻き分け奥に進み、そこで追手の姿を眺める。


「あれはー……あー、悪党あくとうだねえ……」

「アクトー?」

「うん。日本を旅してた頃は3日に1回くらい襲いかかってきたよ」


 どうやら盗賊のようなものらしい。無法者という第一印象は間違っていなかったか、とスツェリは思った。


「それで、強いのか? 悪党は」

「その人次第」


 悪党の1人が馬に乗りながら弓を構えた。少し手間取りながら矢を番え、放つ。矢は山なりに飛んで馬車の手前の地面に突き刺さった。


「本当に騎射するのか、あの弓を!」


 自分の背より大きい弓を馬上で扱い、あまつさえ馬を駆けさせながら放つ。ケンタウロスでも簡単にできる芸当ではない。これはカマクランの中でも強者だろう、とスツェリは予想した。


「大したことないや。遠いし、甘いし、緩い。弱いね」


 一方、ユーキは弱者と断じた。本物の鎌倉武士カマクランが放つ騎射は、こんなものではないと知っていた。


「やべえな、隠れろ! 荷物を盾にするんだ!」


 彦三郎の指示で、奴隷たちが身を隠す。彦三郎自身は荷台に伏せると、ゴブリンの盗賊から奪った鎧を頭に被って身を守った。手には同じく戦利品の斧を持っている。いざとなれば威嚇ぐらいはできるだろう。


 悪党たちを十分に引き付けてからユーキは矢を射返した。まっすぐ飛んだ矢は、身を屈めた悪党のすぐ真上を飛んでいった。大弓を持った悪党が更に打ち返す。さっきよりも近付いた分、狙いが定まっている。

 もう1人の悪党は馬を加速させ、馬車の前に出ようとする。ユーキはそちらを狙うが、幌が邪魔で斜線が通らない。


「スツェリさん! 1人、前に行った! 気をつけて!」


 そう言いながら、ユーキは後方の弓騎兵を狙う。飛び道具持ちを先に潰しておかなければ、極めて不利だからだ。


 スツェリは懸命に馬車を走らせたが、馬車と騎馬ではすぐに追いつかれる。まもなく視界の横に、悪党を乗せた騎馬が姿を現した。髪も眉毛も剃ったいかつい顔の男で、ユーキのと同じくらいの長さの大太刀を担いでいる。

 悪党はスツェリの顔を見てぎょっとした。


「さっきの生首じゃねえか!?」

「失礼なっ!」


 スツェリは手元に準備しておいた斧を投げつける。


「おっとお!」


 悪党は大太刀を振るって斧を弾いた。返す刀でスツェリに斬りかかってくる。スツェリは長剣を掲げて防ぐが、太刀筋が重い。御者台から叩き落された。


「ヒャッハァ! もらったぁ!」


 転落したスツェリにトドメを刺そうと、悪党が馬を駆けさせて迫る。対するスツェリは剣を構えて呪文を唱えた。


「光よ、敵を貫け! ラデルッ!」


 光の針が放たれ、馬の胴体に刺さった。痛みに驚いた馬が悲鳴を上げて立ち上がる。


「うおおっ!?」


 悪党は何とか馬を押さえ込もうとするが、そこにスツェリが斬りかかった。大太刀で防ぐも、不安定な姿勢で受けたため馬の背から振り落とされる。

 落馬した悪党は立ち上がろうとしたが、その前にスツェリの剣が喉に突き刺さった。首を貫かれ、悪党の口から、ゴボ、と血が溢れる。だが悪党は止まらず、スツェリの胴へ斬撃を放った。


「なっ!?」


 驚愕するスツェリの胴に衝撃が奔る。エルフの革鎧が刃を防いでくれたものの、仕留めたと思っていたスツェリは吹き飛ばされてしまった。

 地面を転がり、立ち上がったスツェリが見たのは、倒れ伏す悪党だった。恐る恐る近付いて剣を引き抜くと、赤い血が泉のように湧き出した。悪党の死体はピクリとも動かない。

 死に際の一撃だったのだろう。勇猛果敢な戦士には稀にある話だ。しかし、これは悪党。カマクランの盗賊だ。単なる無法者がこれほどまでの胆力を宿しているとは。

 カマクランの獰猛さを目の当たりにして、スツェリは改めて身震いした。


 一方、ユーキともう一人の悪党の戦いにも決着がつこうとしていた。


「くそったれ!」


 馬上の悪党が悪態をつき、弓を投げ捨て太刀を抜いた。背中の矢筒は空になっていた。

 馬が加速し、悪党が馬車に接近する。ユーキは弓を引き絞り、悪党を待ち構える。すぐには撃たない。悪党は大袖ショルダーシールドを前に出し、しっかりを身を守っている。間合いに入った瞬間、太刀を振り上げ、盾の影から身を晒すだろう。その時に矢を放つつもりだ。

 馬が近付いてくる。まだ放たない。鎧兜の細かい飾りまではっきり見える距離まで来る。悪党はまだ太刀を振り上げない。馬が馬車を避けて右へ逸れる。すると悪党は肩を突き出し盾に隠れた姿勢のまま、馬から馬車へ飛び移ってきた。


「ッ!?」


 思わぬ動きにユーキは矢を放つが、当然ショルダーシールドに阻まれる。そして、悪党は肩からユーキに体当たりする形になった。


「ぐえっ!?」

「んがあっ!」

「ぎゃっ!?」


 もつれあって荷台を転がる2人。伏せていたカマクラン奴隷が押し潰されて悲鳴を上げる。

 上を取ったのはユーキだ。下の悪党が太刀を振り上げようとしたので、その腕を抑える。


「んぐっ……!」

「ガキがぁ……!」


 マウントを取っているとはいえ、大人と子供の腕力差。ユーキの方がジリジリと押され、刃が顔に近付けられる。


「この野郎!」


 そこに割って入ったのは彦三郎。手にした斧を悪党の顔めがけて振り下ろす。鈍い音が響き、悪党の顎が砕けた。

 腕の力が緩んだのを見逃さず、押し返したユーキは懐の短剣を抜いて悪党の首に突き刺した。刃をえぐれば、傷口から赤黒い血が吹き出す。それでも悪党は、絶命する最後の瞬間までユーキを斬りつけようとしていた。

 完全にしたことを確認したユーキは、彦三郎を見た。 


「彦三郎」

「はいっ!?」

「お手柄」


 言葉は褒めているが、ユーキの顔は笑っていない。彦三郎は震えながら小刻みに頷くしかなかった。


 悪党の死体を馬車から引きずり降ろしたところで、スツェリがやってきた。


「無事か、ユーキくん!?」

「大丈夫。そっちは?」

「仕留めた。ただ、仲間がすぐに追いかけてくるぞ」


 戦闘前に離れた3人目の悪党が、今頃仲間と共に街道を駆け上ってきているはずだ。

 ユーキは少し難しい顔をしている。たった2人でも油断をすればこちらが討ち取られていた。魔界の盗賊とは訳が違う。いくらユーキが強いといっても、倍の数に襲われたらただでは済まないだろう。

 逃げるという選択肢も取れない。馬車の速度ではすぐに追いつかれる。


「どっかで隠れてやり過ごす?」

「どうだろうな。こんな荒野では隠れ場所もたかが知れている。運良く洞窟が見つかっても……」


 そこまで言ったスツェリの脳裏に、ふと閃くものがあった。相手がカマクランなら、通用するかもしれない策だ。


「探してみるか、隠れ場所」

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