第20話 阿弖河荘の悪党

 鎌倉時代後期、武士は空前の危機に陥っていた。

 敵が攻めてきた訳ではない。反乱が起きたわけでもない。みんな貧乏になり始めたのである。


 まず、長雨・冷害・暴風雨・酷暑・旱魃かんばつ・地震などの災害が毎年のように起こり、領地からの収入が壊滅していた。

 更に、南宋が元に滅ぼされた事で使われなくなった宋銭が日本に続々と輸入され、経済が大変動を起こしていた。


 極めつけは惣領そうりょう制に基づく武家の分割相続である。

 例として、紀伊国きいのくに阿弖河あてがわのしょう湯浅ゆあさ氏を見てみよう。


 阿弖河荘の地頭、湯浅ゆあさ宗氏むねうじには2人の息子がいる。腕っぷしは強いが領地経営がまるでダメな長男、湯浅ゆあさ宗範むねのりと、他人を奴隷のように働かせて利益を搾り取ることが得意な次男、湯浅ゆあさ宗親むねちかである。

 宗氏は悩んだ末、次男の宗親に家督を継がせ、惣領とした。鎌倉武士カマクランの相続は能力主義である。家をまとめる能力があるとみなされれば、弟でも家を継ぐことができるのだ。

 もちろん、兄の宗範は不満を持つ。


「なぜだぁ、親父! なぜ弟の宗親に家督を継がせたぁ!」

「お前は殺気が強すぎる」


 逆らう農民を片っ端から殺す宗範では、いずれ領地は立ち行かなくなる。それなら宗親の方がまだマシという判断だった。


 こうして弟の宗親は阿弖河荘の地頭職を受け継ぎ、支配者となった。

 しかし、宗親が領地を総取りというわけではない。惣領制においては、当主以外の庶子にもある程度の土地が与えられるのだ。

 ところで、宗範と宗親の父、宗氏は三男である。彼も他の兄弟と土地を分け合っている。そして宗氏の親、宗光むねみつは七男という大家族。彼も他の兄弟と土地を分け合っている。

 単純に計算すると、当初の1/7×1/3=1/21。これを宗範と宗親で分け合った。ただし、弟の宗親は惣領で偉いので、いい土地はすべて宗親が持っていく。

 宗範が手に入れたのは、山奥にあるなんか小さくて川沿いの畑だった。しかも度重なる飢饉と水害で壊滅している。


「わァ……ぁ……」


 こうした分割相続で困窮する武士が、鎌倉時代中期頃から全国各地に発生していた。

 これでは武士などやってられない。なけなしの田畑を二束三文で売り新しい商売を始めるか、惣領に頭を下げて家臣として雇ってもらうしかない、と普通は考えるだろう。


「何をためらう必要がある奪い取れ! 今は悪魔が微笑む時代なんだ!」


 そんな殊勝な性質では、鎌倉武士カマクランなどと呼ばれないのである。困窮した武士たちは足りない領地をあらゆる手段で奪い合った。

 まず宗範が取った手段は裁判であった。


「見てくれぇ、この古文書! 俺の土地の境は、昔はもっと広かったと書いてある!」

「ずいぶん新しい古文書だな」


 鎌倉武士たちは何かと理由をつけて裁判に持ち込み、幕府を味方につけて領地を広げようとした。

 宗範は京都にある幕府の役所、六波羅ろくはらに訴え出た。この時の六波羅探題は北条ほうじょう時輔ときすけ。現執権・北条ほうじょう時宗ときむねの異母兄という確かな権力者に出会い、宗範は手応えを感じた。


「探題殿! 訴状を作って……し、死んでる……」


 しかし、タイミングが悪かった。訴訟の準備をしている間に、二月騒動と呼ばれる政変が発生。時輔は謀反を企てたという疑いをかけられ、北条時宗の命令で族滅の憂き目に遭った。

 宗範が訴状を作ってやってきた頃には、六波羅は焼け野原になり、丸焦げの死体の山しか遺されていなかった。


 さて、このようにして裁判で領地を手に入れられなかった鎌倉武士たちが取る次の手段は何か。もちろん暴力である。

 幸いにも阿弖河荘には暴力が蔓延していた。


「フハハハハ! 働け百姓ども! この湯浅宗親を富ませるために、死ねぃ!」


 地頭の湯浅宗親は、父が死んでから圧政に歯止めが効かなくなった。


「ヒャッハー! 徴税だぁー!」

「百姓ども! 税の木材は拙僧たちが責任を持って預かってやる!」

「いい女だな、もらっていくぞぉ!」


 荘園領主の寂楽寺じゃくらくじは、「地頭の代わりに徴税する」という名目で略奪を行い、人攫いまで始めていた。


「あーあ! どっちも横暴で年貢が納められないなー! 年貢を軽くしてもらえるなら、そっちの方に納税する準備はあるんだけどなー!」


 農民たちは地頭と荘園領主の横暴を理由に、年貢の軽減を狙ってゴネ始めた。

 三者三様、みんなそろってみんなクズである。

 ここに、第四のクズが参戦する。


「あぁ? なんだテメェは?」

「高野山金剛峯寺こんごうぶじより参りました、円才えんさいと申しまする。

 この阿弖河の地は、元はと言えば我ら高野山の領地。宗範殿、どうかお力添えをいただけませんか」


 紀伊国には仏教の一大勢力、真言宗の総本山、高野山がある。彼らは300年も前から阿弖河荘の所有権を主張し、朝廷や幕府に訴えていた。そして、阿弖河荘の混乱を見て一計を案じたのだ。


「宗親と寂楽寺の評判は、長年の利権争いでドン底です。ここで、どちらもこの土地を治めるにはふさわしくないと思わせるような大事件を起こして、朝廷と幕府に罷免してもらいましょう。

 その際、新たな地頭は宗親の兄である宗範様に。荘園領主は我々高野山が務めるということで……」

「ほーう。中々考えるじゃねえか!」


 宗範は策に乗った。手始めに、寂楽寺の僧侶たちを追い出しにかかった。湯浅氏の家紋である、ひのきおうぎに「大」の字を乗せた旗印を掲げて、近所の寺へ向かう。


「どけどけぇーっ! 地頭・湯浅様のお通りだ! クソ坊主どもは出ていってもらおうか!」

「ヒャッハー! ぶっ壊せぇー!」

「黄金の仏像だ! 売ればいい金になりそうだぜぇ!」


 宗範たちは宗親の名を騙り、寂楽寺の僧侶を追い出した。


 続いて宗範は、手勢を率いて農村へ向かった。


「これから年貢を徴収する! お前ら、やれ!」

「オラオラァ! 地頭様の命令だ! 米も麦も全部出しな!」


 宗範たちは家々を回り、食料を強奪していく。


「やめてください! この米を奪われたら冬が越せません!」

「あぁ? 俺を見くびっているのかぁ!?」


 脅し文句を吐いて、宗範は得物の金棒を振るった。宗親の剛腕から放たれた一撃は、近くの納屋の柱をへし折った。


「ひいいっ!?」

「ファッハッハッ! どうだ、見たか! お前らもこうなりたくなければ大人しく年貢を出せぃ!」


 圧倒的暴力を見せつけられては、農民たちには為す術もない。なけなしの米俵が積み上げられる。宗範はその上にふんぞり返って座った。


「お前らぁ! 俺の名を言ってみろ!」

「はいっ! 地頭の湯浅様です!」


 打ち合わせ通り、部下たちは宗範を宗親だと偽った。


「そうだぁ! 俺は阿弖河荘地頭継承者宗親様だぁ! この地は俺のものだし、農民ども、お前たちの命も俺のものだ!

 荘園領主なんぞに税を納める必要はねえ! あの生臭坊主どもに渡していた税は、今後は俺がすべて貰う!

 もしも奴らに米一粒、枝一本でも渡してみろ! 妻子を牢に入れ、耳を斬って鼻を削ぎ、髪を剃って尼のようにして、縄で縛って痛めつけるぞ!」


 農民たちは恐れをなしてひれ伏すばかり。その光景を満足そうに眺めた宗範は、撤収を命じた。


「引き上げじゃあ!」

「ははーっ!」


 湯浅氏の家紋である、ひのきおうぎに「大」の字を乗せた旗印を掲げて、年貢を奪って去っていく荷車隊。農民たちは誰もが地頭の宗親の横暴だと思うだろう。これで宗親の評判は地に落ちる。

 更に高野山の円才が阿弖河荘の領有権を主張して、寂楽寺から荘園を奪い取る予定である。この時、宗親の横暴も幕府に訴えて、地頭の解任を迫る手筈になっている。そうなれば、次の地頭は宗範に間違いない。


 ――少々の謀略が入ったが、こうした光景は鎌倉時代後期には珍しくない。凶作と経済混乱で困窮した地頭が、あるいは借金で土地を失った武士が、暴力で荘園を占拠する。いわゆる『悪党』と呼ばれる人々が、日本中に発生しつつある時代であった。


 ただ、世の中で悪はそうそう栄えない。


「この前、宗範さんの部下がおたくの黄金仏像を売りに来たんだけど」

「宗親って言ってたけど、あの金棒、前に宗範が自慢してた奴だと思います」


 ばれる。


「宗範! てめえに阿弖河荘で生きる資格はねぇ!」

「ばわ!」


 追い出される。


「円才……? そのような僧はこの山にはおりませんが」

「何故だぁ!?」


 騙される。


 雑な悪事を見破られた宗範たちは、弟の宗親に領地から叩き出され、頼った高野山にも見限られて流浪の身となってしまった。

 本来の歴史であれば、彼らのような悪党が辿る末路は限られている。野垂れ死ぬか、賊として討伐されるか。それくらいだ。


 だが、この世界には魔界があった。



――



 魔王国東部、ラズフェル男爵領。領内の村が鎌倉武士カマクランに占拠されたとの通報を受け、リザードマンのラズフェル男爵は自ら領軍を引き連れて討伐に向かった。

 門には櫓が増設されており、更に村を囲むように堀が作られている。もともと建っていた石の防壁も合わせて、ちょっとした砦になっている。しかし、ラズフェルは100人の兵士を連れてきている。10倍も差があれば負ける要素はない。


「包囲完了!」

「よおっし! 敵はたったの10人! このまま押し潰せ!」


 ラズフェルの命令で、リザードマンの兵士たちが20人ずつ、村の三方から攻撃を始めた。盾を構えて密集陣形をとり、門へと接近する。

 櫓の上にいるカマクランが矢を放つ。大半は盾に弾かれるが、隙間を縫って兵士を倒す矢もある。さすがの剛弓だが、倒れた兵士は2,3人。戦況を覆すには至らない。

 兵士たちはあっという間に堀に到達した。腰まで水に浸かりながら前へ進む。


「フフフ……この時を待っていたのだ」


 その時、堀が燃え上がった。水の上に浮かんだ油に火が点いたのだ。油は水に浮く。堀を渡っていたリザードマンたちも油まみれになっており、当然彼らも火に襲われた。

 混乱する兵士たちの横で、村の門が開く。先頭に立っているのは、鎧兜に身を固め、金棒を担いだ鎌倉武士カマクランだ。


「ヒャアーッハッハッハッ! どうだ、悔しいか! あぁ!?」


 火だるまになったリザードマンたちをひとしきり嘲笑ってから、カマクランは金棒をラズフェル男爵に突きつけた。


「湯浅家長男、湯浅ユアサ宗範ムネノリ、見参! 野郎ども、やっちまえっ!」

「うおおおおっ!」


 人相の悪いカマクランたちが大太刀や薙刀、槍を持って突撃する。その数10人。対して、ラズフェルを守る兵士は40人。数の上では不利であるが、奇襲に動揺する兵士たちは思うように動けない。次々と討ち取られていく。


「おのれっ、悪党どもめ!」


 ラズフェルは騎獣で突撃しようとするが、そこにムネノリが襲いかかった。


「オラァッ!」


 金棒の一撃が、オークをも噛み砕く騎獣の頭を粉砕する。力を失った騎獣が倒れ、ラズフェルが投げ出された。


「貴様ァ!」

「死にやがれぇっ!」


 ラズフェルが立ち上がる前に、ムネノリの金棒が兜を叩き潰した。動かなくなったラズフェルの首を獲り、ムネノリは高く掲げる。


「ヒャハハ、大将討ち取ったりぃーっ!」


 無惨な主人の残骸を見せつけられ、領軍は恐れをなして逃げ出した。

 ムネノリたちは彼らを散々に追い立て、輜重隊を襲撃し、荷車一杯の食料と貴金属を奪って村に帰還した。

 貴重な木材を使って豪勢に焚き火を燃やし、村人たちに料理を作らせる。


「切り取り次第ってのはたまんねえなあ! 土地に金に食い物、なんでもある!

 あと足りねえのは……女か」


 ムネノリは辺りを見回す。ここは昆虫人バグスの村である。甲虫のように硬い肌に、四本腕。顔は複眼に牙と完全に昆虫だ。女、というか雌はいるらしいが、いくらなんでも食指が動かない。


「もうちょっと俺らに背格好が似た奴らはいないもんかね」

「それなんですが、大将。こっから南の街道で、俺たちカマクランに似た奴らが馬車に乗ってたって村の奴らが言ってました」


 部下からの知らせを受け、ムネノリは腰を浮かせた。


「何ィ!? 男か、女か?」

「髪が長くてちっこいって言ってたから、多分女だと思います。あと、馬車にもカマクランの奴隷が乗ってたそうです」

「よぉーし! 聞いたかお前らァ! 明日は狩りじゃあ! そいつらを追いかけるぞ!」


 ムネノリが金棒を掲げると、悪党たちの雄叫びが夜空に響き渡った。

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