第19話 検問のリザードマン

 宴の翌朝、改めてスツェリは昨夜の醜態をユーキたちに謝った。一晩経ったらユーキも許す気になっていたので、致命的な破局には至らなかった。

 その後は出発の準備である。エルフたちからはアンカブート退治の例として、保存食や怪我に効く薬などを貰っている。それらを馬車に積み込むのは彦三郎たちの仕事だ。


「そろそろ俺らが乗るところが無くないか?」

「整理整頓しろよ」

「この矢の束って捨てちまってよくねえ? 使ってないし」

「バカ、お侍様が作ってる奴だぞ! 捨てたら殺される!」


 破滅的な逃避行だったはずが、ずいぶんと賑やかな旅になっている。奴隷たちも和気あいあいとしていた。


 一方、主人のユーキとスツェリは、馬車から離れてエルフの訓練場にいた。


「キェェェイァァァッ!」

「チェストォォォッ!」


 朝早くからエルフたちは打ち込み稽古をしている。殴っているのは地面に突き刺した丸太なのだが、どれもこれもボロボロだ。


「凄まじいものだな……」


 その光景を横目に見ながら、スツェリも軽く剣を振るう。動きに問題はない。胸の打撲が少々痛むが、エルフの塗り薬を毎日つけていれば、一週間くらいで治ると聞いていた。

 ただ、へこんだ鎧は直しようがなかった。鍛冶屋に預ければ見た目は元通りになるが、耐久性は落ちる。


 どうしたものかと考えていると、タトゥーインが餞別として革鎧をくれた。ただの革鎧ではない。カトブレパスの革を使い、魔術付与エンチャントをかけた特別製だ。

 剣や槍はもちろんのこと、斧や鎚の衝撃も和らげるし、魔法や呪術にも耐性がある。カマクランの矢や騎獣兵の重槍突撃ランスチャージはさすがに無理らしいが。


「着心地はどうだ?」


 今は革鎧を身に着けて、動きに支障が出ないか調整中だ。調整役のエルフにスツェリは率直な意見を告げた。


「胸のところがキツイかな」

「イヤミかきさんッ」


 何故か怒られた。



――



 そのころ、ユーキもタトゥーインから受け取った餞別を試していた。


 矢をつがえ、両腕を高く掲げ、背中の筋肉で弦を開く。引き絞られる弓と弦の間に、体を割り込ませる。

 十分に引ききったところで弦を離す。番えた矢が放たれる。ひゅうっ、と風を切った矢は、遥か遠くに立てられた的に突き刺さった。


「ふーん」

「どや。見様見真似で作った、エルフ式和弓カマクラン・ボウじゃ」


 タトゥーインが誇らしげに解説する。

 ユーキが受け取ったのは、エルフが作った和弓だった。カトブレパスの邪眼ビームで灼けたものの代わりだ。魔寇で戦ったカマクランの弓を模倣した、タトゥーイン自慢の一品である。


「悪くはないけど、引き心地がちょっと違うかな。持ち手はもっと下でいいよ。

 でも、何か普通の弓より引きやすい。いいね、これ。魔法?」

「そうじゃ。『増強ゴッタマシ』『加速ヒットベ』『破術ギバイウナ』の加護ぞある。

 軽い力で強く引けて、矢は早く飛んで、魔術の守りを破る。そういう弓じゃ」

「あと軽いね。これなら持ってても疲れにくそう」

「森の素材を厳選したからのう。2/3くらいにはなっとるはずじゃ」


 もう一度、ユーキは矢を放った。さっきよりも鋭く放たれた矢が、パシンと的を断ち割った。


「……うん、いい弓だ。ありがとう」

「次来た時にはもっとええ弓用意しちゃるけん、達者でな!」



――



 それぞれの餞別を受け取り、スツェリたちの馬車は隠れ里を出発した。森を出るまではエルフの斥候が道案内をしてくれたため、カトブレパスのような魔物に出くわすことはなかった。

 木立がまばらになってくると、道案内のエルフは深々とお辞儀をして姿を消した。どうやらここからは森の外らしい。スツェリたちは改めて馬車を進めた。

 木々の密度が減り、高さも低くなり、低木も消え草だけになり、それらも枯れ果てると、いつも通りの荒野になった。


「……殺風景だな」


 思わずスツェリは呟いてしまっていた。見慣れた魔界の景色のはずなのに、エルフの森を見た後だと荒涼とした光景に思えてしまう。


「僕は最初からそう思ってたけどねえ」


 一方、カマクランのユーキはその方が普通だ、と言わんばかりの態度である。後ろで彦三郎も小さく頷いている。カマクランにとっては、さっきまでの緑豊かな光景の方が普通らしい。

 馬車を進めていると、森から伸びた横道が街道に合流している所までやってきた。ここからいよいよ魔界東部だ。

 魔界東部は今までの荒野に比べると起伏が激しい。岩山がいくつもあって見通しが良くないし、吸血コウモリの巣になる洞窟も多数存在する。今まで以上に気をつけて進まなくてはいけないだろう。

 しばらく馬車を進ませていると、後ろから蹄の音が近付いてきた。スツェリは振り返る。馬に乗った兵士が一人。盗賊ではない。先を急ぐ騎馬だろう。


「譲るか。ユーキくん、フードを」

「はーい」


 カマクランだと気付かれないように、ユーキにフードを被せる。馬車の幌も閉じて中身が見えないようにする。それから馬車を路肩に寄せて止めた。

 ところが蹄の音は通り過ぎようとしなかった。どうしたのだろう、と思って振り返る。

 馬に乗っていたのはトカゲ頭の魔族、リザードマンだった。装備を見るに、領軍の斥候らしい。なぜかスツェリを見て、戸惑った表情を浮かべている。


「どうぞー?」

「あ……い、いや結構! 急ぎの旅路では無い故!」


 追い越すように促したが、なぜかリザードマン騎兵は前に出ない。さっきの足音の様子だと、結構急いでいたと思うのだが。

 仕方がないので馬車を出発させる。リザードマンも後ろをついてくる。いや、道が同じなので必ずしもついてきている訳ではないのだが。変だ。


「……スツェリさん」


 隣で大人しくしていたユーキが囁いた。


「なんだ?」

「前の岩山、右の上の方の岩に1人隠れてる」


 言われて、前方に目を向ける。街道の両脇に岩山があって、谷になっている。向かって右側、上の方の岩陰に目をこらすと、確かに誰かが隠れているように見える。


「伏兵か?」

「多分。挟み撃ちだね。山賊かな?」


 スツェリはあくまでも平静を装いながら、ユーキに聞き返した。

 後ろのリザードマンは、馬車を逃さないための追手だろう。スツェリはため息をついた。このやり方は知っている。


「臨時の検問だな。奴隷を運んでいると説明して、いくらか握らせれば通れるだろう」


 貴族領に入る時は関所を通らないといけない。そのためには関税、通行料を支払わなくてはならない。一部の商人たちはそれを嫌って、盗賊や魔獣に襲われるリスクが高い間道や荒野を使う。

 そんな事をされては困るので、領主は臨時の検問を作って通行料を徴収する。場合によっては領軍や騎士団が勝手に検問を行い、小遣い稼ぎをしている場合もある。

 スツェリたちはそういうものに出くわしてしまったようだった。


「襲われるまでは殺さなくていい。大人しくしていてくれよ、ユーキくん」

「……はあい」


 不承不承ながらもユーキは頷いた。初めて出会った時に比べれば、大人しくなったものだ。


 馬車がある程度近付くと、岩陰からリザードマンたちが出てきた。剣を持った隊長と、槍兵が3人。岩山の上に隠れていた弓兵も出てきた。後ろの騎兵も合わせれば合計6人か。


「そこの馬車止まれーっ!」


 リザードマンの隊長が呼びかける。スツェリは素直に馬車を止めた。


「ここから先はラズフェル男爵様の領地だ! 貴様ら、噂の盗賊か!? 荷物を改めさせてもらう!」


 治安強化を名目に荷物を調べ、密輸を行っていたとか言いがかりをつけ、賄賂を要求する。よくある手口だ。


「検問か。こちらはカマクランの奴隷を運んでいる。調べるなら刺激しないように頼む」


 スツェリは素直に答えた。だが、カマクランと聞いたとたん、リザードマンたちの表情が一変した。


「カマクランだと……!?」

「やっぱりこいつら、噂の盗賊か!」

「え!? いや、だから奴隷だと……」


 スツェリが反論する前に、弓兵が矢を放った。矢は狙いが逸れて、馬の足元に突き刺さる。馬車馬が驚いて立ち上がった。


「ちょっと!? やめろ!」


 まずい。非常にまずい。スツェリが隣のユーキの顔を確かめると、案の定だった。


「やっぱそうでなくっちゃ!」


 満面の笑みを浮かべて、ユーキが弓矢を手に取った。

 襲われるまでは手出し無用。逆に言えば、襲われたら殺していいということだ。


 ユーキは素早く矢を番え、弓を放つ。エルフが作った和弓は勢いよく矢を射ち出し、弓兵の頭を撃ち抜いた。


「うわっ、そんな!?」

「貴様ァーッ! かかれ、かかれぇーっ!」


 仲間を殺され、リザードマンたちが襲いかかってくる。


「ああもうっ!」


 スツェリも仕方なく剣を手に取り、馬車を降りる。こうなったら交渉とか賄賂とか言ってる場合ではない。

 突き出された槍を払い除け、リザードマンの側頭部に剣を叩き込む。兜の上から頭を打たれ、リザードマンがよろめく。無防備な喉に剣を突き込む。刃が突き刺さりリザードマンは倒れた。


 一方ユーキは、弓を置いて背負っていた大太刀を抜いた。長巻拵えは解いている。大蜘蛛の喉を切るならともかく、普段使いには取り回しが悪いからだ。柄は1/3ほどに切り詰め、元よりやや長い程度に収めた。

 これを中巻野太刀という。リーチと引き換えに取り回しを良くし、振りやすさは据え置きだ。


 ユーキは兵士たちに迫る。牽制しようと、リザードマンたちは槍を突きつける。構わずユーキは大太刀を振るった。槍の穂先が2本、まとめて叩き切られる。


「なっ!?」

「うおっ!?」


 驚いたリザードマンたちの懐にユーキが飛び込み、一閃。首が2つ、宙を舞う。

 続いてユーキが振り返ると、先程の騎兵が剣を振り上げて突進してくるところだった。


「カマクランめ!」


 ユーキは慌てず、横に飛んで剣を避ける。同時に、大太刀を水平に振るった。馬の脚が斬られ、騎兵が転げ落ちる。


「おああっ!?」


 元騎兵が立ち上がろうとした所に、ユーキが大太刀を振り下ろす。元騎兵は元リザードマンになった。


「勝てるかこんなもん!」


 部下が全滅し、隊長は一目散に逃げ出す。するとユーキは再び弓を手に取り、矢を放った。放たれた矢は風を切り、隊長の背中に突き刺さる。隊長は衝撃にのけぞって地面に倒れ伏した。

 ユーキは弓を置いて、太刀を片手に走っていく。トドメを刺すつもりなのだろう。逃がして増援を呼ばれても困るから、スツェリは止めない。


 それよりも気になるのは、リザードマンたちが問答無用で襲いかかってきたことだった。盗賊ならわかるが、領軍ならもう少し手続きというものがある。不正な検問だとしても、暴力に訴えるのは最後の手段にするはずだ。

 撃たれる前、彼らは噂の盗賊と言っていた。通行料をせしめるためではなく、本当に治安維持のための検問だったのだろうか。


 追いついたユーキが太刀を振るい、隊長リザードマンの首を刎ねた。宙を舞った生首を太刀の切っ先に突き刺し、くるりと一回転して胸を張る。


 物騒極まりない光景は意識の外に置き、スツェリは考察を続ける。

 リザードマンたちはカマクランという言葉に反応していた。ということは、カマクランがこの近くにいるのか。


「いやー、化け物とか蜘蛛とか斬ってきたけど、やっぱり人を斬るのが一番安心だねえ」


 返り血で青く染まったユーキが戻って来る。喋っているのはダエーワ語。カマクランの言葉ではない。なら、ここはまだカマクランの勢力圏ではない。

 それでもカマクランがいるとすれば、一体何者なのか。ユーキより物騒でなければいいのだが。

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