第18話 不信のユーキ
結局、比較的無事なエルフが隠れ里までひとっ走りして、応援を呼んでくることになった。しばらくして駆けつけてきたエルフたちによって手当を受け、エルフもスツェリも一命を取り留めることができた。
森を脅かす大物を仕留めたということで、勝利の宴が開かれることになった。大きな焚き火を作り、豪勢な料理と酒が用意される。居残りだった彦三郎たちは、せめてここでユーキの機嫌を取っておこうと張り切って準備を進めた。
そうして準備が整うと、まずは神妙な顔のタトゥーインが挨拶を始めた。
「
……だが、そん中で5人の勇士が命ば落とした。まずはあいどんらの死に様、振り返ろうと思う」
彼の前には5本の短剣が並べられている。
「カーニシュの娘、ラカニシュカ! 魔王軍ば男爵3人、弓で討ち取った強かおごぞ! タトゥーインにも矢ぁ射掛け、脚に潰された!」
「よか! よか死に様じゃあ!」
「よう死んだ!」
エルフたちは口々に死者を褒め称え、小さな盃を掲げ、中の酒を飲み干す。
これがエルフの弔いだ。長命種である彼らは、どう生きるかよりもどう死んだかを重視する。病死や自死は恥であり、他人の記憶に遺る死に方、特に戦での討ち死が
5人の死に様をタトゥーインが語り終え、厳かな時間が終わった。ここからは本当に宴の時間である。酒と料理が振る舞われ、戦いに生き残った喜び、大物を討ち取った興奮を全員で分かち合う。
エルフの料理は魔王国の一般的な料理とは別物で、新鮮な野菜や果物がふんだんに使われている。その中でも特にスツェリたちが注目したのは、川魚の葉包み焼きだった。
「魚……魚! これが魚か!」
「久しぶりだなー」
魔王国で魚が住んでいるのは、僅かな川と南方の海だけである。庶民の口にはまず入らない超高級品だ。スツェリは初めて食べる魚に興奮しているし、ユーキたちカマクランも久しぶりの魚料理に舌鼓を打っていた。
「いや魚よりも草の方を評価してほしいでごわすが……」
血の森に住むエルフからしてみれば、魚はそんなに珍しいものではない。むしろ秘伝のレシピで配合した香草の味付けを楽しんでもらいたかったのだが、客人は誰も気にしていなかった。
美味い食事を存分に食べ、エルフたちの武功話に聞き入り、彦三郎たちが歌や踊りを披露する。大勢で騒ぐことで、死者への悲しみを振り切り、生者たちが明日から生きるための活力とする。
「こういう弔い方もあるのだな……」
エルフ式の葬式に何とも言えない感慨を抱きながら、スツェリは盃をあおる。
「なあに、魔界のお葬式はこういうのじゃないの?」
一方ユーキは、酒の代わりにジュースをちびちびと飲んでいる。子供にエルフの酒は飲ませられないという族長判断だった。
「そもそも葬式が珍しいからな。アンデッド避けの呪文を唱えて、燃やして穴に埋めて、それで終わりだ」
「それだけ?」
「ああ。私の国だともっとしっかりやっていたが、このやり方も悪くない。神ではなく人が……家族や親戚、同族の者たちが生きた証を覚えていてくれる。寿命が長いから、こういう葬式になったんだろうな」
そう言って、スツェリはユーキの顔色を伺う。苦い顔をしているのは、ジュースが口に合わなかったからではないだろう。
「……カマクランにこういう弔い方は合わないか?」
「いや、そうじゃないよ。
異世界といえども、死者を弔う方法はあるようだ。それも、魔界の普通のやり方よりもよほどしっかりしている。それなのに、ユーキ自身は葬儀を疎ましく思っているようなのが気になった。
「葬式が嫌いなのか?」
「逆に聞くけど、好きな人っている?」
「いや、そんな変な魔族はいないが……そうじゃなくて、葬式に嫌な思い出でもあったのか?」
ジュースを注ぐ手が揺れた。
「雰囲気が嫌だ」
「うん?」
「みんな、自分は死なない、殺されないって思ってるのが嫌だ。そうじゃなかったら呑気にお葬式なんて挙げないでしょ」
「呑気ってなあ、キミ……」
「その葬式に出てってさ、殺そうと待ち構えてる人がいたらどうするの? 親戚が集まってる時を狙って、恨んでる人たちが襲ってきてもおかしくないじゃない。ちっとも安心できないよ」
「そんな獣のような真似、いくらカマクランだからって……」
そこまで言いかけて、気付いた。
「ユーキくん。まさか、君の親はそうやって……?」
ユーキは息を詰まらせ、慌ててスツェリから目を逸らした。その態度が答えだった。
つまりユーキの親は、あるいは一族は、葬儀に出席した時に暗殺されたのだろう。それなら葬式を嫌がるのもわかる。弔いそのものが家族の無惨な死に直結しているのだから。
それに、安心。今までもユーキは何度か言っていた。人を殺さないと安心できないとか、死体を見ると安心するだとか。単に人殺しが好きなだけかと思っていたが、そもそも生きている人間すべてが自分を殺しにくると思っているのではないだろうか。
つまり、ユーキの心の中には激烈な不信がある。人を弔う場で、死なないと思っていた人々が無法にも殺される。その事実は、ユーキにある恐怖を植え付けた。すなわち、いつ誰が殺しにくるのかわからないという恐怖を。
ユーキはいつでも誰かが殺しにくる世界に生きている。だから、眠る時も他人を側に近づけないし、近付けば体が勝手に反応して斬りかかってしまう。
こんな子供が、そんな壮絶な生き方をしているなんて。たまらなく不憫で愛おしくなり、スツェリは思わずユーキの頭を撫でた。
「……なんだよう」
「大変だったねえ……」
「何、お返しのつもり?」
いつぞやの夜の意趣返し、と取ったらしい。
「別にいいもん。今は魔界にいるんだから。みんなして僕の事を殺しにくるんだから、気が楽だよ」
「私もか」
「うん?」
「私も、ユーキくんを殺すと思うか」
スツェリは据わった目でユーキの顔を覗き込む。それに対してユーキは、口を尖らせ目を逸らした。
「……よくわかんない」
「ほーう?」
「わっかんないんだよ。首を斬っても死なないし、平坂府に行くまでに逃げ出すかと思ったらそんな素振りも見せないし、ワイバーン相手にかばってくれるし、さっきなんか僕のせいで死にそうになってるのに、今は心配してくれるし……なんなの、一体?」
嫌がっているわけではない。本当に理解できなくて困惑している様子であった。
なら、教えてあげないと。
「そりゃあ……ユーキくんがとんでもなくかわいいからねえ。放っておけないんだよ」
「……はい?」
「はい? じゃないのよあざといな超絶美少年。まーじで自分の可愛さをわかっててやってるのか? わかってないだろう」
「え、ちょっと何、怖い」
ユーキはスツェリを引き剥がそうとするが、せっかく近付けたチャンスをその程度で逃すスツェリではない。
「君みたいにねえ! かわいい子をねえ! ほっとくお姉さんはいないんだよ!」
「酔っ払ってるの!?」
「酔っ払ってるねえ、君のかわいさに! インキュバスか? 違うよなあ、カマクランだものなあ! ひょっとしてカマクランってこんな美少年ばっかりなのか!? たまんねー!」
「誰か……彦三郎、彦三郎ーッ!」
「はいはい……うわっ、ちょっと何やってるんですか姐さん!?」
呼ばれてやってきた彦三郎が、酔ったスツェリの醜態にドン引きする。
「彦三郎! お前も昔は美少年かぁ!?」
「何杯呑んだんですか、ほら、離れて……離れ……力が強い!」
彦三郎がスツェリをユーキから引き剥がそうとするが、スツェリはがっちりユーキをホールドして離れない。
「何だ、ユーキくんは渡さないぞ!」
「嫌がってるじゃないですか、年齢差もアウトですよ……誰かー! 手伝ってくれー! たちの悪い酔っぱらいだー!」
彦三郎の叫びを受けて、エルフが酔ってくる。
「どげんしたね、たちの悪い酔っぱらいたあ」
「美少年酔いです!」
「びゃあああ!」
「……こいつあ酷え! おい、稚児に手ェ出すのはアカンぞ!」
流石のエルフも止めに入るレベルである。
結局3人がかりで引き剥がし、頭に水をぶっかけるまでスツェリは止まらなかった。水で酔いが覚めたスツェリは、すぐさま全方位に土下座を披露したが、すっかり怯えたユーキはスツェリに近寄ろうともしなかった。
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