第2話 奴隷連れのスツェリ

結城ユーキ宗広ムネヒロ……ユーキ、と呼べばいいのか? いや、ムネヒロか?」

「ユーキでいいよ。つぜみさん」

「ツゼミ、ではない。スツェリだ」

「す、すせみ?」

「スツェリだ。ス・ツェ・リ」

「す・せ・り……?」

「ツェ」

「て」

「ツェ。舌で空気を撃ち出すように、ツェ」

「……つぇ!」

「よし」


 魔界の言葉を上手く喋れないらしい。魔界に来て1年くらいしか経っていないカマクランなら、それも仕方ないだろう。意思疎通ができるだけでも大したものだ、とスツェリは妥協することにした。


 魔界には千の言語があると言われている。実際には、マイナーな魔族や方言も含めれば、万を超えるだろう。しかし、魔界の住人が意思疎通で困ることはない。魔界に満ちた魔力が、その地域で使われる言葉を統一してくれるからだ。

 例えばこのファージャル魔王国では、前の魔王ザッハークが使っていたダエーワ語に統一されている。スツェリが故郷のシュヴァル語で話し、ユーキが日本カマクラン語で話しても、2人の口から出てくるのはダエーワ語だし、聞こえるのもダエーワ語だ。

 もっとも、魔力は言葉を完璧に変換してくれる訳ではないので、ユーキのように独特の発音に手こずることもある。特殊な言葉や俗語は発音そのままで届いてしまう。そういう時は練習あるのみだ。


 そして魔力によって変換される言葉は、その地域の支配者が扱う言語に揃えられる。逆に言えば、その地域で聞こえる言葉を完璧に話せる者が、その地域の支配者ということになる。魔界において言葉とは、単なる意思疎通の道具だけでなく、支配者が誰かを表す指標でもあるのだ。

 もちろん、戦争や政変で支配者が変われば、変換される言葉も変わる。現に、カマクランが占領した魔王国東部では、日本カマクラン語が徐々に浸透し始めているらしい。


「それで、ユーキくん。改めて、助けてくれた礼の話なんだが……実は私は、あまり金を持っていないんだ」

「そっちの馬車は?」


 ツスェリの肩越しに馬車を見るユーキ。これもスツェリの物だと思っているのだろう。


「これは私が護衛していた商人の物だ」

「じゃあ、その商人は? その人ならお礼ができるんじゃない?」

「逃げた。私を囮にしてさっさと逃げ出したから、ここにはいない」

「ひどーい」


 スツェリの言葉を聞いて、ユーキは嫌そうな顔をする。野蛮と評判のカマクランでも、こういう事は悪事だと認識するらしい。

 ユーキは辺りをきょろきょろ見回し、声を潜めてスツェリに提案した。


「そしたらさあ、その馬車、中身ごともらっちゃっていいんじゃない? どうせ商人さんは死んだって思ってるんだし、誰も怒らないよ。それで山分けしよ!」


 一理ある。スツェリとて、捨て駒にされた相手に義理を立てるほど忠義には狂っていない。しかし、それが難しい理由があった。


「いや、その、中身がな。奴隷なんだ」

「あー」


 奴隷そのものはそれなりの値がつく商品である。しかし、奴隷市場はそれなりに大きな街にしかない。そこまでスツェリ一人で連れて行くのは不可能だ。まず間違いなく道中で逃げられる。

 だからといって自分で運用することもできない。スツェリは傭兵、奴隷は不要な仕事だ。別の事業を蓄える持ち合わせもない。


「ちなみに何の奴隷? ゴブリン? エルフ? リザードマン?」

「……カマクランだ」

「えっ」


 ユーキを馬車に小走りで駆け寄り、幌を開いた。

 馬車の中には薄汚れた衣服を纏った日本人カマクランが10人。やつれ、疲れ、まともな扱いをされていないことは一目でわかる。


「一応、その、私が捕まえたわけじゃないというのは、わかってほしい。雇い主の商人が連れてきたんだ」


 同族が奴隷にされて怒っているかも、と考えたスツェリは言い訳を述べる。


「どこで捕まえてきたの?」


 幸い、ユーキは怒ることはなかった。


「去年、イビルゲートが試験的に開かれた時に、異世界から攫ってきたらしい。農業奴隷として使われていたが、働きが悪い上に持ち主が異世界で討死したものだから、売り払われたそうだ」

「ふーん」


 怒るどころか、ユーキはつまらないものを見るような目で同族を眺めている。

 一方、急に同族が現れた奴隷たちは目を丸くして驚いていたが、やがてそのうちの一人が恐る恐るといった様子で声をかけた。先程、オーガに食われかけていた男だ。


「あの……ひょっとして、お侍さま、ですか?」

「うん。結城ゆうき孫七まごしち宗広むねひろ下総国しもうさのくにの、結城ゆうき祐広すけひろの息子だよ」

「し、下総?」

「知らない? 京よりもずっと東、関東なんだけど」

「すみません。俺ら、対馬つしまの者なんで……」

「うわー。全然逆側じゃん」


 シモウサとかツシマとか、スツェリには知らない地名が出てきたが、恐らく異世界の土地の事なのだろう。

 奴隷たちの言葉を聞いたユーキは、少し考えてから彼らに尋ねた。


「日本に帰りたい人はいる?」

「そりゃ、帰れるなら帰りたいですけど……」


 彦三郎の言葉を皮切りに、奴隷たちが次々と口を開く。


「メシがマズいし、嫌ですよこんな国」

「畑を耕せって言われても、土地がボロボロで何も育たないんです」

「代官も対馬と大して変わらないロクデナシだしなあ」

「米が無いんですよ米が!」


 奴隷たちは口々に不満を述べ立てる。奴隷の扱いそのものよりも、食べ物への不満の方が勝っているようだ。

 そして、奴隷たちの返事を聞いたユーキは、にんまり笑ってスツェリへと振り返った。


「つぇ……スツェリさん、いいこと思いついた」

「何だ?」

「この人たちを平坂府ひらさかふまで連れて行ってあげよ。そうすれば一儲けできるよ」

「……ひらさかふ? まさか、異世界まで行けと?」

「ううん、その手前。日本あっち魔界こっちをつなぐ黄泉比良坂イビルゲートを囲んでる城が平坂府だよ」


 知らない間にカマクランによって魔界が魔改造されている。


「それでね、そこの大将の貞綱さだつなくんがね、こっちに攫われた下人を集めてるの。連れていけば銀と交換してくれるよ。そうしたら、すちぇ……スツェリさんもお礼ができるでしょう?」


 どうやらカマクランは魔界を侵略する一方、攫われた同胞を取り返すことにも力を入れているらしい。奴隷を連れていけば報酬がもらえるようだ。そしてその報酬の銀からユーキに謝礼を払えばいい。理解しやすい話だ。


「しかし……キミが行くならともかく、魔族の私がカマクランの城まで行くのはどうなんだ? 近付いたらいきなり斬り殺されたりしないか?」


 先程のユーキの戦いぶりを思い出し、スツェリは身を震わせる。子供のカマクランでさえあの戦闘力だ。成人したカマクランの戦闘力はスツェリを圧倒するだろう。

 そんな化け物が魔族憎しと数百人で待ち構えている城だ。スツェリが近付けば一瞬で蜂の巣になってしまうのではないだろうか。


「大丈夫だと思うよ? ゴブリンとかエルフがお店を開いてるし。僕も一緒についていくし」

「一緒に?」

「だってそうじゃないと、お礼が貰えないじゃん」


 言われてみれば当然だ、とスツェリは納得する。血塗れであることを差し引いても、こんな美少年が同行するなんて幸運、自分にあるわけがないと思いこんでいた。


「みんなも日本に帰りたいんでしょ? 大人しく協力してくれれば帰れるよ」


 話を聞いた奴隷たちも、瞳に生気をみなぎらせて頷いている。何しろ奴隷の身分から抜け出して、生まれ故郷に帰れるのだ。

 これなら彼らが途中で逃げ出す心配はない。スツェリとユーキの2人だけでも安心して連れていけるだろう。


「じゃ、決まりだね。これからよろしく、スツェリさん」

「ああ、よろしく頼む、ユーキくん」


 スツェリはユーキと微笑みを交わした。出会った時はとんでもない人間だと思ったが、案外話が通じるようだ。獰猛なカマクランというのはやはり噂で、魔族と感性は大して変わらないのかもしれない。


「それじゃ、ちょっと待っててね! あのオーガの首、全部刈り落としてくるから! さっきから気になってしょうがなかったんだよ!」

「え」


 言うが早いか、ユーキは剣を片手にオーガの死体に駆け寄り、首を斬り始めた。死体とはいえまだ死んだばかりである。斬りつける度に血が吹き出し、ユーキの顔を青く染めるのだが、ユーキは全く気にせずに嬉々として刃を振り下ろす。

 やっぱりカマクランはカマクランだったようだ。


「何だあれぇ……」


 呆然とした呟きが後ろから聞こえた。スツェリが振り返ると、馬車のカーテンから顔を覗かせたカマクラン奴隷が、ユーキの様子を見て呆然としていた。


「……カマクランってああいうものじゃないのか?」

「そんな訳ないでしょう。首を取るのは仕事で、趣味や遊びじゃないんですから」

「そうか……いや、仕事になっている時点でもうおかしくないか?」

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